◆6



手触りのいい革袋を強引に剥がし、俺達はララ生産の武器を露にした。部屋で一度お互いの武器を見せ合ったが、その時はお互い自分の武器に気持ちがいってしまい、相手の武器などほぼ記憶にない。


俺の武器は、大剣・両手剣のジャンルに属する剣。

ずっしり重く幅広の片刃を持つ大剣。地面に置いた試験アイテムの包みを一度確認し、大剣を両手で構えた。


シンプルなデザインの大剣だが、ラビッシュで拾う武器とは違い、刃は人の手で強化された独特な光沢を持つ。ララが言っていた名前は【フォールエッジ】だったな。トウヤの武器は───


「───へぇ。槍か」


俺の武器、大剣は大型の武器だろう。そしてトウヤの武器は似たような長さだが形状が違う。刃となる部分は先端に40センチ程度で他の部分は持ち手。刃と逆の持ち手部分の端にはナイフのような小刃を持つ武器を数回クルリと回し肩に担ぐ。


「グレイヴ スピアって名前らしい。カイトのは?」


「俺のはフォールエッジだ」


お互いの武器を自慢するように見せ、視線は同時にモンスター【スジマジロ】へと刺さる。


岩影に居た砂蜥蜴が貯めていた水を飲んだ瞬間、俺とトウヤは一気に砂を掻いた。


踏み込む瞬間、俺は大剣を肩に担ぐ形でグッと力を込め、トウヤは槍先を地面に向けるように腕をダラリと伸ばす。

同時に無色光が武器を包み、これまた同時に武器を振る。単発系で速度重視の剣術をスジマジロをターゲットに同時発動するも、相手も生き物。対応すべく身体を丸くし、堅い鱗で身を守る。


トウヤは突き、俺は斬りの攻撃が丸くなったスジマジロにヒットするも、恐ろしい衝撃が武器から伝わり肩まで走った。


「堅っ」

「ぐっ」


同時に声を漏らし、お互いの武器は弾き返され仰け反る。

スジマジロは攻撃の反動を上手く使い、下がって距離を取った───瞬間、地面から巨大なクチが現れまだ着地していないスジマジロをひと呑みした。


ザラザラ渇く砂色の鱗と大きなクチ。身体はカエルのような似た見た目のモンスターはゆっくりと砂から姿を見せ、小さな瞳で俺達を観察する。


「なんだアイツ.....」


「ガマグチだな」


和國の財布などに使われる広いクチのガマグチを連想させる、大きなクチ。そしてカエルフォルム。決して知識が豊富ではない俺でも、ガマグチの存在は何かの本で読んだ。その言葉が.....まさかここで使えるとは思いもしなかった。


フシュシュ、呼吸するガマグチカエルと俺は眼が合った。その瞬間カエルは地面を叩くように直進跳ねを見せ、巨大なクチは俺の眼の前で大きく空気と砂埃を食った。


「なん....だ?」


「カイト逃げろ!」


何が目的だったのかもわからない俺は固まってしまっていたが、トウヤの声に身体は反応し、大きく横に飛んだ。


「アイツ多分飛距離計算ミスったぞ、本当ならお前をひと呑みする予定だったんだろ」


トウヤのデタラメにも思える予想だが、どうやら事実らしく、ガマグチカエルはクチをモゴモゴさせ俺を食えたか食えなかったかを確認している。


「マジかよ.....あのクチのサイズであの速度は笑えないぞ」


大人さえ簡単にひと呑み出来るであろう巨口と、反応できなかった直進跳びの速度はスジマジロと相対していた時にはなかった、恐怖を俺達に与える。


一瞬の油断で命を落とす。それが戦闘。モンスターも生きるために必死で、俺達も生きるために必死で戦わなければ命を落とす事になる。


「トウヤ! 油断するなよ、一瞬で食われるぞ!」


「それをお前が言うか!?」


トウヤに向けて言った言葉は俺自身にも言える事。さっきは油断したがもう大丈夫だ。このガマグチが恐ろしく速い事はわかった。


「~~ッ....ふぅー。よし」


俺は一度深呼吸し、焦る心臓を落ち着かせた。

トウヤとは距離が離れてしまっているが.....昨日今日の付き合いじゃない。上手く汲み取って動いてくれるだろうし、俺もそうするつもりだ。

街からそう遠くないエリアにこんな危険なモンスター棲息していたとは.....外は危険と隣り合わせだな。


「カイト!」


大声で俺の名前を呼ぶトウヤへ一瞬視線を送った。するとトウヤはニッと笑い、ガマグチカエルへ向かう。


「おい、バカ! 食われるぞ!」


ガマグチカエルは迫るトウヤをターゲットに、今度は跳ぶモーションを見せず頭を引く。

考え無しに突っ込めば迎え撃たれ、様子を見ていると一瞬で距離を詰めてくるであろうガマグチカエル。だが見ているだけでは倒せない。それに.....考え無しなら俺を呼び笑う必要もないハズだ。


トウヤが何を狙っているのかハッキリしないが、確実に何かを狙っていて、俺にも力を貸せと言うような表情をしていた。とにかく俺は自分の攻撃が届く範囲まで接近する事にした。

ザラザラとした鱗はひとめ見ればスジマジロよりも堅い事がわかる。背後から攻撃しても通らないだろう.....正面から攻めても大口の餌食か。


あと数メートルで大剣の攻撃範囲まで間合いを詰められる。しかしトウヤは既に近距離まで接近していて、ガマグチは大口を開き頭を突き出しトウヤをひと呑みにしようと───


「お前を食うのは俺達だ!」


見た目が悪いガマグチカエルを食うつもりなのか、そんな発言をしたトウヤは槍を地面へ立て高く跳び、噛みつき攻撃を回避して見せた。それだけにとどまらずガマグチカエルを飛び越える瞬間に槍で下顎部分を叩き、ガマグチカエルは背中から倒れる。


「カイト!」


「───ッ!」


再び名を呼ばれるよりも速く、俺は大剣を構え厚い刃に無色光を纏わせていた。堅そうな鱗に包まれたガマグチカエルの裏側───お腹側は鱗もなく、ひとめで柔らかい肉質だと理解出来た。


武器を垂直に振る剣術でガマグチカエルの腹部を攻撃した俺は───攻撃力に驚いた。

今までは古い剣で加減して使っていた剣術だが、今回は大剣で、全力で放った。吸い込まれるように剣はモンスターの横腹部から入り込み、俺は大剣を振りきった。

剣先が地面を軽く擦り、停止した瞬間、ガマグチカエルは腹部は横から中心部辺りまで深く裂け、湿った悲鳴を響かせガマグチカエルは身体を動かし、停止。灰のような何かになり、消滅した。


「───......倒した?」


モンスター戦闘も初で、討伐も初の俺は今モンスターが灰のようになり消滅した現象も初。もちろんトウヤも初で、お互いその場で数秒間フリーズしてしまった。


モンスターの死体があったであろう場所には謎の肉と液体があり、俺達はそれを拾い試験を再開した。

日暮れが近付く頃、デザリアとヘイザードの間にある小さな村に俺達は到着した。





夕陽には夕陽の匂いがある事を、俺達は今初めて知った。

太陽の匂いとはまた違っていて、どこか懐かしく、どこか寂しさもある匂い。


「この村で今日は休むか」


「だな。さすがに疲れた」


疲れた表情を見せるトウヤだが、この村に到着し、今俺が休む事を提案するまで一度も疲れたとはクチにしなかった。疲れていてもそれを露にしないからこそ、長年同室でもやっていけたのだろう。


「まずは宿屋だな。トウヤ、宿屋ってどれだ?」


「さぁ? 俺はあの赤い屋根の建物だと思うぞ? 大きいし」


村を眼の前にそんな会話をしていると、村人らしき男性が俺達に気付き近付いてくる。


「旅の者ですかな? む......その制服はデザリア騎士か?」


最初は優しい雰囲気だった男性だが、俺達の格好を見て表情は一変、口調も音量も荒くなった。


「いや俺達はデザリア騎士じゃないぞ? 言うなら......?」


男性の雰囲気などお構い無しに答えるトウヤだったが、村人達の妙な視線に気付く。


「おいカイト、お前何した?」


「はぁ!? 何かしでかすならお前の方だろ!」


俺達が小声で会話していると、村長風なヒゲを生やした老人がゆっくりこちらへ歩み寄り、


「デザリアの騎士じゃったら必要ない」


と、見た目よりも聞き取りやすい声で発言した。


「それなら大丈夫だな。俺もカイトもデザリアの騎士じゃないし。な?」


「まぁ、そうだな」


村人達の視線、先程の男性の発言、そして村長風の老人の発言からデザリア騎士はいい印象がないのだろう。トウヤはデザリア騎士という部分に対して、自分達はデザリア騎士ではない、と答えただけなので嘘でもない。


「そうか、それならばすまなかった。何もない村じゃが休んでいってくれ」


何とか村に入る事を許された俺達は見えないように、やったな の合図をして村へ。

村人達の案内で宿屋へ辿り着き、今日休む所は決まった。


1泊ひとり1000ヴァンズと安いのか高いのか判断できないが、高かったとしても乾燥した外で砂埃を浴びて寝るのは勘弁だ。

部屋はベッドが2つあるだけの本当に寝るための部屋。それでもラビッシュのベッドよりフカフカしていて、すぐにでも眠れそうだ。


「腹へったな」


ベッドにダイブしたトウヤはぼーっと天井を見詰めつつ腹を鳴らした。俺も同じくベッドにダイブし、同じく腹を鳴らした。


「さっきのガマグチカエルから拾った肉、食えないかな?」


俺がそういうとトウヤは「お、それいいな」と元気よく言い、ガマグチカエルから拾った謎の肉と謎の液体を革袋から取り出した。どういう仕組みなのか、肉は汚れないように包まれていて、液体は溢れないように瓶に入っている。ガマグチカエルの中で誰かがわざわざ肉を切り包み、液体を採取し瓶に入れた.....とは考えられないが、別にそれについての答えは求めていない。

今俺達が求めている答えは、この肉が食えるのか食えないのか、だ。


「改めて見ると.....相当でかいな。その肉のブロック」


革袋から取り出された謎の肉をまじまじと見て、俺はその大きさに驚き呟いた。


「拾って運んでたのは俺だからな.....この肉重くて大変だったぜ?」


「だろうな。お疲れさん、その頑張りのおかげで肉が食えるかも知れないぜトウヤ」


肉、というより本当にブロックのような大きさで、トウヤは槍を手に持ち、この肉を背負う形で武器を包んでいた革袋に収納して運んでいた。


「これ.....この村の人達みんなと食べても全然いける量じゃないか?」


俺がそう言うと、トウヤはすぐに俺の狙いを察知する。


「なるほど、村人みんなも一緒に食べようって事で調理させる作戦だな? 悪くないな」


「どのみち俺達だけじゃ頑張っても1/4くらいしか食えないだろ」


「だな.....量のわりには軽かったんだな、この肉」


これ以上肉トークをしていてもらちが明かない。そう判断した俺は再びトウヤに肉を持たせ、村長風な老人の家を訪ねる事にした。

村人達は俺達が村に入れた瞬間から優しくなったので、村長風な老人の家まで案内してくれた。本当に村長だった事については正直驚きもしなかった。


「.....して、なんの用じゃ?」


村長は俺達を家へ招き入れ、お茶を振る舞ってくれた。俺もトウヤも冷たい飲み物が欲しい所だったが、温かいお茶でも遠慮なく頂き、本題へ。


「俺達、外で巨大なクチを持つモンスターを倒して、大きな肉をゲットしたんだけど、とてもふたりじゃ食べきれない量なんだ。村のみんなも一緒にどうかな? って思って」


俺がそこまで言うとトウヤが噂の肉をテーブルの上へ置く。すると村長は起きているのかも不明だった眼を見開き、


「おおぉ、これはフロッグロンの大肉じゃ! モンスター自体は弱いが、この肉は希少の中の希少、それをこんなに沢山......ワシは明日死ぬのかのぉ? いいや、これを食せば寿命も延びるやも知れぬ! 一生クチにする事はないと思っとった食材じゃ.....やっぱりワシは明日死ぬかも知れぬ.....じゃがこれを食した翌に死ねるなら後悔なしじゃ!」


と、上がったり下がったりする村長のテンションに、俺達はついて行けなかった。





デザリアとヘイザードの間にある村は名前も無く、騎士達はこの村を嫌っているらしい。理由は古いからだそうだ。

そんな理由にならない理由で、食料の支給を打ち止め今この村は深刻な食料不足に陥っていた。この大陸では作物の育ちが悪く、他大陸から水や食料を輸入し、代わりに鉱石や金属を輸出してバランスを保っている。しかし最近そのバランスも崩れ始めているらしい。

デザリアとドメイライト───イフリーとノムーの仲が悪いからだ。ウンディー大陸はあまり関与せず出すものを出してくれればウンディー側も出す。そんな関係らしい。シルキは鎖国的でどの大陸にもあまり干渉しない。


ラビッシュを出るまで外の事情など全く知らなかった俺達は、夕食時に色々な話を聞けた。

大陸間の関係が悪い事もそうだが、デザリア騎士が同じイフリー大陸民からも “軍” と呼ばれている事に驚いた。

騎士として誇り高く真っ直ぐな生き方ではないから、との理由で軍.....。


「外の世界は本当に、俺達の知らない事だらけだな」


隣のベッドにいるトウヤへ話しかけるも返事はなく、代わりに小さなイビキが返ってきた。


「寝るの早いなお前」


一日中歩き回ったせいか、確かに疲労はある。それでもなぜか俺は眠れなかった。

昼間はジリジリと焼けていた太陽も沈み、今は静かに輝く月光が降り注ぐ。こんなにハッキリと月を見るのは初めてで、俺はもう少しこの月を見たいと思い、試験の荷物を持ち、宿の外へ。


ポックポックと鳴く謎の鳥声を耳に、ぼんやりと光る月を意味もなく眺め、夕食時に俺だけ聞いた話を思い出す。


村の気の良い男性が酒で更に気を良くしたのか、秘密だぜといい「軍の連中が研究所でとんでもない研究をしてるらしい、なんでもシダイとやらを起こす研究だとか」と俺に語った。正直シダイとやらを俺も知らないが、引っ掛かる点は男性が続けた言葉。


───デザリアから使いの者が研究に必要な小人をビンに詰めて運んでるって噂だ。


この言葉はなぜか俺に引っ掛かった。夕食後宿に戻りトウヤと軽く会話してから、視界に映ったこの荷物。これを受け取った時「本来ならば騎士が行う任務だが人手が足りなくてな。不本意だが見習い試験として貴様等に行ってもらう」と騎士は言っていた。中の確認はバレれば失格の即牢行き。一度ほどけば結ぶのが困難な、複雑な結び方をで塞がれた荷物だが───俺はこの結び方を知っている。

ラビッシュ民ならほぼ全員が出来る、整備を済ませた変形武器ギミックウェポンを革袋に包む時使われる結び方だ。騎士よりも遥か上手に結べるだろう。



この中身が小人入りのビンだったら.....俺はどうするつもりなのだろうか? 小人を研究に使う.....シダイを起こす.....全然意味がわからないが、小人の命を使ってまで研究する必要があるのか?

小人はモンスターとは違って、俺達人間に近い種族だったハズだ。それならば消耗品のように命を使う行為は殺人と同じ。ラビッシュの者でさえ知っている常識だ。



「........。」



ポックポックと鳴く鳥達は月光浴びを終え、夜空へ飛んだ。







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