◇7



昼食後に装備を整え、洞窟の外へ出たワタシ達を向かえたのは嫌に重い雲と暗い空。


「降りそうね」


ドメイライト騎士団 上層部隊 隊長レイラが不安色の空へ呟いた。


ワタシ達はもう少し進み周囲を調査しつつフェンリルを探す事に。さっきまで柔らかかった雪が固く、ザクザクとした音を出す。気温も低下し体力を面白い様に削る自然。

隊長の指示で防寒系バフ魔術を使い寒さは和らぐも、やはり寒い。


会話で消費する体力さえ惜しい状況でワタシは足下に咲く氷の花を発見し少々停止する。


「どうした?」


隊長のレイラがワタシの停止に気付き声をかける。これは?と呟きワタシは足下の花を指差すと、パキンッと弱い音をたて花は砕け消えた。


近くでそれを見ていた騎士の1人が嘘か本当か知っている噂話をクチにする。


「今みたいに重い雲が空を覆っている日に、その空が赤く染まるらしいんですよ。その時、雪に混ざり蕾が花を咲かせつつ降り落ちる。触れた生き物の魔力を餌に花は蔓を伸ばし成長する...おとぎ話と言うか噂みたいなモノですね」


「へぇ...」


誰かがこの綺麗で、どこか妖艶な氷の花から考えたおとぎ話だろう。


その後ワタシ達は遅れを取り戻す様に進み、モンスターとエンカウントする事なくこの孤島で一番大きな山まで辿り着き、近くの洞窟を確保。ここを拠点にフェンリルを探す。


「フェンリルは夜行性ですかね?全然姿を見せませんね」


「そうだね、時間帯よりも空の暗さかな?昨日は暗かったし」


ワタシは騎士へそう答え洞窟内にテントを。


ある程度ここで生活できるだけの準備が終わると、レイラは全員を集め、任務の確認をし、今夜調査するパーティを決めた。調査するパーティのリーダーはワタシと他5名。

フェンリルを発見した場合は1人が隊長へ報告し、残りの5人は隊長のパテが合流するまでは無理に攻撃せず、動きを見て防御と回避に専念する事になる。全員で動けば早い気もするが、本部でぬくぬく背を丸めている者達に報告や今後どうすべきかのやり取りなどするのだろう。



フェンリルとエンカウントした時の動き等をパーティメンバーへ伝え、ワタシ達は夜を待った。


日が暮れるにつれ風の音が大きくなり不安を煽る。


最高ランク、S2モンスターの実力をワタシは知らない。

他の騎士はS2ランクを体験済みなのかさえ知らない。


風の声だけが遠く聞こえる洞窟内でワタシ達はただ夜を待った。

しかし、対象は待ってくれない。風の音を切る様に届いた遠吠えに全員が嫌でも反応する。


遠吠え、と言ったもののこの声は相当近くから聞こえた。

素早く武装を済ませワタシのパーティが入り口へ一直線に走る。昼食後から数時間経過しただけで、まだ夜とは言えない今の空は重く暗く、赤く染まっていた。夕日の赤ではなく、見方によっては幻想的、または不安な色に。

洞窟に居た為、外の状況は全く解らなかった。視界を遮る様に降る雪と風。赤い空と重い雲。


そして高台からこちらを睨む、


「小隊長!」


白銀の狼の群れ。



モンスターとは何度も戦闘をした事がある。数えきれない程、戦闘した事がある。

しかし今から始まるであろう戦闘はどのモンスター戦闘よりも危険だと、思わざるを得ない眼光。


「全員戦闘準備!」


高台からワタシ達を睨むフェンリルから眼を離さずワタシは単発型の音爆弾を使った。

洞窟から出てすぐフェンリルがいた。この距離なら音で異変を伝える事が出来る。


渇いた破裂音を合図にフェンリル達は動く。

大小様々なサイズのフェンリルが白銀の毛を揺らし降下してくる。迎え撃つではなく、衝突する様に前進し戦闘は開幕。


予定通りフェンリルの動きを見つつ回避や防御へ入りたいけど...数が予想外。

立ち上がれば人間と変わらないサイズのフェンリルが数匹と、背に人間を数名乗せてもスペースがある程大きなフェンリルが1匹。あれがボスだろうか。

小型ならば回避からのカウンターでダメージを。

そう考えたワタシは1匹目のフェンリルをターゲットにし距離をわざと取る。ここで距離を詰めてくるフェンリルへ一撃入れよう。そう動いた瞬間、差を知った。


フェンリルの速度はワタシの予想を遥かに越え、見えていたが反応する事も出来ず、重い衝撃がわたしの全身を叩いた。


ただの体当たり。しかし速度と威力は桁違い。

痺れる様な痛みに耐え剣を振ろうと腕に力を入れるも、フェンリルは回転する様に動き、鋭い爪で剣を叩く。


速度、判断力、視野、全てが人間以上のフェンリルにワタシ達は圧倒される中、次のフェンリル、次のフェンリルが攻撃してくる。

突進、爪、噛み付き。

獣型モンスターの定番的攻撃でさえ、痛い威力。大型のフェンリルは高台から見下ろし唸る事さえしない。


猛攻が止み、体勢を整えつつ周囲を見渡す。

小型フェンリルの数は11匹。こちらは6人。

相手は群れでの狩りが上手い。こちらはパーティ狩りと言えない連繋。

鋭い視線がワタシ達に集まる中、レイラ隊長のパーティが到着、状況を見てすぐに戦闘準備をする。

この小型はS2ランクのフェンリルではあるが、まだそのランクまで成長していない。

成長していないレベルでもA+級...あの大型、群れのボスは間違いなくS2ランクに君臨するフェンリルだろう。

ボスが動く前に取り巻きを倒さなきゃ。


「本部へ援軍要請をした...が、正直期待出来ないだろう。ここは何とかするしかない。やれるか?」


隊長のレイラは一直線にフェンリルを睨み呟いた。

ワタシは短く返事し、ボスフェンリルへ1度眼線を送り、取り巻き達へ戻す。


剣をチリッと音立てた瞬間、フェンリルは一斉に動く。

迫り来るフェンリルをワタシ達は迎え撃つ形で開戦。

連撃系剣術や上級魔術、体術。

出来る全てを惜しむ事なく使いフェンリルと戦闘する。

ダメージを受ける度にポーション類を飲むも、ゆっくり飲ませてくれるワケもなく半分飲めば捨て、半分飲めば捨てを繰り返していると必ず訪れるアイテムの底。

取り巻きと戦闘開始してから10分。モンスター戦闘での10分は相当長い。

アイテムが底をつくも、フェンリルをまだ1匹も倒せていない現状。集中力の低下と戦闘と気温による体力の消耗。

そして、ワタシ達を見下ろすボスフェンリルの絶望感に奥歯を噛み、剣を振り続けていると悲鳴が響く。


すぐに振り向き状況確認をしたいがフェンリルがそれを許さない。鋭い牙を剣でおさえ、爪攻撃が出る前にフェンリルを蹴り飛ばし距離を取ると同時に後方を確認し、ワタシの身体は一気に消える。


白い雪が血色に染まり、2匹のフェンリルがそれを噛み、引き千切り、自分より弱い生き物を捕食する光景。

弱肉強食という言葉をワタシも知っている。

しかし、あまりにも...、言葉だけで片付けられる状況では...、


「余所見をするとやられるぞ」


レイラ隊長はそう言って迫り来るフェンリルへカウンター剣術をぶつけた。


単発重剣術の威力を体術でブーストし放った一撃はフェンリルの堅い防御力を貫通したかの様にダメージが通る。

続けて襲い来るフェンリル荷はワタシが同じ様に単発重剣術を撃ち込む。レイラ隊長のディレイタイムを稼ぐ様にワタシが、ワタシのディレイタイムを稼ぐ様にネコさんが。

ここで レイラ隊長のディレイが終了、他の騎士達も同じ様に攻撃し、フェンリルを掃除していく。


フェンリルに一定量のダメージを、一撃で与えれば期待以上のダメージを与える事ができる様子。

いままで連撃系剣術を使っていた事で、ダメージカットが発生していた。一撃の威力だけを重視した単発重剣術にはダメージカットが働かずモンスターにしては柔らかい肉質を持つフェンリルに大ダメージを与える事に成功する。


もっと早く気付いていれば。


....悔しい?悲しい?

なぜこの様な感情をこの騎士達にワタシは持っているんだ?


ワタシから故郷を奪った騎士団になぜこんな気持ちを...ここで死ぬなら勝手に死んでくれ。ワタシは1人でも生き延びる。考える事はそれだけでいいんだ。



1匹を集中して狙うではなく、迫り来るフェンリルを、近くにいるターゲットやパーティメンバーを狙うフェンリルをターゲットに攻撃していた為、まだ1匹も討伐出来ていない。

一瞬有利に立った状況も重く暗い空を切る遠吠えによって消される。


逃げるように飛ぶ鳥類型モンスターや牙獣型モンスターの姿。そして迫り来る気配の数。


11匹相手にワタシ達は苦戦していた。


その取り巻き...若いフェンリルが数えきれない程集まり、ワタシ達を囲う。


死んだ。

ワタシは、ワタシ達は無意識的に自分達の終わりを覚悟した。


戦う事も捨て、逃げる道も失い、ゆっくり迫る大型の狼、フェンリルの足音をただ待つだけ。


野生、自然界。


そこに触れた時点でもう人間は弱者になってしまう。

何も出来ず強者の餌になるの。弱い者は強い者に喰われる。それがルール。


降る雪が妙に、ハッキリとした形に見える。


雪の結晶...ではなく、雪の...花?

ゆっくり蕾が開き雪色の花を咲かせ地に落ち凍り、砕け消える。

降る雪全てが花ではなく、所々に降り咲く雪の花。

その1つが小型フェンリルに接触した瞬間、恐ろしいスピードでドケを持つ蔓を伸ばしフェンリルを拘束する。また1匹、また1匹とフェンリルは拘束され他のフェンリルは恐れ戸惑う声を漏らす。


重い雲、赤い空、降り落ちる氷の花。



「...隊長、あの花に触れない様にここから離れましょう!」


ふわふわと降り落ちる雪の花の数は多くない。気を付けて動けば触れずにここから離れる事は充分可能。


ワタシの言葉に隊長は頷き、拘束されているフェンリル達の隙間を指差し退散命令を出した瞬間、高く耳障りな音と砕ける様な音が混ざる不協和音がワタシ達の動きを止める。

同時に暴風が吹き聴覚、視覚を数秒奪われた。


再び眼を開くと、そこには見た事も聞いた事もない何かが、大型フェンリルの命を終わらせていた。


弱い者は強い者の餌に。

これが自然のルールで、当然フェンリル達にもこのルールが適応される。


鋭い氷の槍がボスフェンリルを貫通していた。


「全員防御魔術を!」


レイラ隊長が叫び、一瞬遅れるも防御魔術 プロテクションを生きている者で発動させる。プロテクションは攻撃魔術を防御する魔術で近くで数名発動させれば混ざり合い、巨大なドーム状の魔法壁が産まれる。

しかしこれは攻撃魔術に対しての防御魔術。いままでフェンリルが仕掛けてきた攻撃は全て物理。プロテクションでは防ぐ事も軽減する事も出来ない。


疑いつつもプロテクションを続けていると大型の魔方陣が空中に展開され、そこから氷の槍がワタシ達だけではなく、フェンリルもターゲットにし放たれる。


衝撃に堪えつつ、ありったけの魔力を込めて続けるプロテクション。氷の槍は5秒出続け、魔方陣は消滅した。


「これはまずいな...」


プロテクションを終了させ、レイラ隊長が苦い言葉を。


無数に存在していたフェンリルの群れは全滅。

死体は山の様になり、数秒その場に残り、消滅した。


S2ランクのフェンリルを、A+ランクの小型フェンリルを一瞬で消した者の正体。



大きな氷の花が浮かび、その上で、氷のイスに腰掛けている青い肌と紫の瞳を持つ人間...に近い大きさ、シルエットを持つモンスター。


レイラ隊長は震える声で言った。



「あれは、悪魔や魔女とも戦えるステータスを持つモンスターの1匹。氷結の女帝 ウィカルム」



氷結の女帝は氷の様に冷たい微笑を浮かべワタシ達を見下す。



紫色の瞳と眼が合った瞬間、全身に耐えきれぬ程の寒さが走り、ワタシ達は震えた。




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