ノーガード戦法

 私はネットゲームで出会った人を好きになってしまった。

 その自覚が生まれるまで実に四年。更に、自覚するまではずっと相手のことを女だと思い込んでいたのだ。


 ネットゲームにのめり込まない人には理解しがたいと思うが、ログインして挨拶を交わし、一緒に狩りへ行き、ギルドというゲーム内での家を共にする。これを毎日繰り返す四年間を考えてみてほしい。

 私の中で、その人はすっかり、『いるのが当たり前』の人になっていた。


 そんな私は、以前触れたように引退を繰り返す迷惑極まりない困ったちゃん。

 ある日、何を思ったのかはもう思い出せないが、私はすっかり装備を消滅させて、一方的に引退を決心した。

 四年も続けていると知り合いも多く、一人ひとりに声をかけられるわけでもないので、ブログで引退のことを書くことにした。

 その際、ずっと相方のように一緒にいたその人のことを考えると、急に胸が締め付けられるような気持ちになった。私はその人だけにはブログに書くだけではおさまらず、メールで直接挨拶をすることにした。

 なぜメールを知っていたのかは忘れてしまった。お互いリアルには干渉せずにいたので、住んでる場所や年齢どころか性別すら知らなかったはずなのに。

 私が精一杯の気持ちを伝えると、相手から返信があった。


『引退を止めるつもりはないけれど、今は心にぽっかりと穴が開いたみたいな気分。まるで長年付き合っていた恋人と別れた時みたい』


 読んだ瞬間、涙が出てきた。そして、好きだという気持ちに気づいてしまった。

 ここまでは美談として残していいだろう。長年過ごした彼への別れと共に気づく恋心。そこで終わっていればの話だが。


 私は性懲りもなくネットゲームの世界に復帰した。今までのゲームでは何だかバツが悪いので、別のゲームで。

 ブログでそのことを書いていると、なんとその相方がゲーム内に現れたのだ。

 自分のことをわざわざ追いかけてきてくれた相方に、私は心底感動してしまった。だらだらとお互いの身の内を明かすように語り始めると、相手は年上の男であること、住んでいる場所も判明した。対して私も結婚をして子供もいることを告げる。

 別にリアルな事情を知ることは悪いことではない。包み隠さずゲームをしている人なんてザラにいる。オフ会でリアルでも仲良くしているなんてよくある話なのだ。

 何気なく、お互いの住む場所について話していた時のこと。

 どちらかともなく、「遠いね」なんて話になった。そしてこれは相手からだったと思うが、「もし会ったなら」と話し始めたのだ。

 私にはまだ現実感がなかった。久々に会った相方に浮かれ気分で、ドキドキウキウキしているだけ。

 そして、痛恨のミスを繰り出してしまう。


「会う? 無理だよ。本当に会ったら絶対ヤっちゃうもん」


 私は普段から下ネタ、毒舌連発で女なのにネカマ疑惑がかけられるくらいのサバサバとした会話をしていた。

 だから、その時も深く考えずに冗談のつもりで言ったはずだった。だった、のに。

 相方の目の色が変わったのを、画面越しに感じた。次にはもうすっかり、「いつにする?」なんて話に変わっていたのだ。


 この時の気持ちを、なんと表現していいかわからない。

 ついこの間までただのゲーム上の人だと思い、やることといえばモンスターを殺しまくることで、頼れるお姉さまだと思い込んでいた相方が、急に大人の男に豹変した。

 単純に考えれば、ヤリ目のバカな男に映るかもしれない。けれど、違うのだ。私たちは今の今まで、互いが現実に存在するだなんて思いもしていなかったのだ。

 例えば、好きなアニメのキャラクターがいるとする。どんなに好きでも付き合うことは出来ない。そんな相手が、突然画面越しから出てきたとしたら? しかも、その相手と両思いだと知ったら?

 歯止めがきくはずなどない。


 その後、距離的にも互いの生活もあるため、すぐに会うというのは不可能だったのだが、こうして私は自らバカな発言をしてしまい、墓穴を掘って泥沼への道へと沈んでいくことになった。

 私の一言がなければ、相手だって理性を保ったままでいられたのかもしれない。なんとなく好きなのかもくらいの、淡い恋心で済んだのかもしれない。

 確かに、女はこういう立場では被害者として扱われやすい。何かあった時に、力では敵わないし、妊娠というリスクがつきまとうからだ。

 でも、何もエロいのは男だけではない。

 好きな男がいたら、ヤりたいだろう? ちょっと、本音が漏れちゃっただけじゃないか。


 くどいようだが、私は既に反省している。

 もう二度と不倫も浮気もしない。

 多分、この言葉を心の底から信じているのは私一人だろうが、とにかくこれはあくまで過去のお話だということは、口が酸っぱくなるまで言わせていただこうと思っている。

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