やめられないとまらない

 私は妊娠中、家に引きこもっていた。

 初めての出産に全く知識ももたず、家で安静にしていればいいのだと思っていた。

 しかし、やることもなくだらだらと過ごす私を見かねて、旦那がある提案をしてきた。

「オンラインゲームをやってみないか?」

 私はあまりゲームというものをしてこなかった。いや、一般的な女の子よりはやっているのかもしれない。

 兄はドが過ぎるほどのゲーム好きで、たまに呼び出されては格ゲーの対戦相手をやらされていた。それも、設定で私が最強、兄が最弱に変更した上で、あと一撃で兄がKOするという状況から開始される。そこまでハンデを与えられてもなお、兄には勝てた試しがなかった。

 これではゲームも好きにはなれない。私は旦那の提案に、最初はあまり乗り気ではなかった。


 説明書があるわけでもなく、明確な目標があるわけでもないMMORPGは、ゲームオンチの私には混乱しか与えなかった。

 モンスターどころか、一見無害そうな犬にさえ殺される日々。

 何が面白いのかわからない、もう辞めてしまおう。

 そう思っていた時だった。

「初心者の方ですか?」

 見知らぬプレイヤーから声をかけられた。見知らぬも何も、知っているのは旦那だけなのだが。

 チャットのまともに出来ず、そもそもネットで声をかけられるという行為に異様に怯えた私だが、たどたどしく会話をしていくうちに、ちょっとずつ楽しさを覚えていった。話しかけてきた人は、初心者用の狩場に案内してくれただけでなく、お金のため方や使い道なども優しく教えてくれたのだ。

 案内してくれたその場所は、初心者の共同狩場のようになっていて、呑気に会話を楽しみながら狩りを行っていた。

 仲間が出来た途端、私はハマった。ハマりまくった。


 それからの私は、時間があればゲームに費やす日々が続いた。

 幸いにも時間はあった。時には睡眠時間も削った。妊婦にあるまじき行為だ。

 ゲーム時間に比例して、戦闘力も上がっていく。

 狩場もどんどん上級のものへと変化し、より強力な装備が必要になった。

 装備を強化するには、リスクがある。一定の強化をした後は、強化ごとに抽選があり、成功か失敗かが決まる。成功すれば無事強化され、失敗すれば装備は消滅してしまう。

 強化の材料を見る度に、私の中に根拠のない自信が生まれた。

『これを強化したら、成功するかもしれない』

 ギャンブルにハマる人間の心理と同じだ。周りが見えなくなり、自身に都合のいいことしか考えられなくなる。

 私は強化を行った。

 そして、失敗した。

 一度行うと、タガが外れたように繰り返した。

 その度に失敗した。

 私が苦労して稼いできた資産が、一瞬で消えた。

 そして、決意する。

 

 引退してやる、と。


 最近はあまりないと思うが、当時のある種のオンラインゲームには、『引退厨』という者がいた。

 ことあるごとに「引退する」と繰り返すが、結局離れられずに戻ってくるという困ったヤツだ。

 私のことである。

 装備を強化しては失敗し、引退する。何度同じことを繰り返しただろう。

 なんて学習しないヤツだ、と思うかもしれない。

 そんなことはない。きっと誰よりも失敗を恐れ、やるべきではないと思っているはずだ。

 しかし、想いとは裏腹に、身体が勝手に動いてしまうのだ。

 直観的と言ったら聞こえはいいが、本当に自分が思って行動しているのか疑いたくなるくらいに、やってはいけないことをやってしまうのだ。

 何かに操られているのではと思うほど、自制がきかない。

 わかっている。ただの言い訳だ。

 

 今私は、オンラインゲームをやっていない。

 少しの携帯アプリゲームを、息抜きに開く程度だ。

 驚くことに、あんなにのめり込んだゲームに、全く興味を示さなくなった。

『熱しやすく、冷めやすい』とあるように、私の感情は瞬間湯沸かし器のようだが、保温機能はついていないのだ。

 B型と快適に付き合っていくには、餌になるような獲物を与えすぎないよう気をつけていただきたい。

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