第二十話 荷物
試験をしていた部屋を出て、学園の門のところまで戻る。
学園は3階建てのいわゆる『工』の字型だ。そして、字の下の部分が出入り口である校門、その反対側が裏門となっている。校門と学校の出入り口の道の間に魔書館が位置している。また、右上部分には2階から通路が延びており、そこを進んでいくと実技館がある。
自分の出た白い部屋は2階の上部分右側にあり、中央階段を降りているところだ。他の生徒が終わったところなのか、かばんを持って帰る様子がちらほらと見受けられる。
と、あまり何も考えずに見渡しつつ、自分もそれにならえと帰ろうとしたところ、
「あ、ウィル君!今帰るところなのー?」
と、聞き覚えのある声を聞き後ろを向いた。
そこには実技試験があったからか、他の生徒同様にさっぱりとした白地の上着に黒の短パンといった見た目のエルルがいた。思わず、眼福眼福といいそうになったのを押し込めて返事をする。
「エルル、こんにちは。そうだね、少し寄り道してから帰る予定だよ」
「そうなんだー、寄り道って?」
「あー…必要なものをとりにいくところかな?」
そういえば、両親の件はガルド先生と担任であるテムル先生以外は知らないんだっけ…下手に話すと気を使わせてしまうし、軽くごまかしとくべきか。
「ふーん…ねね、じゃあさ、それが終わった後暇?」
「その後?まぁ、暇って言えば暇かな?」
帰ってもおそらく夕飯まではガルド先生も帰ってこないし、鍛錬はおあずけになるだろうからフィーと遊ぶことになるんだろうけど、この時間だと寝てそうなんだよねぇ。フィー、昼寝が大好きなところあるからなぁ…今日は晴れてて絶好の日和だし。
と考えてる間に、返事を聞いたエルルは、それなら!と続ける。
「町に新しくできた料理屋さんが人気らしくて気になってるんだけど、男の人が多くって入りづらいんだー。なので、ウィル君には私と一緒に行く権利を与えましょーう!」
と、先生の演技っぽい口調のエルル。陽気な彼女らしいとつくづく思う一方で、やはり女の子らしい一面もあるのだな、なぜか感慨深げに感じる。
生前、女性としゃべることが苦手だったわけではないが、しゃべる機会というのを自分から作るのが苦手だったため、こういうお誘いなどは特になかった。男友達の家ならそれこそトイレのトイレットペーパーの補充を伝える程度には、行ったのだが…いや、よそう。
千載一遇のチャンスであるし、喜んで行くことにしよう。
「そういうことなら、是非お願いします」
「ほんと?やっりぃ!じゃあ、1時間くらい後で校門のところに集合でいいかな?」
「ええ、わかりました」
「じゃあ約束ねー!遅れたらこわいんだぞー?」
と、今度はがおーとまるで虎の真似をしておどかすエルル。
む、脇をしめて真似をしたせいで胸が…っといかんいかん、俺はまだ8歳の少年だ、自粛せねば…。
うまく表面上は苦笑しながら、エルルと分かれることに成功し、我が家へと足を急がせる。試験が終わったときの時計はちょうど2時をさしていたので、3時には間に合うようにしないとな。
持ち運ぶ荷物は空間魔法でも使うことにしようと考えつつ、先を急いだ。
なつかしの我が家近くまで行くと、これといって特に変化はなかった。近くの道具屋や雑貨屋などのおっちゃんたちはいつも通り大きく声をあげて、客を呼んでいた。母が下級ポーションを売っていたこともあり、多少話すこともあったせいもあり、店の近くを通った自分を見て店の近くまで呼ばれた。
事件のことはもちろん知っており、そのとき助けに入れなかったことなどを真剣に謝られた。彼らなら確かに日中は仕事をしているし、もしかすれば助けに入れたかもしれないが、だからといってそこをうらむのはお門違いであった。
それでも、一生懸命に頭を下げた上で、いくらか安く商品を売ってもらった。そこまでしなくても、といったが2回ほど断ったあたりから、断ってもきりがないと悟ったため、ありがたく買わせていただいた。
両親の件に関して、未だ悲しみと恨みはくすぶってはいるが、結局それらを抱えて生きたところで堂々巡りであるし、今は振り切っている。できることなら、彼らが同じようなことが起きたときにどうか、留めに入ってくれることを祈るだけである。
そういったことを考えたところで、自分の家の前に着いたところ、一人衛兵が立っていた。
衛兵は自分が近くまで来ると、兜から周りを見ていた目をこちらに向けた。
「ん?坊や、どうした?」
「ここ、自分の家なんですが、なにかありました?」
「ああ、君が…これは失礼した」
衛兵の人はかぶっていた兜をはずした。出てきたのは栗色の髪にいかにもといった好青年の顔つきと深い海のような青い色をした目であった。
「自分はアイル=ティルアード。君の父上にお世話になっていた部下のひとりだよ、ウィル君。最近、でもないのかな…前に事件がここであって以来、君の姿が見られないことを報告してきた住人がいてね。こちらとしても、気にはなっていたんだけど、国の方から見回りと管理を任されたので、自分が来た、というわけさ」
「ああ、それは…お手数をかけました」
あれ以降すぐにガルド先生のところに行って、しばらくだったからな…心配をかけていたらしい。
「いや、無事ならいいんだ。本人が帰ってくるまで朝夜交代で一人ずつ見てただけだし、中は一切手をつけてないから君の出た後のまま?になるのかな」
「そうですか…あの、訪ねてきた人とかいました?」
「いや、特にいないはずだよ。日中の僕が知る限りでは、というところだけどね。夜の方も特に異常はないってことだったし、きてないんじゃないかな?」
「わかりました、ありがとうございます、ティルアードさん」
「いや、何事もなかったならよかったさ。ソル殿にはお世話になっていたし、個人的にも心配だったからね。もし、遠出したり土地の返却をするならいつでも役所に着てね。ちゃんと手続きしないと後々面倒になるからね」
「ご忠告ありがとうございます…」
まったくもってそのとおりで耳が痛い…。
ひたすら頭を下げるしかない自分に苦笑しながら手を振って、ティルアードさんは役所へ報告に向かった。というか、これ、ガルド先生知ってて報告してなかった説があるのでは…?その場合、ちょっと聞かなきゃいけないことができますね…。
帰ったときのことを考えつつ、久しぶりの我が家の中に入っていった。
中に入ってみれば、言われたとおり、あの日と特に変わりはなかった。誰もいないのだとはっきり認識し、かすかに胸が痛むが飲み込むことができた。玄関で軽く手を合わせ、両親の冥福をいのって数分。久しぶりに家に上がった。
やってきた理由は両親の件も少しあるが、学園長にもいったとおり、身辺整理が主な理由だ。そう、大事なのは自分にあった服であり、そのほかそのうち使うこともあるであろう雑貨だ。食料系統は長いこと置いていたこともあり、ところどころ腐っているのもあったが、ジャーキーに近いものや調味料のいくつかは大丈夫そうなので、もっていくことにした。
肝心の服は服入れにたたまれており、こちらを文句なしで大丈夫そうだった。きれいに折りたたまれており、現役で使えそうである。他にも父の服で後々使えそうなのも入れておくことにしよう。
他には、と色々探してみるが、特に使えそうな雑貨も下級ポーションくらいであり、ひとまずはこれで最後かな、と入れておいた。
そのとき、下級ポーションの入っていた箱の奥に何か本のようなものがあることに気づいた。取り出してみれば、何回も読み返された後があり、小さく『ミル=エルスタ』と書かれていた。内容は初級魔法と生産魔法の関わりが示された本で、下級ポーションはもちろん、いくつか簡単なものもあった。
おそらく、母が写本か何かで作ったものであり、その証拠によくみた母の筆跡であった。
少し感慨深いものを感じつつ、その本も持っていくことにした。
両親の形見に近いものとして、父は現役で使っていた片手剣を持っていくことにした。家の奥に立てかけており、父曰く、兵士になる前から使っていた、との話だった。もちろん、そんな昔に買ったものであるから、見た目きれいながらもだいぶがたが来ており、母にはまるで年をとったあなたみたいね、などとからかわれていた。
今でも、その時の父の図星のような顔にくすりと笑ってしまうが、どうか、安らかに眠っていてくれるとうれしいと思う。
なにはともあれ、これで最後になるかと家の中を見回し、最後に、と父の剣を空間魔法で収納した直後。
「やっト、一人になッタか」
と、男の声がすると同時に、
『ッ!よけてくださいマスター!』
と焦ったルーテシアの声が聞こえて振り向いた俺の目の前には、
「お前ノ
大きく開かれた真っ黒な手が迫り、一面何も見えなくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます