ダンジョン・ヒルズ・ストーリー

パンプキンヘッド

第1話 街の夕暮れ

「のしかかってきたオルタウルフの獰猛な牙が、戦士オルファの喉元をかき切らんとしたその時、オルファはベルトに収められていた短剣をスッと引き抜くと、無防備となっているオルタウルフのみぞおちへと、渾身の力を込め深々と突き刺した! あふれ出る鮮血! ドッとくず折れるオルタウルフの体をどけ、今まさに満面の笑みを浮かべ、戦士オルファは勝利の雄叫びを上げた!」


 広場の一角、そこには子供たちが群がり、この地方に伝わる伝説的な民話『オルファの大冒険』の一端を演じている人形芝居を、目を輝かせながら見入っていた。

 空は晴れ、風は優しくそよぐ。日はすでに正午の明るさを失い、徐々に西の空へと傾きつつある午後のひと時。

 街はいつものように活気づき、人々は通りを、広場を、商店街を行き交い、様々な顔が交差する。

 ここは、オルタナス銀河の中に浮かぶ惑星ショールーンの一地方、ディバリア王国の王都より東に二十里程離れた場所に位置する交易都市、ダンジョン・ヒルズ。


 ダンジョン・ヒルズ、とは多少奇妙な名前だが、それはこの街のもう一つの顔を現したものだった。

 この街は、ディバリア王国領内にあっては陸上交易のための中継地点として栄えている街ではあるが、もうひとつの側面は、この街近隣に多数存在している、かつての王族や貴族、司教などの墓所や、遥かな昔、このオルタナス銀河に栄えた太古文明の遺跡などの、多数のダンジョンの発掘や盗掘、あるいは純粋な冒険目当てに訪れる者たちのためのベースキャンプとして賑わい、日々、多くのものたちが出入りしている街でもあった。


 元々ディバリア王国がある惑星ショールーンは、産業革命以前の低い技術力しか持ちえない星でしかなかったが、文化レベルは高く、またその工芸品や芸術品目当てで外宇宙より訪れるものたちも少なくなく、次第に交易は盛んとなり、また外宇宙の技術を取り入れることによりショールーンの技術力も徐々にだが高まりつつあった。

 そのためこのダンジョン・ヒルズでも、外宇宙からの来訪者や技術品をよく目にする機会が増えていた。


 ダンジョン・ヒルズは、交易はもとより、人々の交差点ともなっていたのだ。

 ダンジョン・ヒルズは、元来交易拠点として整備された街ではあったが、城塞をめぐらせた街の外観は、多少歪な形をしていた。

 東西を通る街道をまたぐように作られた街は、中央通りでもある街道を中心に、南北に街が築かれていた。

 海にも面した南の区画は、港湾施設や交易施設、商業施設が中心となった街区で、多くの商人たちが過ごす区域ともなっていた。

 逆に丘に面した北の区画は行政や教育、居住用に造られた街区で、やや小高い区画には多数の豪商や貴族、執政官や高級官僚たちの邸宅が建ち並んでおり、その下には平民や下層民たちの住居が建ち並び、さらに街道に近い区画には多数の行政施設や大学などの教育機関が建ち並んでいた。

 だが、その城塞を歪な形にしているのは、それ以外のものたちが住まう区画だった。

 城塞の北東部に設けられた、通称「外民区」と呼ばれている区画は、商人でも市民でもない、いわゆる冒険者や傭兵などが出入りし居住している区画である。

 最初は小さい掘っ立て小屋の集まりでしかなかった外民区ではあるが、次第に大きく、そして複雑化し、やがては城塞をも持つ大きな区画へと成長していった。

 その内部は多数の階層構造を持ち、またその雑多な雰囲気は、一般の市民であれば入ることすら躊躇しかねない気配を醸し出していた。

 さすがに殺人などはあまり起こりはしないが、殴り合いの喧嘩や酔っ払いが起こす乱痴気騒ぎは日常茶飯事で、また、ダンジョン・ヒルズの商業区画では到底手に入らない品々、極めて高値ではあるが外宇宙からの未公認の薬や技術品、あるいは、より犯罪的色彩の強い品々まで取引されており、ダンジョン・ヒルズの司法当局も何度か取り締まろうと試みたが、いたちごっこになるのがオチなので、今では明らかな違法品の市内への持ち込み以外ではさほどひどいお咎めを受けない程度の注意しかされなくなり、その野放図さ加減は日増しに強くなる傾向にあった。だから面白い、と言うものもいるのだから。


 そんな造りの街だから、今日も多くの人々が、東西の大手門を通りこの街に出入りしていた。


 空は少し茜色を増し、風は涼しくなり、すでに夕暮れの気配を漂わせていた。

 先ほど人形芝居を演じていた広場では、もう芝居も終わり、子供たちもその場を離れていた。

街を行き交う人々の足もせわしなくなり、それぞれの家路に急ぐもの、あるいはまだ残された仕事をやり終えようとするものたちが、通りや広場を足早に通り過ぎる。

 通りの各所に設けられたガス灯には、火が灯されはじめ、人々はさらに足を速める。

 商業区画のあちらこちらからは商人たちの掛け声と買い物客の声、そして、やや早い気もするが、すでに酒盛りを始めている者たちの景気のいい声が聞こえてくる。

 そんな中、外民区から一つの小さな人影が東の大手門を通り、中央街道を抜け、商業区画のある南区画に駆け足でやってくるのが多くの人々の目にとまった。


 まだ小さいその姿は、しかし子供というにはやや大きく、かといって若者というにはどうにも小さい、極めて微妙な人影だった。

 少し縮れた鮮やかな金髪に、その両脇にちょこんと立った猫を思わせる耳、褐色の肌に、顔は小ぶりだが、目鼻立ちは悪くなく、むしろ愛らしさすら感じさせる。

 体はスマートで少年を思わせるが、どうにも着ているものは女の子のような服装なので、その性別を判別するには多少戸惑うかもしれない。

 顔の縞模様と頭に立った猫耳、そしてお尻からチョコンと生えている金色の尻尾が、彼(彼女?)が獣人族のガンバント人であることを物語っている。


 ガンバント人とは、オルタナス銀河で栄えている七大人種の一人種であり、男性であれば大柄の直立した獣、女性であれば大柄の肉感的な美女、という外見をしている。性格はノリがよく大雑把で、体は頑強なために、多くは傭兵やテストパイロット、スポーツ選手や肉体労働者などの肉体関係の仕事に就いている。


 ということは、この子は女の子?


 そのガンバント人の少女は、商業区に入ると、分岐している通りに面している一軒のピザパイ屋「ガーウィッシュ・パイ」の勝手口をバッと開け、一声発した。

「おっちゃ~ん! エリナいる~?」

「ああ、リリットか。エリナなら今接客中だ。ちょっと待ちな」

 勝手口からすぐの場所にある厨房の白レンガ造りの釜戸の前で、パイが焼けるまでの間生地をこねている手を休めることなく、店の店主であり店名にもなっている大柄で太った壮年のおっちゃん、ガーウィッシュが応える。

 リリットと呼ばれたガンバント人の少女は、手直にあったイスにチョコンと腰掛けると、たぶん賄いのために作られ残されているのだろうピザを1ピース手にとり、

「おっちゃん、最近景気どう?」

 と、世間話をしながらピザを口に運ぶ。

 この地方特産の少ししょっぱい濃厚なチーズがとろけて口の中に広がり、思わずリリットは楽しくなった。

『おっちゃんの作るピザは外しがないな~☆』

 そんなことを思いながらガーウィッシュの返事を待つ。

 ガーウィッシュは生地をこね終え、それを広げる作業に移る。そしてやっと言葉を返す。

「まぁまぁ、だ。お前に心配されるほどでもないよ。それよりリリット、またあれか? エリナを連れ出しにきたのか?」

 ガーウィッシュは生地を伸ばす手を休めてリリットに聞く。リリットは軽くニコッと笑い、

「うん! こんどこそいい出物なんだ!」

 そういうと、残りのピザを口の中に放り込む。

 その様子を見てガーウィッシュは一つ溜め息をつき、、

「まぁ、あまり期待はせんが、無茶なマネだけはやめろよ。お前だけじゃなく、エリナまで怪我をしたら、うちは大損害だからな」

「わかってるよ、そんなこと。アタシだって少しは調べたんだから。今度こそ、絶対大丈夫!」

 リリットは自信ありげに答える。

 その言葉にガーウィッシュは片眉を上げ、カウンターのほうに歩いていった。そして声を上げ、

「エリナ、お前のお友達がきているぞ! 暇になったらちょっときてくれ!」

 そういうと再び生地を伸ばす作業に戻る。そして、パイが焼きあがるとそれを釜戸から引き出し切り分ける。

 しばらくすると、カウンターのほうから一人の少女が現れ、リリットに微笑みを浮かべながら声をかけた。

「アラ、リリット! また冒険のお誘い?」

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