第33話 大商人バードナ

「息子が大変申し訳ない事をしました!!」


 衆人環視の中、ボタクール商店の主、大商人バードナが俺に対して頭を下げた。

 周囲の野次馬達が信じられない光景を見たとどよめきの声を上げる。


「どうやら息子を甘やかしすぎていたようです。しっかりと罪を償わせて貴方にも謝罪をさせますので、どうか命だけはご勘弁を!」


 再びバードナが頭を下げる。


「あー、いや、貴方に謝られてもねぇ。息子さんはもう捕まった訳だし。それ以上を望んでいるわけじゃないですから」


 どちらにしろ捕まった以上は司法の仕事だ。俺に出来る事はもう無い。


「ですがそれでは私の気がすみません。貴方にはお詫びをしなければ!」


 これ、ホントにリルガムの父親か? 血の繋がりないんじゃね?


「お詫びには安いですが、この町での滞在費用は全て私が持ちます。宿も最高級の物を用意しましょう。勿論今回のお詫びは改めてさせて頂きます」


 息子の事を抜きにしてもかなりの高待遇だ。


「ご配慮ありがとうございます。出すがその前にエルダードラゴンの素材を売らないといけませんので」


 そう言って俺は屋台を指差した。


「でしたら、私が買い取らせて頂きましょう」


 おおっと?

 やはり商売人か。息子の事を放り投げて商売に走るとは。


「相場の2倍、素材一式で金貨50万枚でいかがでしょうか?」


 野次馬が再びどよめきをあげる。

 その気持ちは分からんでもない。エルダードラゴンの素材の適正価格は分からんが、金貨50万枚という単語は明らかに多いからだ。


「その価格が適正価格の倍という証明は出来ますか?」


「商業ギルドの重鎮をここに呼べばすぐに鑑定してくれるでしょう。彼等の中には私と仲の良くない者も居ます。それでも私の買い取り価格を聞けば納得してくれる事でしょう。私が利益を求めていない事を」


 バードナが2倍で買い取るのは詫びの気持ちが在るからだと言外に伝えてくる。


「分かりました。では商業ギルドの方に鑑定して頂きましょう」


 ◆


 そして、話を聞きつけてやって来た鑑定ギルドの重鎮と鑑定士達に調べてもらった鑑定結果はというと。


「一式すべてで金貨23万枚が妥当な価格ですな」


 つまりバードナの買取金額は2倍ちょっとと言うところか。


「いかがでしょうか?」


「分かりました。その金額でお売りしましょう」


「「「おおー!!」」」


 観客達から歓声が上がった。

 リルガムの親に売る事に思うところはあるが、相場の倍以上の価格で買い取ってもらえるのなら、こっちとしても不満は無い。


「ではこちらが買い取りの証書です。金額が金額ですのでまずは前金として金貨1万枚。後日金貨49万枚を宿に届けさせます。ギルドの皆様方も宜しいですか?」


 バードナが鑑定をしたギルドの重鎮達に確認を取る。


「確かに。それに我等以外にも、観客達がこの取引の証人となりますぞ。契約の不履行は出来ませんな」


「ええ、存じております」


「いや、ボタクール商店さんもこれから大変ですなぁ。それでは我々は仕事がありますので失礼」


 商業ギルドの幹部達がニヤニヤと笑いながら帰っていく。


「それでは買い取らせて頂いた商品は店に運ばせていただきます。それと、宿の手配が完了しましたので

部下に案内させましょう」


「ではわたくしに付いてきてください」


 バードナの部下が俺達を案内する。


「じゃあ行きましょうか」


「ええ」


 メリネアをエスコートして俺達は宿へと向かった。


 ◆


 そして死んだ。

 毒殺である。

 宿の料理人に憑依した俺は、俺の料理に毒を盛った事を知った。

 どうやら龍魔法でも毒は防げない見たいだ。

 まぁしょうがないよね。ドラゴンでも寄生虫で死ぬんだし!


 そして俺の死体は宿から深夜の内に運び出されて始末され、メリネアは捕まって奴隷商人に売られるという筋書きだ。

 翌日大量の金貨を厳重に運ぶボタクール商店の人間が宿に入り、それなりの時間が経過したら、取引が終わった振りをして宿を出る。

 その後俺達によく似た人間が馬車を買って王都から旅立つという筋書きだったみたいだ。

 なんで料理人がそんな事知って居るのかって?

 決まってる、この宿のオーナーがバードナと繋がっていたからだ。

 俺はそのオーナーの命令で毒料理を作る役、そして数人の従業員が死体を運んで始末する役。

 そう、この宿はボタクール商店にとって都合の悪い人間を始末する為の暗殺宿だったのだ!!!

 まさか取引を終えた直後を狙われるとは思わなかったぜ。

 普通疑いの目を逃れる為に直後に襲ったりはしないと思っていたから盲点を突かれた感じだ。

 俺が【憑依】スキルを持っていなかったら危ない所だったぜ。


 さて、状況も分かった事だし、メリネアの様子を見に行くか。

 どう考えても彼女が捕まるとは思えないが迎えに行くのが遅れれば機嫌を損ねるかもしれない。

 他の従業員の目を盗んで俺達が泊まるはずだった部屋へと向かう。


「けど、本当に俺と分かって貰えるかな?」


 ちょっと心配になる。

 だって俺は別の人間に乗り移ってしまったのだ。

 確かにメリネアは俺を探し出して俺と確信してくれたが、やっぱり不安になるのは仕方が無い。

 俺はちょっぴり怯えの混じった気持ちで部屋のドアを開ける。


「あらお帰りなさい貴方様」


 だがそんな俺の心配を他所に、メリネアはコンビニ帰りのような気軽さで俺を出迎えてくれた。   

 自分を捕らえようとした刺客達を壁のオブジェとして飾りながら。

 そのオブジェはないわー。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る