生への執着

「物に依存していた人が、物を壊されることによって自分を見つめなおす。それはいいことだとは思います。しかし、僕らは人の物を壊し続けるかぎり、幸せにはなれない」

 僕は必死に、夏目宗助に訴えかけた。しかし宗助は血の気が引いた顔で、冷静に答えた。

「幸せになんてならなくてもいいじゃないか。どうせボクらは、今の世の中からは必要とされていない存在。世の中にいじめられ、世の中から追放されたんだ。ボクは既に死んでいるんだ。人としての感情なんてとっくに捨てている。世の中に復讐したって許されるんじゃないのかい?」

「そうは思いません」

「それは、君がまだ生きた人間だから言えることなんじゃないのかい?君は、ボクやシロウ、末永さんと同じ人種だと思っていたよ。まわりに無関心、まわりからも無関心、まわりから置いてけぼりをくらい、まわりから必要とされていない。失って困るものがない人間。そう思っていたよ。でも、違ったみたいだな。今の君には、ボクの気持ちなど、わかるわけが無い」

「わかりませんよ。生きることを諦めた人間のことなんて、わかりたくもない」

「なんだと…?」

 宗助は、眉間にシワを寄せた。

「いいのかい?今の君の発言、この森にいる殆どの人間を敵に回す一言だぞ。ボクをこれ以上怒らせると、無事にこの森から抜け出すことはできなくなるよ?」

 宗助が興奮するのにあわせ、木々のざわめきが激しくなってきた。怒っている。世の中に対して向けられていた彼の怒りは今、僕に対して向けられている。恐怖はあった。宗助から発せられる威圧感。自分はひょっとしたらこのまま、宗助に呪い殺されるのではないかという恐怖が。しかし、それは僕が生きた人間だという証なのだろう。人は、恐怖がないと生きてはいけない。恐怖がなければ、ビルの屋上から飛び降りることだって平気なのだから。生への執着心。恐怖は生きている証だ。

 近くにあった木の枝が、突然ロープのように僕の首に巻きついてきた。両手両足にも枝が巻きついている。苦しい。身動きができない。

「むかつくんだよ。今の君のような、生きる希望を持ってそうな人間をみると。謝れよ。ボクに謝れ。そうしたら、少なくとも今死ぬことだけは免れるよ?」

「快くん!」

 僕の後をつけてブックカフェ<黄泉なさい>から出てきた喜与味が、僕が木の枝に巻きつかれているのをみて叫んだ。その瞬間、喜与味にも木の枝が襲い、喜与味も手足の自由を奪われた。

「もういいよ。君達にはこのまま死んでもらうよ」

 もう終わりだ。僕も喜与味もこのまま、変貌した夏目宗助の霊に呪い殺されるんだ。恐い。死ぬのが恐い。僕はまだ、死にたくは無い。

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