おばあちゃんが、私に話してくれたこと

しーちゃん

第1話 はじめに

 私の祖母(母の母)は13歳で結婚しました。

 それも失恋が原因です。


 祖母は本家のお兄さんが好きでしたが、「好きだけど、分家でも家の格が違うから無理だよ」と結婚を断られてしまい、そのお兄さんは違う分家のお姉さんと結婚しました。


 祖母はその二人の姿を見るのが嫌で、「なるべく遠くの土地に住む人のところにお嫁に行きたい」と両親に対して希望を出しました。



 奈良県に住んでいた祖母からすると、なるべく遠くは九州か北海道のどちらかだろうと思っていたのだそうですが、親戚のおばさんから持ち込まれた見合いの相手は中国にいる日本軍の軍人でした。



 初め祖母も中国と聞いて、同じ海を越えてお嫁に行くにしても遠すぎると一瞬思ったのだそうですが…。


 けれど、それだけ遠いところなら二人の顔を見ることはないし、逆に自分が生きているうちに日本に帰ることは出来ないかもしれない。


 それならそれでいっそこの気持ち(家の格が違うからという理由だけで自分が選ばれなかった辛い気持ち)に諦めもつくと、祖母は相手の顔も確かめずに(写真も見ずに)その話をうけました。




 当時、日本軍の軍人と結婚するということは大変なことだったようで、祖母も例外ではなく三代前まで病歴や犯罪歴について調べ上げられたのだそうです。


 これには相手の父親も祖母の父親も怒って、家に訪れた憲兵に対して「ああ、気のすむまで調べるだけ調べればいい、何もでん」とお互いが啖呵たんかをきって怒ったのだそうです。


 なぜなら祖母の父親と相手の父親は昔からの知り合いで、お互いの家の事情は知り尽くした仲でしたから、なにを調べられても不都合になるようなことは出て来ないことを知っていたからでした。



 でも、なぜ、それほどまでに軍人の結婚相手に対して厳しかったのかと祖母に聞いたところ、今では考えられないことですが、当時は「天皇の軍にけがれた血はいらない」という考えから、相手の血の血統を重要視するということが当たり前だったからです。

 つまりは生まれる子どもの血にも関わることだという考えからのようです。


 それに軍人は国を守るのが仕事ですから、日本人以外の血を入れることも嫌われたのだそうです。


 他国の血がはいるは、=軍の中にスパイを生むことに繫がるからだと祖母は言っていました。



 ですが、これらは表だったことで裏ではいろいろな抜け道があったようです。

事実、祖父の腹違いの弟さんは、そのままの戸籍だと陸軍士官学校に入ることが出来なかったため本家の養子となっています。


 早い話、表だった体裁を作り上げれば日本人ならある程度のことは許されたと言うことだと思います。


 ですが、祖母の場合は違います。

 ことの始まりが失恋で始まった結婚話です。

 時は大正時代。

 いくら結婚が早かった時代とはいえ、まだ13歳の少女です。

 周りの女の子達は親の近くに嫁ぐか、せいぜい遠いところに嫁いでも京都か大阪辺りでした。


 初めは失恋でやけっぱちになっていた気持ちだったのかもしれませんが、祖母の気持ちが落ちついてきて冷静になったときに、この結婚を辞めたい。


 或いは、誰も知った人がいないところに、おまけに行ったきりで帰って来られないようなところに行くのはやっぱり嫌だと祖母の気が変わるかもしれません。


 ですので、この話しを持ってきた親戚のおばさんは、軍がこの結婚話しを許可して貴女も「うん」と言って承知したのなら、その後はもう絶対に断ることは出来ません。でも許可が出ていない今なら断ることが出来る。


 このまま軍の調べが進んで結婚の許可が出た時に、あなたが軍人に嫁ぐのが嫌だと断るなら、そのときに断る方法は一つ、あなたが自決して命を絶つしかないのだから本当にこのままこの話を進めていいのか?

 

それに中国は遠い。

(一般の人間が当時の中国に渡るということは未開の地に渡ることと同じで、もう帰ってはこれない、行ったきりになる今生の別れのような認識だったのだそうです。)


 生きてお父さん、お母さんや弟や妹にも会えないどころか、奈良にはもう二度と帰れないかもしれないのだから、よく考えなさいと何度も祖母にいったのだそうですが、それでも祖母は「ここから一番遠いところに嫁に行く」といって自らの意志を曲げるとは無かったのだそうです。




 そして13歳の祖母は生まれて初めて海を見て、親戚のおばさんと二人、日本から船で中国の上海をめざします。


 その船が上海の港に入る直前に親戚のおばさんから、

「あなたの結婚相手が迎えに来てくれているはずだけど、顔が分からなければ誰だか分からないので、写真を見た方がよくないか?」と聞かれて、それはもっともなことだと思い。そこで初めて祖母は自分が結婚する相手の顔写真で見たのでした。



 そんなちょっと変わった祖母が三ヶ月~六ヶ月に一度、私の家に滞在したときに私が中学生になるまでの間、何度も聞かされたのが祖母の身に起こった話でした。


 その話の何度目かの…、確か、小学校5年生の5月の終わりか6月初めの頃だったと思います。


「これは、おばあちゃんとあなただけの秘密の話でから、他の人に言ってはいけません。これはね、あなたに何度も話してきた話の裏にある本当の事を今日一度だけ話します。もう、二度とこのことは言わないからね」


と言って祖母から聞かされたその話を聞き終えた私は、まだ子どもでしたが、その話しの中に出てくるどの人も、みんな可愛そうだと思いました。

 

ただ好きだっただけなのに、その人を大切に思っていただけなのに…、どの人も幸せになりたい、幸せにしたい、幸せになって欲しいという気持ちだけだったのだと思います。



だからもし、身分なってものがなかったら、そしてあの戦争がなかったら、みんな死ぬこともなかったのではないのか?

 今頃、こうして私が祖母に話を聞いているように、その人達から色んな昔話が聞けたのではないのかという思いがありました。


(いえ、今から考えると本当は、このお話の内容が子供心に怖くてそう思おうとしたのかもしれません。)



 それに例え、その問題を解決するためにとった行動が人から見て褒められるものではない解決方法だったとしても、少なくとも祖母が話してくれた話の中に登場する人物たちが、自らの命を捨てるような行動にでることはなかったのではないのかと思ったのです。


 それからもう一つ、あの戦争がなければ、一人の母親が神仏に願掛けをするほどに人を憎むこともなかったのではないのかとも思ったのです。


 でも、誰かが誰かを想うとき、それは結果として誰かを憎むことになるのも事実なのだということを、祖母の話を聞きながら子どもながらに怖かったけれど理解したことを覚えています。



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