◇例え相手が何であろうとも



 ワタポにとってフェンリルの大群は恐怖ではなかった。

 何年も共に歩み進んでいる愛犬───というには少々強力な存在だが、ドメイライト騎士団に所属していた頃から共に居るフェンリルが今の状況に恐怖を抱かせなかった。

 自分を見ても全く恐れをみせないワタポへ炎狼王は沈黙の後、声を響かせる。


『珍しい人間だ。我を見ても恐れひとつない』


「しゃべったぁ!?!?」


 今度はワタポが声を響かせ驚く。

 一際大型のフェンリルが声を、人語を操ったのだ。驚くなという方が無理な話だが、その驚きさえもすぐに受け入れる程度にワタポも、カイトもトウヤも予想外には慣れたものだ。


「あなたが炎狼王ですね?」


 今度はカイトが臆する事なく炎狼王へ一歩進み会話を持ち出す。


『そうだ』


 答えは短いものの、これ以上ない答えをカイトあっさりと咀嚼し少々強引に言う。


「イフリー大陸の気温上昇の原因とその解明方法を教えてくれ」


 敬語を捨て、簡潔に伝えるカイト。その瞳にふたつの感情を宿しながら炎狼王を見つめる。

 約10年前に起こった今は無きイフリー大陸の街【ヘイザード】の焼失。

 そして数年前に、カイトはヴォルフフェンリルを討伐している。


 怒りに近い感情と同量の罪悪感。


 そんな感情を炎狼王はカイトの瞳から読み取りながらも何も聞かず答える。


『気温上昇は四大───イフリートが地脈の融合を抑えるために目覚めたからだ。解決方はイフリートの力を抑制すればい』


 地脈の融合、という何とも不穏なワードに冒険者陣は顔をしかめる中、ひとりだけ何かを知っている風な表情を浮かべていた。


「......だっぷー? 何か知ってる?」


 カイトは恋人のだっぷーを気遣うように、しかしこの状況を進めるために声をかける。すると、


『......お前は......何者だ?』


 炎狼王が燃えるような毛先を逆立たせだっぷーを警戒、周囲のフェンリルも何かに気付き唸りはじめる。

 数え切れない程のフェンリル達に一斉に襲われればひとたまりもない───というより確実に命を落とす。

 既に囲まれている状態で逃げ道もなく、フェンリル達の警戒がいつ敵意へと変わるか......。


「───落ち着けよ。俺達は別にお前らをどうこうしに来たワケじゃない。ついでに言うと時間もない。唸ってる暇があるなら話を進めたいんだが」


 こんな状況下でも───高難度モンスターに囲まれている状態でもトウヤは焦りひとつなく、それどころか強気で炎狼王へ意識を向けた。


 数秒の沈黙の後、王はフェンリル達を下がらせる。


『そこの者が何者なのか......いや、既に何者かは理解した。ホムンクルスだろう?』


「......うん」


『だから警戒したのだが、必要なかったらしい。失礼した』


 なぜホムンクルスに、だっぷーに警戒したのかは不明だがトウヤの強気な発言が緊張状態を打破した。しかしここで、更に状態を混乱させる爆発が地殻で起こる。

 振動と轟音、そして吐き気さえもよおす重厚かつ濃厚な魔力が───噛み付き絡み合うように三種の魔力が全身を叩き通過していく。


『魔女の魔力......何が起こっている!?』


 今までどこか冷静だった、落ち着きを持っていた炎狼王の声が焦りに焼ける。それ程までに今の魔力が、魔女の魔力が濃かったのだ。


「............イフリートはこの先ね?」


 半妖精ひぃたろは魔女の方を見ず、フェンリル達が守るようにしている道の先を見て一歩進む。


『待て、半妖精ハーフエルフよ。何をするつもりだ?』


「決まってるじゃない。イフリートに気温を安定させて貰うのよ。その為に私達はここに来た」


『不可能だ。今のイフリートは人の命よりも地界の存続を優先している。行けば死ぬぞ』


 死。

 ここで初めてその言葉が明確に吐き出された。

 しかしあまりにも説明が足りない。

 地脈の融合とやらも、地界存続とやらも、そもそもイフリートという存在に対しても、圧倒的に説明が足りない。


 それでも、


「行かなければ地上はこのままよね? さっきも言ったけど、私達は地上のふざけた気温を解決するためにここに来た。原因と解決がイフリートと言うなら、まずはそのイフリートに会わなければ何も始まらないわ」


『魔女はどうするつもりだ!? あの魔女も貴様等が連れてきたのだろう!?』


「ひとりはそうね。でも残り2人は知らないわよ。勝手に来たんでしょう」


『そんなものが通るとでも思っているのか?』


 今度は明確な敵意を持って唸る炎狼王。

 空気が震え、マグマが鼓動するように沸騰を強める。


『貴様等が起こした事なのだぞ? 地上で何があったかは知らぬが、地殻にまで届く衝撃を起こしたのは貴様等だぞ? イフリートを強引に目覚めさせたのは貴様等だぞ? いつの時代も、いつになっても───貴様等は身勝手だ』


 炎狼王は威嚇ではなく、本気でひぃたろへ敵意を突き刺し圧倒的な威圧感を放出するよいに立ち塞がる。

 フェンリル達も牙を剥き出しに唸り、全員ここから逃さない、というように。


「......ワタポ、エミリオはなんて?」


 ここでひぃたろはワタポへ、エミリオが何を言いひとり魔女の元へ残ったのか質問した。

 ワタポ、カイト、トウヤの3人だけを先へ進めさせ、エミリオが残っている事実にひぃたろはある言葉を予想していた。


「先に行け、気にせず進め......ここは任せろ」


 ワタポはそのままエミリオの言葉を復唱し、気付く。


「そう───そういう事よ炎狼王。エミリオは、魔女のひとりは私達に “ここは任せろ” と言って残った。わたし達は任せて先へ進み、本来の目的を達成させるだけよ」


『......勝手がすぎるぞ』

「どっちが勝手だ?」


 ひぃたろは王の声に被せるように、食い入るように発言し、大きく一歩踏み込んだ。


「地脈の融合、地界の存続......四大の存在も、何もかもを隠した状態で事が起これば私達へ身勝手だと言って。こっちは何もわからないままで一方的に......どっちが勝手だ?」


『貴様......何様のつもりだ?』


「何様でもないわよ。ただ、大昔の話を持ち出された挙げ句に押し付けられて黙ってるワケないでしょ? ───今を生きてるのは私達だ。私達は今のやり方で今に抗うわよ。例え相手がフェンリルでも、四大でも、何であろうとも」



 半妖精のひぃたろは退かず、炎狼王から視線をそらす事なく言い放ち、他の者達も覚悟を決めた。

 自分達はイフリートの元へ、炎の四大の元へ向かう。


 それが今、ここにいる理由であり目的なのだ、と覚悟を決めて。






───あとがき───


おはにちばん!

Pucciです。

前話で月曜日だけの更新、と言っておきたがら本日、木曜日も今まで通り更新させてもらいました。

やはり【武具と魔法とモンスターと】の更新は続けたい。


こういった部分を後日、近況報告に書きますので、よかったらそちらも覗いて見てください!



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