◇シルキではなくデザリアへ



 宿屋の窓の高さに合わせて魔箒を停滞させ、窓をノックする。

 わたしの勘が、ここにワタポがいる、と訴えかけている───なんて言えば鋭い勘を持つ猛者を演出出来るが、敏感になった魔力感知がワタポの居場所を掴んだだけだ。

 2回、3回とノックを重ねるうちに力も入り、ついには窓を叩き揺らすまでに至り、


「!? ビックリした、エミちゃ! 何してるの!?」


 やっとワタポが顔を見せた。


「よぉワタポ、シルキ行こうぜシルキ」


「はぁ!? 今から!? って、どうやって!?」


「そんなもん飛んで行くに決まってんだろ? 乗れよワタポ」


 箒の後ろを指差し言うと、ワタポは何とも言えない表情で箒を見たあとわたしへ何とも言えない表情を向けた。


「まず入りなよ」


「あ? んやシルキ行くっての」


「いいから」


 そう言ってワタポはわたしの頭に帽子を被せる。ダプネの空間時に行方不明となった愛用の丸帽子を友人が回収してくれていた事に感謝しつつ、ここは一旦言うとおりにしたほうがいい、と脳内で全エミリオが警鐘を鳴らした。


「モタモタしてらんねーんだぞ?」


 現状を考えればそういった言葉も出る。

 しかし、


「エミちゃがシルキへ向かう理由はだいたいわかるよ、だから先に言うね。まず魂魄こんぱくに会うのは無理。そして療狸やくぜんさんに話を聞くのも難しいと思うよ」


「お、流石だな。わたしの考えがわかってんじゃん。で、なんで無理なん?」


「夜楼華が正常に働き始めたんだよ? 彷徨さまよっていた魂魄達も今は夜楼華を頼りに進んでる。そんな時にワタシ達が行って、正常に働き始めた夜楼華の邪魔をするのは危険だよ。まだ本調子じゃないだろうしさ」


 なるほど。

 確かにワタポの言う通りかもしれない。夜楼華は魂魄......死者の魂を逝くべきところへ送る、還す、みたいな役割がある。どんな方法で現世に魂魄を残していたのか知らないが、今となっては既に還されているかもしれない魂魄を引っ張ろうとするのは危険ってのは納得だ。


「それと療狸さんは簡単には話してくれない。時間をかけたらどうかわかんないけど......時間がないから直接シルキへ行こうって考えなんだし、オススメは出来ないよ」


「それがわかんねーんだよ。なんで療狸ポコちゃんはしゃべんねーの? 実際やべー状況なんだし、神様だか何だか知らねーけど、それ系なら助けてくれんだろ?」


「まさにそれ、大神族だからだよ。神族や大神族は直接今の世界に手を出しちゃいけないの。別の大神族が何かをしていて、それに対して手を出すのは許されているけど、ワタシ達に直接的に手を貸したりするのはダメなの。そして問題が起こっているのはイフリー大陸。シルキ大陸の神族や大神族は尚更関与出来ない」


「そうなの? 大神族ってすげーと思ってたけどダリぃんだな......」


 そんな感想を告げつつ思い出すと、確かに直接療狸が何かをしてくれた、というシーンは無かった。

 腐敗仏はいぶつを作ってたアイツも神族系で、アイツに対しては直接動いていたらしいが、わたし達には必ず何かを経由して手を貸してくれていた。誰かに自分の力を与え、その誰かが行動していたり、って感じに。

 それも全部シルキ大陸で起こっていた事だからってワケか。


「......んじゃさ、アイツは? 半裸の王様。アイツも普通の人間じゃないよな?」


「頼るならアグニさんしかいないっていうのは賛成だけど、忘れたの? エミちゃアグニさんに突っかかったじゃん」


「む......いや、あれはアイツが悪くてだな! わたしは悪くねぇぞ!」


 こんな事になるなら喧嘩ふっかけるのを少し後にすればよかった、と強烈な後悔が沸騰する中でもわたしは決して自分の非を認めない。あれは話をまともに聞かなかったアイツが悪い。先に突っ込んできたのもアイツだ。この点については譲らないぞ。


「つーかよぉ、アイツは今の状況の原因みたいの知ってんのか? 地殻とか地脈とか」


「知ってると思う。だから下手に発言しないで、見極めてるんだと思うよ」


「何を? めんどくせーから黙ってるだけだろどうせ」


「めんどくさいって思ってるなら始めから顔を出したりしないよきっと。多分、任せられる人材を見極めてるんだと思うんだ。地殻の方もそうだけど、魔結晶塔の方もあるし、どっちかに戦力を乗せすぎると片方がダメになっちゃう。だからワタシ達......他国の人達がイフリーに集まったんだよ。既にこれは国だ大陸だって問題じゃない」



 魔結晶塔......魔結晶を求めている連中を少なくとも2つ知ってる。【レッドキャップ】と【クラウン】だ。確かにこの2つが関わっているとなれば既に国や大陸の問題ではなく、地界全土の問題と言えるが......大問題は “外界でも魔結晶を狙ってるヤツがいる” って所だ。

 酒場で会ったヴァーシノンとかいう男も理由は知らないが魔結晶を狙ってる。魔女共も多分。ここまでくれば悪魔だ何だって現れても別に不思議ではないが、魔結晶側に戦力を注ぐと地殻......この異常な気温の方がスカスカになって取り返しのつかない事態へと発展しかねない、か。


 ここで下手にわたしが動いて......例えば今からアグニの所へとつして「何か知ってんだろ教えろ!」てな感じに行動するのは面倒以外なにものでもない、という事か......。


「ここはあくまでもイフリー大陸。ワタシ達は声がかかったらいつでもすぐに動けるよう、待ってるしか───」


「その通りだ女、お待ちかねの招集だ! そこの魔女も混ぜてやる。さっさと来い」


 ワタポの声をかき消すように豪快な声が窓の外から響き、わたし達は同時にそれを見る。

 窓の外で腕を組み胡座をかいた姿勢で浮遊しているアグニを。


「てめぇ! なに窓から覗いてんだ! ぶっ飛ばすぞ!」


「ほう、やってみろ小石が。それに俺様は神だ。何をしても許されるから神であり、貴様等が今居るその部屋はイフリーのものだ。 俺が俺の国でどう行動しようが貴様等にとやかく言われる道理はない。神だからな! ハッハッハッハッ!」


 魔術で窓枠こど吹き飛ばしてやろう、と思った瞬間にワタポがわたしの肩に手を置き、この上なく呆れた表情を見せた。言葉にしなくてもわかるぞワタポよ。「下手に絡むな、ほっとけ」って事だな。


「デザリアで待っている。さっさと来い砂利共」


 最後までウザったい言い回しでアグニは去っていった。


 場所はここトラオムではなく、デザリア。

 炎塵の女帝が暴れた後のデザリア、か。



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