◇ノムー大陸から
ノムー大陸、皇都ドメイライトにあるドメイライト騎士団本部。
騎士達はイフリー大陸へ向かった3名の特級騎士のうち2名が死亡した事を知り、騒ぎ立っている中で───特級騎士のひとり【シンディ】は騎士団本部の書庫のさらに奥にある禁書庫で視線を一冊の本へと落としていた。
「......、、、これも違うか。残念」
パタン、と本を閉じたかと思えば別の本を手に取り開く。中々のペースで瞳を流し、その本も違ったらしく残念そうに閉じ再び別の本へ。
どれもこれも古びた本でありながらも、しっかりと管理されているからこそ本としての形状を保ち文字もくっきりと残っている。禁書の中には例の童話【シンシアと十二の神】も。
しかしシンディの今の目的はそれではない。
「............んむ? ......これだ」
やっとお目当ての本を発見したらしく、他の本をキッチリと戻し、イスへ座る。禁書庫の本は持ち出し禁止なうえに室内の生命反応が途絶えた時点で元の場所へ本が無ければ警報が鳴るという、
自室でゆっくりとコーヒーを飲みながら読みたい所だが、それは不可能であり禁書庫は当然飲食禁止だ。
エミリオがいう所の “残念女” ことシンディは騎士団の中でもトップクラスの魔術使いであり、魔術には勿論、実験や研究にも熱を持つ騎士。
騎士団に魔女として捕縛されたエミリオに対し、魔属性という聞いたこともない属性について何度も質問していたのは好奇心と探求心からだ。
今回の調べものは好奇心であり探求心でもあり、騎士としての仕事でもある。
シンディが読んでいる本には4つのマークが描かれている。地水火風のマークだ。
一通り眼を通したシンディはその本はテーブルに開いたまま置き、急ぎ足で本棚へ向かい【シンシアと十二の神】を取ると急ぎ足で戻り、2冊の本を開き忙しく視線を走らせた。
それから数十分が経過した頃、禁書庫にノックが響く。
「やはりここに居たのか、シンディ特級騎士」
「ん? グリフィニアちゃん! 珍しいねぇ? どうしたの?」
現れたのは特例でドメイライト騎士団に席を置く事になった【グリフィニア・サルニエンシス】だった。
「私も今回の任務に同行する事となったので一言挨拶に───という
意識を引き戻しに、というのは中々に面白い比喩だった。実際シンディは調べものや研究を始めると時間も任務もそっちのけでのめり込む性格であり、毎度誰かがそれこそ意識を引っ張り戻さない限り終わるまで続ける。それで何度となく任務を流したり、満足に休息や食事も取らず倒れる事など数え切れない程だ。
今回も外───騎士団本部が慌ただしい状況だというのに既に2時間も禁書庫に籠もりきりだったのだ。
「ありゃー残念! もう少し詳しく調べたいから待っててよ」
いつものトーンで言うシンディだったが鋭いままの視線は本へ突き刺さる。もう少し、の度合いはグリフィニアにはわからないがあと数十分程度なら、とイスを引き座ろうとした所でパタンと本が閉じられる。
「もういいのか?」
「とりあえずね、残念だけどどっぷり詳しく調べちゃうと何日も溶けるやつ───で、今回の任務内容は? 特級2人でやる任務なんてロクな内容じゃなさそうだけど」
本をキッチリと棚へ戻し、シンディは昨夜イフリー大陸で死亡した特級騎士のルキサとアストンを思い出す。
別に仲が良かったワケでもなく、騎士という職業に就いた時点で死ぬ事も十二分にあり得る。2人に対し思う事は何もない。しかし【炎塵の女帝】は既に討伐済みだという報告も入っている。
ならばなぜ自分達が昨日の今日でイフリー大陸へ向かわなければならないのか、などというすぐにグリフィニアから答えを聞ける問題へシンディは思考を回していた。これは彼女の、考えるのが好き、という性格。
癖のようなものだ。
「イフリー大陸に例の塔が出現するとウンディーから情報が入った」
例の塔、というワードを耳にした瞬間シンディの瞳は見開かれる。
研究者や科学者、歴史学者なども含めて “例の塔” という言葉が持つ魔力には抗いようのない引力を感じている。シンディもそのひとりであり、長年噂でしかなかったものがついにこの時代に。
「
確信は無かったものの、シンディは “塔の存在が本当ならそろそろ” と考えていたらしく、グリフィニアからの報告に驚きは無かった。
「メンバーは?」
そして珍しく───グリフィニアが知る限り初めて───シンディは任務にやる気を見せる。
「シンディ特級騎士を隊長とした特別隊の結成を許可された。そこに私も同行する。他のメンバーは───」
ここで本日2度目のノックが禁書庫に響く。
1日1回でも珍しいというのに、2度目となると禁書庫常連のシンディも素早い反応で扉を見た。そこには───、
「お話中失礼します! 初級騎士のウェンブリー・ウィンストンです!」
「同じく初級騎士のトゥナ・アクティノスです!」
「初級騎士アストバリー・ロンネフェルト! 見参致しましたッ!」
騎士学校を卒業し無事に騎士となった3名が騎士礼をしたまま名乗り、グリフィニアは察する。
「シンディ特級騎士。今回のメンバーは既にイフリー大陸に居るヒガシン特級騎士と我々、そしてあの3人だ」
初級騎士を同行させるなど殺すようなものだ。とシンディは思ったが3人の眼を見てその思考を捨て去った。
度々噂には上がっていた。ウェンブリー、トゥナ、アストバリーの3人は新人───初級とは思えない働きを見せている、と。
学生上がりはどうしても騎士としての自覚が無く、騎士としてどう生きるべきかも見えていない。しかし全員がそうではない。
ここにいるシンディも新人時点で既に存在感を存分に発揮していた。勿論あの時代は騎士が騎士らしくない時代だったため風当たりも相当だったが、直接的な先輩は力で黙らせ、鼻につく先輩は結果で黙らせてきた。
階級なんて関係ない───とは言わない。
しかし、階級で縛り付ける時代はもう終わっている。
「私が隊長っていうのが残念すぎるけど───面倒臭がってもいられないね。今から一時間後にイフリーへ向かう。3人は船の用意もよろしくね」
「「「 了解しました! 」」」
断られても退かない。そんな眼をしていた3人にシンディは賭けてみたくなった。
「グリフィニアちゃん。私の事はシンディって呼んでよ」
「わかった」
「それと、レイラ騎士団長の所へ一緒に行こう」
「それはいいが......一体なんの用事が?」
「いいからいいから」
◆
ドメイライト騎士団を現在統括しているのがレイラ。
本人は騎士団長代理と言い張るが、ドメイライト民にも───ノムー民にも認められている。
「レイラ騎士団長」
「シンディとグリフィニア。どうした?」
ノックもなく扉を開き、許可も待たずにずかずか入り込むシンディだったがレイラの反応から見て「いつもの事」らしい。
「今回の任務でウェンブリー、トゥナ、アストバリーが生きて戻ったら最低でも中級騎士へ昇格させてあげてよ」
「シンディ!? 何を突然」
「まぁ待ちなさいグリフィニア」
シンディのとんでも発言にグリフィニアは驚きながら声をあげ、それをレイラが抑制した。
誰かを推すような事は今まで一度もなかったシンディのクチから後輩の昇格が出るとは予想もしなかったが、シンディの表情から察するに面白半分などではない。
「理由を聞こう」
「残念だけどもう世代交代は始まってる。私達が次は騎士団の代表として立たなきゃならない。自分だけを見て好き勝手やるのは残念ながらもう終わりかなーって」
「それでその3名を?」
「ヒガシンと似たような年齢だよね? ヒガシンは学生しないで騎士に凸ったから先輩だけど、その辺の世代が今まで私達がしていたような事をするべきなんじゃないかなーって。そしてあの3人には何かある。残念ながらその何かまではわからないけど」
シンディの言葉を聞いたレイラとグリフィニアは黙り考える。
確かに世代交代は既に始まっている。それだけではない。時代が変わり始めている、というのがしっくりくる。
ノムーとウンディーの同盟、シルキの存在が公に、
いい事だけではない。
【レッドキャップ】の暗躍に始まり、今まで隠れていた犯罪者が活発になった。
【クラウン】も存在を顕にし【外界】の種族も今まで以上に【地界】へ関わってくる。
モンスターの凶暴化も無視出来ない。
世代だけではなく世界が変わろうとしている。
シンディはこう言いたいのだろう。
乗り遅れるな、と。
「わかった。階級昇格の件はグリフィニアに一任しよう」
「私が!?」
「シンディの判断では流石に不安だ」
「それは......同意です。わかりました。今回の任務では3人の働きを明確に記載し、後日提出致します」
こうなる事がわかっていたかのようにシンディは笑い、
「それじゃあ残念だけど副隊長はヒガシンにお願いしよう。グリフィニアちゃんに副隊長までお願いするのは大変そうだし」
考えていた通りの流れにシンディは満足そうにし、騎士長室を後にした。
シンディ、グリフィニア、ウェンブリー、トゥナ、アストバリー、そしてヒガシン。
このメンバーが第一魔結晶塔の攻略に参戦するノムー大陸の使者となった。
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