◇炎塵の女帝 1



───軍だとか、国だとか、そんなものに元々関心などなかった。


 炎塵の女帝は焼け焦げる意識業火の中で両膝を抱え、逆巻くようにうめうなる声に囲まれ両眼を瞑る。


───平凡に暮らしていた私を、平和に暮らしていた私を、化物に変えてのは人間だ。



 人間なんて、生き物なんて、みんな死んでしまえばいいのに。






 的確に炎塵の動きを見切る者。

 閃光を着込み一閃に雷線を残す者。

 翅を広げ点滅するように姿を移動させる者。

 弾丸を自在に変化させ相手の理解を超える者。

 影を伸ばし影を地面から引き剥がす者。

 影を纏い闇を着込み獣のように駆ける者。

この世のものとは思えない浮世絵のような質感の属性を武器に纏わせ振るう者達。


 冒険者と一言に括っても、騎士や軍のように組織的に鍛錬された集団ではない。各々が各々の目的のため自ら鍛錬し生きる者であり、種族も宗教も何もかもが違う。


 そうなれば当然のように個性が突起し、個性が特性へと変わり、やがてそれがその者の存在を象徴するかのように記号となる。


 この点については冒険者だけではなく、騎乗も軍も、モンスターなどもそうだ。

 その者の存在を象徴。称号といえばわかりやすいだろう。【炎塵の女帝】も存在の象徴を意味する記号の称号。




「予想以上にやるじゃん、冒険者」


 炎塵へ臆する事なく攻め続ける冒険者を余す事なく見ていたヨゾラは複眼で各々の個性を最低限収集した。


「メティ、次の隙で女帝を押せる?」


「うん!」


 少女は手頃な瓦礫に座りながら頷き、槍杖の杖を炎塵へ向け詠唱する。

 プンプンの雷撃が炎塵へ直撃した瞬間にメティは水魔術を放ち、感電状態を利用しつつ水圧で対象を押し退けた。


「2分だ! 一旦下がれ!」


 複眼を戻し、ヨゾラは一歩進む。メティとリヒトもそれに習い冒険者陣と合流するように動いた。


「硬いでしょ? あれが覚醒種アンペラトリス......特異個体などの生存力だ」


 2分間とはいえ討伐するつとりで攻めていた冒険者陣は炎塵の驚異的な防御力を前に歯噛みする中、リヒトはひぃたろへ歩み寄る。

 

「あの、純妖精エルフさん」


「私は純妖精エルフじゃなく半妖精ハーフエルフよ。何かしら?」


「さっきの、あまり使わない方がいいですよ」


「......わかるの?」


「全部はわからないけれど、、」


 色の違う瞳がひぃたろの何かを見抜いたらしく、リヒトは心配そうに告げ、ひぃたろも心当たりがあるらしく頷いた。


「だらだら話してる余裕はないけど、これだけは言わせて。今のままじゃあの女帝には勝てない」


 予想していた事だが、いざ言葉で伝えられると中々に堪える。

 森の女帝や雨の女帝と、今まで女帝種を何度か相手にしてきたメンバーもこの場にいるからこそわかる。女帝種を討伐するには圧倒的にメンバーが足りない。そして今までの女帝種と炎塵の女帝は別物。2分間の猛攻を全てその身に受けても致命傷はおろか決定的なダメージさえ見えない相手。


「まずは覚醒状態まで引っ張り出す。それでやっと覚醒種討伐のスタートラインだ。行くぞ」


 腰に吊るされている二刀のうち一本を抜き、鞘に納められたままの一本を軽く撫でた頃、炎塵が動き始める。

 奇妙な声と共に周囲へ粉塵を拡散させ、顔面を覆う手のひらの指の隙間から煙を漏らし身体を屈めた。


「突っ込んでくるぞ! そこの2人は棒みたいな腕を全力で止めろ!」


 爆破を利用した突進めいた移動を迎え撃つのは白蛇とあるふぁ。振り上げた棒腕を狙い2人は妖剣術の重撃を衝突させる。

 浮世絵のような属性───水が熱せられた円柱腕を止める中で次の指示でメティが水を撒き散らし、プンプンが粉塵へ雷撃を放つ。爆破が発生した直後にスノウが水を利用し爆破を凍結させ連鎖を阻害。


 ひぃたろ、リヒト、カイト、トウヤ、すいみんが炎塵の背後へと回り込む。

 モモが絵魔で桜の花弁を舞い散らせ、だっぷーが貫通型の特種魔弾を指示された位置へと放つ。

 炎塵が苦痛する声を零した。

 それを合図に背後へ回ったメンバーが、だっぷーが狙った部位───腹部を背から狙い攻撃を撃ち込む。


 鬼を連想させる硬度を持っていた皮膚が裂け、紫色の血液が散らばった。


「見える?」


 ヨゾラは隣にいるワタポへ質問し、


「......うん! 傷が細い糸みたいな細胞を伸ばし合って絡まり、再生した」


「そう。それが覚醒種の再生力の秘密。あれを突破出来なきゃ倒せない」


 覚醒種の全身には植物の根に近い細胞がびっしりと伸び絡んでいる。強度、柔軟性、再生力......それらの秘密がまさにこの根であり、肉眼ではまず視認出来ない。

 ヨゾラは2分間の猛攻の中でワタポの瞳に何かしらの能力がある事を予想し、それは予想以上の代物であると知った。


「覚醒種は状態を三種類持つ。人型、半状態、覚醒......人型の場合、あの根は意識的に使わなければ効果を発揮しないけど、半状態と覚醒状態では自動オートだ。再生も代償なしじゃないのになぜ自動再生すると思う?」


「............死なないため......?」


「そう。もっと言えば、叩かれたくない部分を必死に隠しているからだね。文字通り必死に」


「............女帝核」


「へぇ、核の存在まで知ってるんだ」


 地面を掴むように悶える炎塵だが、傷は既に完治していた。

 それでも何かに悶え喘ぐ異形を前に冒険者陣は本能的に集中力と警戒心を研ぎ澄ませる。



「全員油断しない、凄いね今の冒険者は───本気で来るぞ!! 私達も行くよ」


 周囲に声を飛ばしつつ、隣のワタポへ告げヨゾラ達も参戦する。


「メティ全員に耐熱バフの後、広範囲設置型の治癒術! 全員、自分が最も得意な防御で女帝の攻撃を防ぐ! 生きてりゃ設置型で回復する。生きてりゃね」


 緊張が一気に上昇した直後、炎塵の女帝は円柱腕を地面へ突き刺し、肘と思われる場所から突起している部位を腕へと納めるように押し込んだ。 キン、と小さな音が響き、高熱と爆風が周囲を殴りつけた。

 円柱腕はパイルバンカーと似た特性を持っており、強烈な打撃だけではなく押し叩く事で円柱の中の粉塵を一瞬で爆発させる。


 本来これを武器として愛用しているだけならば火薬という制限が付いて回るが、炎塵の女帝は爆破粉塵を好きなだけ使える。地面に腕を突き刺し大量の粉塵を使い、全てを一気に爆発させた事で想像を遥かに超える爆発が発生、隣にいる者の姿さえ一瞬で消え去る程の爆炎と爆光が包み込み、何が起こったのかさえ理解出来ないまま全員が灼熱に包まれた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る