◇声
星が塗りつぶされる。
濃紺の空を漆黒が塗りつぶすような深夜が未確定な不安を胸中で震えさせる。
デザリアの街で元々王宮だった建物───宮塔を見上げるだっぷーは無力に苦しむ千秋を慰めるようにしつつ、カイトを心配する。
今すぐカイトの元へ向かいたい。そんな気持ちを必死に抑えて千秋と共にいるだっぷー。しかし限界はすぐ訪れる。
宮塔の上層階で爆発が起こり、瓦礫が降り注ぐ。
「───!?」
「ッ!?」
街の住民達も塔の異変に不安を抱き、徐々に街全体へとそれは伝染する。不安よりも不信。そんな気配を人々から察知した千秋は震えながらも立ち、
「......皆さん! 今すぐこの街から逃げてください! 何が起こっているかまでは、私にはわかりません。でも、何かが確実に起こっているのです! どうか今だけは、今だけは私の声を聞き皆様を守らせてほしい!」
震える理由は、恐らくこの後に飛んでくる質問と糾弾に対してだろうとだっぷーは瞬時に理解した。千秋は覚悟して立ったのだ。ならばだっぷーは見守るだけだ。
「アンタは誰だ!? 何でアンタの声を聞かなければならないんだ!?」
ひとつ目の質問が、予想通りの内容で飛んでくる。
「......私は......チアキ・イフル・デザリア。前デザリア王の娘です!」
千秋は名乗った。
長年、シルキ大陸では【千秋】と名乗り呼ばれていた名に隠した本当の名を。
そして遠い思い出が明確に映る。
───
大神族の
必ず来る、名を語る瞬間。療狸の占いでは「次へと繋げる瞬間はすぐそこで貴女を見ている」と続いていた。
絶対に外れない、療狸の占い。
「イフル......あのデザリア王の娘だと!? 誰がお前みたいなヤツの言葉を聞くと思ってる!?」
予想通り、糾弾が飛び交う。
リリスが操っていたとはいえ、見る者が見れば千秋の父が戦争を吹っ掛けたとしか思えない。レッドキャップの存在など語った所で国民は自分の眼で見たモノを強く信じ疑わない。
当たり前の事だろう。国民と言わず、人は自分の眼で見た情報こそが最も正しい情報だと思ってしまう。千秋も、だっぷーも。真実というものは、何よりも容易く捻じ曲げられるモノなのだと今この瞬間に突き刺さる。
ひとりが声をあげれば2人目、3人目と声が伝染し、僅か数秒で何十という糾弾の声が千秋に降り注いだ。それだけではない。隣にいるだっぷーもターゲットとなり、ある事ない事───予想というには何もかもが足りない妄想を強く大声で発する始末。
それでも2人は言葉を受け止め、避難してほしい、逃げてほしい、と言い続けた。そんな中、
「どうせまた国民を集めて兵器の実験に使うつもりだろう!? まだ殺し足りないのか!? お前らの言う事なんて誰ひとり聞かないぞ!」
この言葉が千秋の胸を深く抉った。
それは、お父様が行った事ではない......。千秋は胸中で言い返すも、声は腹から動かない。
現に国民を集め殺したのは今玉座に腰を下ろす女帝であり、兵器の実験ではなく、兵器の開発、人工魔結晶生産として、材料として、人を使ったのだ。
その事さえ知らず、その事実も全て千秋の父が行った事とされているのが今のイフリー。
千秋の父が死んだ後に起こった事なので考えれば簡単にわかる事だというのに、そんな考えさえ捨て、全ての罪は前イフリー王へと押し付ける。
もう、千秋の声は誰にも届かない。
もう、千秋という存在は敵でしかない。
「もう......私じゃ、私じゃダメだ......」
下を向き、大粒の涙が渇いた地面へと落ち、すぐ消える。
自分の声も簡単に落ちて消えるんだ。千秋は自分の想像では足りない自分の無力さに諦めが滲む。
「───殺せ! この偽善者を殺せ!」
ひとりの国民が叫んだ。
偽善者。偽りの善意を着飾り内面では悪事を企み、裏では悪事に手を伸ばす者。
偽善者は、千秋ではない。今国民達を統括ではなく支配している女帝こそが悪であり偽善者なのだ。
そんな事を思っても、今更なんの意味もない。
言った所で誰にも自分の声は届かない。
国民達は武器を手に、千秋とだっぷーを睨みつける。殺せ、殺せ、と。
「2人ともここで殺せ!!」
一斉に武器を構え、雪崩のように2人へ押し迫る。槍の切っ先が千秋に接近し、無慈悲にも貫こうとした直後、千秋を包むように激流が登った。
千秋だけではない。クゥを抱くだっぷーも激流の柱に包まれるように思考を捨てた国民達の刃を弾いたのだ。
驚く声の中に一言「魔女か!?」と。その言葉を
「よぉ、噂の魔女様がお通りだぜ。邪魔くせーからさっさとどけよ」
「この人達、どうするの?」
「ほっとけ───んや、ナメた事したらさっきの水で押し飛ばしてやれ。でも殺すなよ」
やっとデザリアに到着した魔女エミリオが、少女メティを背負いながらデザリア民を見て鼻を鳴らした。
「エミリオさん......」「エミー!」
「よぉ、大声出してくれたから場所がわかったぜ。ナイス演説」
千秋の最初の声───国民を想い発した声は、エミリオの耳にしっかりと届いていた。
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