◇鬼楼華



 鬼という種族は角の数で潜在能力が変わる。

 一本ならどれだけ大きくても、小さくても、一本の潜在能力しか身に宿らやい。しかし、一本でも角があればそれは立派な鬼。元々他の種より優れた皮膚硬度や細胞活性力、腕力を持っているうえに角の数で身体能力が更に向上する。

 勿論角があればそれだけでいいワケではないが、角の数イコール潜在能力、自身に宿る力を鍛錬し我が物にした時、初めて自分の最大力を知れる。

 今、イフリー大陸に存在する生粋の鬼は2体、白蛇と酒呑童子。

 角の数は───


「痛いなぁ......角無し夜刃ヤトが生意気に僕を蹴るなんて」


「まぁ......余裕で立つだろうな。五本角」


 白蛇は零、酒呑童子は五本。この時点で既に勝負はついているようなものだが───白蛇は角を全て斬り折られての零。本来何本持っていたのなは今となっては不明。しかし鬼の歴史上に五本以上の角を持つ鬼は存在していないのも事実。

 もし白蛇が六本角だった場合、それは確実に歴史に名を残している。五本角の鬼は酒呑童子の祖父にあたる鬼の名だけが刻まれ、他数名という枠に酒呑童子も含まれている。白蛇が六本ならば鬼の歴史上初の六本角として名を刻まれているハズだが、残念ながらそんな記載はない。


「夜刃君さぁ......わかってる? 僕さっきので結構頭にキテるんだよね。霊刀にも逃げられて妖酒も奪われて............キミを殺すけどいいよね?」


 いつも気持ち良さそうに酔っている酒呑童子だが、今は酔が冷めたかのように鬼族という威圧感を纏う。見た目こそ小鬼だが実力は四鬼しきが挑んでも勝てない程。まさに鬼のように強い酒呑童子を前に白蛇は衝撃的な事実を今になり知る。

 酒呑童子が白蛇を睨み、何かを語ったというのに声が、音が、全く聞こえなかったという事実。


「......やべぇな」


「はぁ? 今更? もう謝っても許さないよ」


 今の言葉に全意識を集中させた白蛇。辛うじて酒呑童子の声を拾った事を確認し、笑う。


───何喋ってるかわかんねぇけど、微かに音は拾えた。なら問題ない。


 普通の者ならばここで聴覚を失っているという事実に焦り恐怖する。しかし白蛇は「コイツを殺って妖酒を飲めば聴覚は戻る」と冷静に判断した。その通りではあるが、それを瞬時に考えられる精神力の強さを並の者は持ち合わせていない。この強靭な精神力こそが夜刃という鬼種の厄介な部分。


「夜刃って種類は頭がおかしいんだよね。手足を潰されても折れない。それどころかまだ噛み付いてくる。それに角が一本しかないくせに僕と互角なんておかしいでしょう? だから、大名と観音を上手に使って夜刃って種を殺したのは僕なんだ。赤ん坊でも夜刃なら容赦なく殺した。でもね、一匹だけ見落としていたんだよ。それがキミだ」


「......」


「驚いたよ、キミの角を奪うのが精一杯だったなんて、強すぎだよキミ。でももうその強さはない。僕は誰が強い弱いなんて然程さほど興味なかったんだけどさ......夜刃ヤトの連中が煩くて煩くて。僕自身も直接手を下して、何人も殺しちゃった。最後の最後でまた自分の手で夜刃を殺す事になるとは想像もしていなかったけど、これはこれで悪くないね」


 ペラペラと語る酒呑童子を前に白蛇は一言、


「おい、今俺耳きこえねぇんだ。だからその長ったらしい講釈をさっさと辞めてくれねぇか? グチャグチャ喋ってるないで殺ろうぜ。な?」


 聞こえていた所で、興味も湧かないだろう。

 白蛇にとって同種は同種、それ以上何もない。誰がどこで何をしていたとしても、自分にはどうでもいい。今、自分の前で起こっている事が全てであり、気に入らなければ踏み潰し、気に入ったなら大いに楽しむ。

 どちらかと言えば白蛇は犯罪者寄りの思考であり、今この瞬間も単純に、酒呑童子という強者と戦闘したいだけの戦闘狂。イフリーがどうだの、仲間をどうしたいだの、そんなものは微塵もなく、トウヤを先に行かせたのもただ単純に、酒呑童子を独り占めしたいという欲。


 聴覚の不調を感じさせない荒々しさで酒呑童子へ斬りかかる白蛇だが、音が聞こえないというハンディがすぐに牙を向く。

 白蛇の聴覚不具合を聞いた直後から小刻みに揺れていた酒呑童子の唇。魔術詠唱だ。妖怪やアヤカシは魔術よりも妖術を優先して学び極める。その理由は魔術に必要な魔力よりも妖術に必要な妖力の方が多い種族だからだ。中には魔力を雀の涙程度しか持ち合わせていない者もいるが、妖怪やアヤカシは人間の平均値の1/10程度の魔力が平均値となっている。妖力は人間とは比べ物にならない量を平均的に持ち合わせているので自然と妖術中心に学ぶが、酒呑童子は魔術もかじる程度学び、今それを執行した。


 地属性下級魔術が白蛇を襲い、一瞬対応を余儀なくされる。受けても取るに足りないダメージだが “攻撃されている” となれば半強制的に身体は反応してしまうものだ。


「やっぱり魔力感知には疎いね妖怪は!」


 妖術ではなく魔術を選んだ理由がまさにこれだった。狙いはダメージを与えるではなく、一瞬でも白蛇の動きに邪魔を入れる事。そして魔術を選んだ最大の理由が、妖怪は魔力感知に疎いという点だ。詠唱している、ではなく、発動した、の段階で初めて知る魔術の存在。小さな事前情報も無く攻撃が飛んでくれば強い者こそ反射的に身体が動いてしまう。


 これはフローが妖怪やアヤカシ相手に使う汚い戦術で、対シルキ勢を相手に次の一手へ繋ぐ際はこれ以上ない戦法。

 予想通りか、白蛇は見事にハマり酒呑童子の捨て魔術に対応、ここでたった一手の隙がうまれ、酒呑童子の短刀が白蛇の腹部へ深々と入り込む。


 なんの変哲もない、なんの技術もない、ただの突き。そんなもので鬼の皮膚を貫通はおろか傷付ける事など限りなく不可能に近い。しかし、不可能ではない。

 名刀の中の名刀、妖刀の中の妖刀、などそういった類の武器ならば使い手に技術が無くとも可能。今回のはまさにそれだ。


「すぐ死ねるから安心していいよ」


 勝利を確信した表情で囁くように笑った酒呑童子。深々と刺さる短刀を鬼の腕力で上から叩き、刀身を体内に残す形で折った。子気味良い音と同時に刀身はほぼ全て白蛇の体内に残留し、酒呑童子は更に笑みを浮かべ足に力を入れ後ろへ飛ぶ。


「下がるのか? 手伝ってやるよ」


「!? どうして───」


 下がる酒呑童子の腕を掴み、強く引き寄せると同時に白蛇は強烈な打撃を顔面に炸裂させる。薄く、でも確かな妖力を纏った拳は鈍くえげつない音と衝撃を散らし、酒呑童子を棒切れのように殴り飛ばした。


「......“楼華サクラ” だろ? 短刀の刀身は」


 鬼を殴りつけた事で白蛇の右拳は抉れ、指もあらぬ方向へと屈折する。しかし白蛇も鬼、その怪我は怪我のうちに入らず素早く元の形へと戻る。

 白蛇は数秒前の形状に戻った右手を今度は迷う事なく腹部へ突き刺し、体内に残された刀身を力任せにに引き抜いてみせた。赤紫色の硝子細工のような刀身───夜楼華ヨザクラが排出する毒、楼華サクラを用いて生産された劇毒の刀身を白蛇は鷲掴みにし、眺める。

 この時点で酒呑童子の顔は再生を終え、刀身を眺める白蛇へ驚きの眼差しを向けていた。


「............朽ちない......なぜ? どうして?」


 その問は白蛇の耳に入る事はない。しかし、表情から相手の疑問を察した白蛇は語る。


「人間が身体ん中で、命彼岸めいひがん楼華サクラを抑えつけた。それだけじゃねぇ......その両方の特性を自分のモノにした。人間が、だぞ? それも和國シルキに関係ねぇ人間が」


 酒呑童子は、それが影牢───トウヤの事だと瞬時に理解するも、クチを開かず聞き続けた。


「人間に出来てに出来ねぇなんて納得すると思うか? 死んだら死んだで、死ぬだけた。角を無くした時点で形振りなんて関係ねぇ。死んだようなモンなら実際に死んでも一緒だ」


 ここで白蛇は獰猛な笑みを浮かべ、自分の腹底で燃える妖力の塊へ手をかけた。直後、肌は赤茶色に染まりキバや瞳が鬼のそれとなる。しかし絶対的に他の鬼とは違う点がひとつ。


「!?............なんだ、その、妖力......まるで夜楼華じゃないか......」


「鬼の妖力も夜楼華の膿も、毒みてぇなモンだろ? 毒を以て毒を制す───制した毒は両方とも俺の物だ。こいよ型落ち鬼、テメーが胡座あぐらをかいて酒盛りしてる間に時代は、世界は、刻一刻と変化してるんだぜ? 新世代の鬼を全身で味わって死ね」


 伸びる白髪に走る赤紫色。

 左首筋から皮膚を這うように散る赤紫の桜模様。


 化物という言葉では到底足りない力が酒呑童子の前に立つ。


「............零角れき......鬼楼華キザクラ......、興味が湧いた......! 僕はお前を殺してお前を素材に霊刀と合わせ、新たなカタナを作りたい!! 素材を寄越せ白蛇!」


 酒呑童子の妖力も膨れ上がる中で、別の力───魔女力が2人の間に湧く。


「「───!?」」


 空間から可愛らしく、腹立たしく顔を出したのは眼障りグルグル眼鏡の魔女フロー。


「酒呑ちゃぁ〜ん、今日はおしまいナリ! 白蛇ちゃんだったナリね? 凄んごいねぇー! それ、まともに使える、、、、、、、ようになったら、、、、、、、相手してあげなくもないナリ。眠喰バクにも同じ事言っといてくれっちゃ! んじゃ、帰るナリよ酒呑くんや!」


 横槍のように現れたフローは有無を言わさず酒呑童子を空間魔法に落とし、余韻さえ残さず消え去った。


「......、、、チッ......テメー等が何喋ってたのか聞こえねぇんだって」


 姿を元に戻した白蛇は粘土の高い血を吐き出し舌打ち。体感した事のない疲労に襲われイフリーの荒野に倒れ込む。

 シルキとは違った空気を肺いっぱいに吸い込み、あのまま酒呑童子と戦闘していたらどうなっていたかを予想する。


「............十中八九、両方死んでたな。全然足りない、か......シルキの外は化物だらけかよ」


 自分の弱さを嘆き、白蛇は堂々と荒野で仮眠した。



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