◇猫科飛翔種 シャ・オングル



 ひぃたろハロルドが持ってきたクエストは全て大陸クエスト、つまり対象はウンディー大陸に生息していて、ウンディー大陸の住民しか今は受注出来ない仕様となっている。

 ワタポがロアレスタを秒殺するという予想外どころの話ではない進化っぷりに驚き終え、わたし達は【サルーリの森】を抜けた。


「場所的に次は私の対象タゲを討るわ」


 ウンディー平原でひぃたろハロルドはピンク色の液体が揺れる丸瓶を手に呟き、その瓶を投げた。ふんわりと放物線を描く瓶は地面へ落ち割れる。勿論中身は平原にぶちまけられる形で。


「何してんだよハロルド? ポイ捨てにしては中身結構入ってたぞ?」


 どこかで嗅いだような......妙な匂いを漂わせるピンクの液体へ半妖精は風魔術を放ち、独特な香りを空高く拡散させた。

 この行動から考えてあの液体は餌、対象を誘う匂いか何かだろう。


「空飛ぶ猫を誘ってるのよ。ま、シングルのモンスターで猫となればライオン寄りだろうけど」


 空飛ぶ猫とはまたファンシーなモンスターだな、と思いつつもライオン寄りという予想には同意だ。


「空飛ぶネコー!?」


「スーパーマンみたいなマントしてるのかなあ!?」


 しし屋は猫というワードに反応し、だっぷーはアホな想像に瞳を輝かせる中、噂の空飛ぶ猫が姿を見せる。

 上空からこちらを睨む瞳には敵意が濃く込められた───


「まんま白猫じゃん!」


「......ハァ、そうみたいね」


 鳥のような羽根を持つ猫がいた。ライオンではなく猫。巨大な白猫が羽根を扇ぎ飛んでいた。ひぃたろハロルドの溜息はきっと、見た目が猫だとり辛い、という溜息だろう。安心しろ、街に戻ったら「フェアリーパンプキンのギルマスは白猫を真っ赤に染めた」などの噂が立つようにペラってやるから。


「あのおっきい猫がひぃちゃんのタゲの......えっと、」


「シャ・オングル だっけ?」


「ええーえ!? あの子がシャ・オングルっていうの!?」


 プンプンとワタポの会話に大声で反応したのはキノコ被りの獅人族リオンしし屋。モンスター名がサッと出てくるという事は......


「なんだしし屋も探してたヤツか?」


「うん! 探してたヤツなのだ! シャ・オングルの毛皮が欲しくてノコノコ探してたけど、毛皮の売りも全然見かけなくて心がシメジになってた」


 心がシメジ、というのはどんな状況なのか不思議とわかる。シュン としていた、みたいなノリだろう。


「私は素材狙いじゃないし、ドロは全部あげるわよ」


「ほんとー!? でも素材としての価値を残すには、あの短い尻尾を根本から斬らなきゃだめダケど......」


 旋回しつつわたし達の様子を伺う羽根猫ハネコには確かに短い尻尾が......体格に全く合っていない短すぎる尻尾がある。


「あの尻尾を切断すればいいのね」


「でもでも、他の部位を傷付けず最初に尻尾を斬らなきゃだめなの......ひとりだと危険がいっぱいだし、今回は───」


「大丈夫よ。報酬としてアイツの素材も追加するわ。だから頼むわよキノコの然菌術師アルケミストさん」


 羽根を絶妙な角度と力加減、タイミングで扇ぎ停滞する羽根猫ハネコひぃたろハロルドはひと睨みし、武器を装備する。

 細密な彫刻が施された純妖精エルフの剣───ではなく、滑らかに仕上げられたパールホワイトの剣をスラリと抜く。

 独特な模様の外套衣マントローブなびかせ、半妖精ハーフエルフは熟練度を最大まで上げたからこそ可能な最低限の詠唱譜、、、、、、、のみで【エアリアル】を発動させ翅を創成した。


「何だったかしら、エミリオ」


「あ?」


「あぁ、思い出したわ」


「......?」


 わたしの方を見て半妖精は呟き、少し悪戯に微笑んだ。


「さぁ───飛ばしていくわ」


「!? それわたしの!」


 わたしの気合いワードをクチにし、半妖精は翅を震えさせ地上を去った。





 残ったクエストがこの【猫科飛翔種 シャ・オングル】討伐。対象タゲが飛翔種となったのは都合がいい。


「───へぇ、向かい合うとそれなりに大きいのね」


 対象と対面し、この猫がシングルS-S1である事を肌で感じる。喉を唸らせキバをちらつかせ威嚇する猫。どう挑発しようかと考えていたけれど、チープな挑発でも乗ってくれそうな気性で助かる。

 皇位情報屋キューレから買った情報だと、この猫は鳥を空中で捕獲し捕食する肉食であり、食べる数が一度の食事で鳥の群れひとつ。それを1日2回〜3回行うので生態系に影響を与える。

 影響と言っても多大性や脅威性は今の所垣間見えない。それでも、“その種類を絶滅させる” という恐れと、食料の数が減った場合次は地上に眼を向ける───人間を餌に選ぶ危険性は充分にある。私達冒険者は冒険者という職業から “人の弱さ” への認識がぼやける事の方が多いが、単純に考えて自然界で最も弱い個体は人と言えるだろう。数が多く、弱く、食べやすい。餌にしようと選択するのはある意味当たり前と言えるし私達も肉や魚を食べるので文句は言えない。

 生きていくには仕方のない、自然界の掟と言えるサイクル、食物連鎖......などを考えた所で私は学者じゃない。

 私は冒険者であり、今の私の仕事は討伐依頼の対象を速やかに討伐する事だ。


 キバを擦り合わせ唸り威嚇し続ける猫を前に、私は一度下を見た。この余所見がシングルS-S1ランクのモンスター───この辺りでは存在感を発揮していたであろうモンスター───のプライドを刺激した。

 羽根で空気を叩き漕ぐように飛ぶ猫、巨体から見れば確かに速く正確な進路だが、私から見れば遅すぎる。カウンターを合わせる事も簡単だが、尻尾を最初に切断しなければ素材としての価値が低下する......それに、願ってもない空中戦。


 今の私、、、の翅がどこまで言う事を聞くのか、知っておきたい。


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