◇510 -瑪瑙魔女の左眼-2



「ビビララ!」


「わ!? びっくした、てか本当来たし」


「だから絶対すぐ来るって言ったじゃん。賭け勝ちいただき」


 何の賭けをしていたのか不明だが、ビビ様が勝利したらしく1000ヴァンズ受け取っていた。と、そんな事はどうでもいい。


「本当にマテリアの名前が───」


 全力疾走で息切れしているにも関わらずわたしは呼吸を整える事もせず言うとララがアップルジュースをグラスに注いでくれた。


「走って来たんでしょ? そこ座って落ち着きなって」


「ララサンキュー、でも落ち着くのは後だ。ビビ様わたしのマテリアは?」


「ララサンキューっていいね。装備は今全部持ってくるから座ってて」


 タバコを消し工房へ向かうビビ様を眼で置いつつアップルジュースをひとくち飲む。気持ちが走っているせいか味が全くしない。

 自分の眼で固有名を確かめるまでは落ち着けない。


「テーブルあけて」


 すぐ戻ってきたビビ様の左手には大型フォン───タブレが。たしかあれはギルドや皇位に与えられるモノだったハズ......ギルドもただ設立すればいいワケじゃなく、ギルドメンバー数やギルドでの実績を見てユニオンから贈られる品。なぜビビ様が持ってるのか知らないが、それもどうでもいい。

 ララと2人でテーブルの上の物を適当に移動させ、ビビ様はタブレのアイテムポーチからわたしの装備を全て取り出す。

 武器、防具、帽子、そしてブレスレットがテーブルに並べられた。


「いいよ」


 その声を聞きわたしはすぐにフォンを取り出しブレスレットをポーチへ収納、アイテムポーチを開く。するとそこには、


「───瑪瑙魔女の左眼......本当に......」


 瑪瑙魔女の左眼。

 この宝石名を持つ魔女はメリクリウス。

 シルキ大陸で解凍した記憶のおかげでハッキリ思い出せる。メリクリウスは瑪瑙オニキスの名を持つ四大魔女であり───黒曜ダプネの母魔女だ。


「魔女の瞳なんてスーパーレアだよ。なんせ三大秘宝ひとつだし。ビビも私もビックリしたよ」


 皇位鍛冶屋も驚く程、魔女の瞳はレアモノらしいがなんとなくわかる。魔女の瞳を手っ取り早く入手するには魔女を殺すしかない。それも魔力覚醒を終えている上級以上の魔女が対象だ。


「プロテクト解除するの凄く大変だったよ。そのアクセサリーを作ったのは多分魔女だと思うけど、相当凄い魔術で生産したんだろうね。強化したローユを使わせてもらってやっとだった」


 なるほどな。ローユが持つ魔法破壊の特種効果でプロテクトってのをぶっ壊したのか。なら今ブレスレット詳細からマテリアをタップすれば効果もハッキリするハズだ。“魔物喰い” の異名を持つ魔女メリクリウスのマテリアだ......装備者の魔力を抑え込む “だけ” なワケがない。

 予想通り、マテリアは【瑪瑙魔女メリクリウスの左眼】という固有名で詳細も───ちょっと待て。なんで固有名が既に登録されてるんだ? それもちゃんとメリクリウスって......ビビララは瑪瑙魔女でメリクリウスとは絶対に読めない。

 魔女の瞳は魔女からドロップするアイテムと考えていい。たしかドロップ品はそのモンスターなどのマナがフォンに入る時、勝手に銘々しているとかそんな話を新装備完成時に聞いた。が、そもそも魔女からドロップするのはマテリアではなく魔結晶だ。その魔結晶を加工したモノがマテリアだ。つまるところ、メリクリウスの瞳を加工し、マテリアとなった瞳に名前をつけた人物が存在するという事になる。

 魔女はフォンを持ってないぞ......誰がどこで銘々したんだ?

 わたしにこのブレスレットをつけてくれたのは大魔女オババ───エンジェリアの母魔女だ。


「どうしたエミリオ?」


「んあ? ぼーっとしてたわ」



 タバコを謎にトントン叩きながらわたしの名を呼んだビビ様。その声でわたしの意識は現実に戻り、細かい事は後で考えればいい、といつもの調子に脳回線が戻ったので詳細を確認する作業を再開させる。


【瑪瑙魔女の左眼】

 装備者の魔力を極端に抑え性質さも変える。攻撃系魔女魔術の威力を低下させる。


「......え? コレだけ?」


 魔力を抑えるのはわかっていたが、極端に、と......そして魔術の威力低下......正直言ってクソマテリアだろコレ。


「ビビも驚いたけど、本当にそれだけっぽい。魔力を抑えるのはエミリオにピッタリじゃん? マナサプレーションかけてても魔力量がやっぱりおかしいよ。そのマテリア使ってやっと “人間離れした魔力量” でギリギリ納得できなくもないレベル」


「私から見ればマテリアありでギリギリアウトっぽい量だけどいくら感知しても人間の魔力それと同じ性質だし、納得せざるを得ないけど」


 ビビララにそう言われて改めて自分の魔力量がとんでもない量なんだなと自覚する。マテリアありでもイカレた量らしいが......どのくらい抑えられるのだろうか。魔力量を不便に思った事はないし、今開放状態の魔力量も別に多くなった気はしない。威力低下の方は “魔女魔術” となっている事から魔女力ソルシエールまたは色魔力ヴェジマに対して枷がつくという事で間違いないだろう。まだ言うほど魔女魔術ブッパしてないが、これからきっとこの枷が嫌に働く予感がして既に不満が湧く。


「アクセサリーについてはプロテクトを解除しただけで何も手を加えてないよ。マテリアの土台になってる金属が見た事もない高純度な魔銀だし、磨いたりしたいなら装飾細工職人アクセクラフターに頼むといいよ。ビビもララも出来なくはないけど鍛冶屋スミスだし最低限の知識と技術しか持ってない。土台を磨いたりカスタムしても効果に影響はないけどどうせやるならその道のプロに頼んだ方がいい」


 いい響きの音を奏でるジッポライターでタバコに火をつけつつ装飾細工職人とやらが存在することを教えてくれたビビ様。おそらくあのライターも装飾細工職人アクセクラフターが作ったものなんだろう。確かに適当なマーケットで扱っているアクセサリーとも違った豪華さというか繊細さを感じる。


「この街には様々なジャンルの職人がいる。そして今エミリオの前にいるのは何職人かな?」


 ライムグリーンな毛先を指に絡めてニヤリと笑うララ......本当に今どうでもいい事だが、この2人はどう見ても女だが、性別は男なんだよな......と自分はフェイスパターンのハズレクジを引いた気持ちになり、神の理不尽に眉をすかしながら話題のレールへ乗る。


「お前らはスミス、武具とか装備の職人だろ? そんなん知って───」


 そうだ、この2人はスミス、武具の職人なんだ。マテリアの詳細が判明したから脳内がマテリア一色になっていたが、本来の目的は武具のメンテナンスと強化だ。

 シルキ大陸でわたしは嫌という程、物理耐性の低さを体感実感した。斬撃突撃だけでなく打撃にも弱く、やはり少しでも補いないという事で今回防具の強化を依頼したんだ。

 今わたしが持っている防具【ナイトメア】は魔防にはすこぶる強い性能で生産したが、やはり物防も大切。生産してすぐ調整変更ってどうなんだ? と思ったが、わたしの武具は “自分だけの最強装備” という魅力とロマンが詰まった品であり、これが現段階では “最強装備のベース” となる。思い出してみると生産前からビビ様は何度も「自分だけの最強装備のベース」と言っていた。この意味が今やっとこさ理解できる。


 ベースを作り、使っていく中で何が足りないか、何を追加したいかが見えてきて、カスタマイズしていく。

 そして最終的に完成した装備が、自分のスタイルに合う装備、言いかえれば、自分にしかフィットしない性能を持つ自分だけの装備、となるワケだ。


「フフン。エミリオのご要望通り、魔防を維持したまま物防を上げてみたよ。ベースが完成してるから見た目の変化はほぼないけれど、少しだけデザインが変わったりする部分もあるから......それはパワーアップした証だと受け取って消化してね」


「今回防具はララにやってもらって、ビビは武器のメンテナンスしつつファクトツリーを覗いた。洗練先が見えたから素材リスト送っとくね」


「おおおお! ダブルスミスありがとう!」


 ご要望通りの強化を施してくれた事を感謝しつつ、フォンポーチへ装備を収納し所有権を自分へ。

 お金は先払いしておいたし、もう完璧だ!


「あ、エミリオ。知り合いに絵描きとかいないかな?」


「えかき?」


 予想外なララの質問に「いるワケねーじゃん」という答えが生まれたものの、一瞬考える。するとひとり脳内に浮かんだ───が、あれは魔術......いや妖術か?


絵魔エマ......魔女が使う場合はマッドグラフィティって名前で魔力を使って使う魔術だけど、わたしが知ってる人は多分妖力を使って絵魔を使ってる。そゆ系の人探してんの?」


「いやいや、戦闘しようってワケじゃなくて、武具とか装備品のデザインとか描ける人いると助かるなーって。妖力って事はその人はシルキ民かぁ。ウンディーとシルキの関係が結ばれたら紹介してよ」


「おっけ、任せろ」


 デザインを描く人、か。この街ならそれ系もいそうだけど、もう既に他と契約済みってパターンだろうな。


「んし、わたしは宿屋戻って装備詳細とか確認して寝るわ」


 装備品も仕上がり、魔女力や色魔力の修行───と言えば大袈裟だが───も終わった。

 明日か明後日にはバリアリバルへ戻ろうかな。


「んじゃまた何かあったらよろしくな、おやすみねー!」


「はい、おやすみ」


「おやすみー!」



 ビビ様は温度が低く、ララは温度が高い。

 そんな感じがした。




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