◇508 -お月様つかまえた-



 青白い月光を浴びる霊樹 夜楼華ヨザクラ。満開に咲き誇る霊樹に触発されたように他の桜も満開となり夜楼華の眷属に。

 巡回する生命、送り届けられる魂魄、花の香りがシルキの人々に終わりと始まりを───。


「宴会ですかいな。気楽なもんだねぇ~」


 夜楼華サクラ祭りの夜を、楼華島サクラじまで開催された冒険者や妖怪達の花見を、夜楼華ヨザクラの太い枝の上から見下ろす影。


「今回は観察だけにしといて正解だったわい。色々見れて満足満足」


 泳ぐ花弁をつまみ、グルグル眼鏡は花弁を腹部へ当てる。

 隣の枝に座る紅玉の瞳を持つ魔女が、グルグル眼鏡へ訪ねる。


「いいのか? 影牢アイツ楼華結晶マテリア壊さなくて」


「んや壊すよ。でもそれは後でだな」


 その返事に別の枝に座っていた死体人形師が糸切れ声でさらに訪ねる。


「どう、して、後に、する、の? 影、狼、が、邪魔?」


「邪魔と言えば邪魔ナリ。瑠璃狼───影狼。んでも、あそこにはホムンクルス、妖怪、アヤカシ、人間、他にも色々集まってるだろー? もしかしたら何か変わるかも知れないナリ。それを見たいっちゃ。まぁ何も変化がない様子ならブッ壊しにいくけどなー.........んし、そろそろ団員拾いに行くぞい」


 空間魔法に手を突っ込み、引き抜くとグルグル眼鏡の手には酒───それも極上な妖酒が。

 魔力隠蔽の応用、派生とも言える魔術隠蔽。

 発動した魔術の魔力反応を周囲の魔力やマナを利用して隠す補助魔術で、空間魔法の気配も魔力も上手に、自然に隠し妖酒を一本盗んだ。

 そのまま空間を広げ、


「ノムー大陸へ繋がってるナリ。酒呑くんは先に行ってるっちゃ、わたし達も飛ぶナリよ〜」


 空間へ身を投げる───瞬間にグルグル眼鏡の魔女フローは大神族の療狸へ視線を送った。

 療狸はその視線、存在に気付いていたものの見る事なくフローは空間へ。


 続くようにダプネがエミリオへ視線を送り、空間へ。リリスはいやしい視線、モモカは愁いの視線を魅狐プンプンへ送り空間へ落ちた。





 数日前までのギスギス感が嘘みたいに、みんなが笑っている。いい事だ。

 なぜ宴会をしているのか不明だが、誘われたからには参上しないワケにはいかない。かと言ってわたしエミリオさんは酒が苦手で酔えば眠くなるという可愛さも面白みも無い個体なのだ。


「いいのか? 楼華島で勝手に騒いで」


 ラムネを片手に夜楼華の花弁絨毯に座り、大妖怪と呼ばれる滑瓢ぬらりひょんとかいう強そうな妖怪、螺梳ラスへ問い掛けた。


「今回は特別だからいいんだ。それにこの宴会は弔いでもある。エミリオが知ってる所なら......忍ちゃんとか亡くなっただろ? 今は湿っぽく送るより騒いで送ってやった方がいい」


「そんなもんか?」


「あぁ。夜楼華の開花、大陸の再生が始まった今だけ、騒がしく送ろう。敵対していたうえに傭兵だったとは言え、求めていた結果はシルキ大陸の再生と平和だ。それが叶った今だからこそ」


「そうか。まぁ確かにわたしが送られる側ならアホ騒ぎしてほしいし、そんな感じか」


「そんな感じだ」


 結局、死という事に対してどう向き合い進むかは人それぞれだ。全員でメソメソしてるより全員いる時くらいは騒ごうって気持ちは理解出来るし賛成だ。状況にもよるが、こういう部分はウンディーも真似していいんじゃないのか?

 まぁ......わたしはニンジャが死ぬ瞬間を見ていないし、他の人が死んだというのも結果だけしか知らされていない。気持ち的なモノがここにいる連中とは少し違うのかもしれないが、それは華の連中も同じだろう。


「お、クソネミがひとりになったな。ちょい行ってくるわ」


 ワイワイ騒いでいた輪からクソネミが離れた瞬間を逃さず、わたしは新しいラムネを盛大に振りながらクソネミへ接近する。


「よぉクソネミ。調子はどうよ?」


「まぁまぁかな。エミーは?」


「ドキドキかな、ほらラムネやるよ」


「? ありがと───わっ!!?」


 振りに振ったラムネを受け取ったクソネミはすぐに栓であるビー玉を押し込んだ。その瞬間ラムネは盛大に吹き荒れクソネミを襲う。


「おいおい眼と髪だけじゃなく顔まで真っ赤にしてどうした? 眠たそうな顔してっからそうなるんだぜ」


 悪戯にケケケ、と笑いわたしはラムネ眠喰を放置し騒がしい連中の輪に突撃するが、完全に出来上がっている連中しかいないのでそそくさ退散。

 しかし凄いな。人間、妖怪、鬼、猫人族、獅人族、天使、ホムンクルスが仲良く並んでいる。

 冒険者になってすぐの頃、わたしはこういう、種族だの何だのを越えたモノを望み求め、それを目的にしていた時期も無くはない。が、今それは世界という大規模なモノとなり、セッカの理想であり夢となっているので任せよう。


 理想、夢、目的、、、わたしは───どうありたいのだろうか。理想はある。目的もある。でも夢がない。そしてこの理想と目的はきっと綺麗なモノじゃないだろう。現実的でもなく、その先が全く予想出来ない。もしかしたら理想掴みと目的を達成した先には何も無いかもしれない。


「先、未来......夢、ねぇ......おん? アイツら2人か」


 柄にもなく夢だの未来だの考えていたわたしの視界がカイトとトウヤを捉え、息を飲み気配を殺し、ゆっくり近付く。


「まさかこんな形で再会して、こんな形で妖酒を飲む事になるとはな」


 トウヤがカイトのグラスへ酒を注ぎながら呟いた。再会......スーパー予想していたが、やはりトウヤはシルキ民ではないのか。


「どんな形でもお前とこうして再会できて、今こうして妖酒を飲む約束を果たせて俺は嬉しく思うぞ?」


 今度はカイトがトウヤのグラスへ酒を注ぎながら答えた。2人が顔見知り、友達っぽいノリなのは多分みんなもう知ってるが、なんともイライラする距離感だ。気を使ってる......遠慮してるような。

 注いだ酒をも飲まねーし、何なんだコイツら。


「トウヤ。お前冒険者にならないか?」


「冒険者? 俺が?」


「今世界は滅茶苦茶なんだ。そして多分、もっと滅茶苦茶になる」


「滅茶苦茶? この大陸より外はグダってるのか?」


「グダってるって言うか、平和を悪戯に壊そうとしてる連中がいる。別に世界を守りたいとかそんな理想はない。ただ俺は手の届く範囲を、だっぷーを、守りたい」


「......なるほどな。お前の事だから明確な敵なんて見えてもないんだろ? でも直感的に何か感じる。そんな所だろ」


「まさにそれだ」


「それで俺に力を貸せって事か? いや、違うな......人のいいお前の事だ、どうせ一緒に〜とか言いながら俺が外に馴染めるよう間に入ろうって考えだろカイト」


 ほほーん。この2人は結構理解しあってる仲か。と、なるとヘソと眼帯をセットでわたしの仲間にしておけば......なんか色々と楽そうだな。だっぷーとはもう仲良しも言ってもいいだろうし、この2人を是非ウンディーに配置しておきたい。ダルいボス系討伐とか誘って戦ってるフリしてりゃ倒してくれそうだし、いいな。


「お前とここでやり合った時、信じられないと思うけど、俺に俺が話しかけてきたんだ。大切なモノを守り抜く覚悟はあるかって」


 ヘソは能力を持っていなかったハズだが、覚醒したのか? それも同時に会話まで済ませたと......そりゃすげーぞ。本来能力は段階を踏んで成長するものだ。その段階を飛ばした......って事はヘソの中で相当な窮地だったのか?


「守り抜く覚悟なんてとっくに持っていたから、俺の影牢から脱獄出来たのか。結構焦ったぜ?」


 影牢から脱獄......ヘソの能力はあの影を抜ける事が出来る能力か。相手は影だし......変化系か領域系、または特質や異質か?


「能力については魔女族が詳しいらしいし、聞いてみるか───なぁエミー」


隠蔽ハイドが違和感ありすぎて逆に目立つぞ」


 ヘソの看破から眼帯のダメ出しを食らい、渾身のハイディング&ピーピングはあっさり破られた。

 一度リビールされたハイド系は相当な技術がなければかけなおしても意味がないので、


「よく見破ったな。さすが、と言っておこう」


 本気出してなかった感を醸しつつ登場するも、ヘソの表情的に始めからわかっていたんだろう......キューレのように上手くはいかないものだな。


「エミーなら騒いでるか、悪巧みしてるかのどっちかだし姿が見当たらなかったから後者かなってな。で、盗み聞きして欲しい情報は手に入ったか?」


「コイツ本当に仲間なのか? カイト」


 疑いの中に呆れを含む声音でわたしをスパイか何かだと思うトウヤと、それっぽい流れを作ったカイトへわたしは、


「ヘソの能力ディアが気になるのと、眼腐れマンが冒険者なるかも気になるトコだが、それはまた今度聞くぜ」


 と言い次なる悪戯のターゲットを発見したので話は終わりにする。次のターゲットは───大神族だ。

 酒が苦手なわたしにとってこういった酒呑みの夜会は悪戯してなんぼ。

 夜はまだまだこれからだぜ。


 夜楼華の下で全員に盛大に悪戯をかまして酔をふっ飛ばしてやるぜ。





───花見酒か月見酒か。


 大神族は朱色の盃に注がれた酒を呑み干し、着物を崩す。ほんわりと温まる身体を夜風が心地良く撫で、療狸やくぜんは「ふぅ」と吐息をこぼし霊樹を見上げた。

 夜風に踊る花弁、夜楼華と月の香りを肴に。


「酒も肴も間に合っとるぞ」


「うっわ、秒バレかよ」


 ここ近年ない程、療狸の感覚は澄んでいるらしく悪戯魔女を吐息をはくように看破する。


「ワラワに何か用かえ?」


「酒にコレぶち込んでやろうと思ったけど秒バレは萎えるぜ」


 コレ、と言って見せた瓶はどこから盗んで来たのか苦い苦い薬草の絞り汁だった。薬品の材料となる段階のもので、一滴でも顔をしかめる強烈な味を持っているが、色も臭いもなく薬草なので害もないという悪戯には持って来いの代物。

 和國固有種から抽出しなければ入手不可能、つまり魔女エミリオはこの療狸寺から盗んだという事になる。


「全く手癖が悪いのぉ」


 ひょいひょい、と手招きするように薬草の抽出液を返すよう促し、エミリオもあっさり渡す。


「お前はみんなと呑まないのか?」


「全く、お前さんはクチが悪いのぉ。そういう所は母親とそっくりじゃわ」


 母親という言葉にエミリオは眉ピクつかせるも何も言わなかった。しかし言葉にせずともエミリオが母親───エンジェリアにどのような感情を向けているのか療狸は知っていた。そしてこの先、その感情が硬く鋭利な感情モノになる事も。


「ところでエミリオよ。お前さんはこの後どうするんじゃ?」


「そんなん寝るに決まってんだろ。何かモアモアした疲れみたいなのが残ってて中々消えねーんだよ」


「そかそか。布団は用意出来とると思うし、好きに寝るといいのじゃ。じゃがワラワが聞いたこの後というのは、この先の、これからの事じゃよ」


 特上の妖酒を大皿の盃へドボドボ注ぎ、療狸は水面へ視線を落とす。


「どうした? 虫でも入ったか?」


 エミリオも盃を覗き込み、療狸が「入っとらんわ」と返事をしようと顔を向けた時、小憎たらしい小さな魔女が見た目通りな表情を浮かべて、


「おぉ! やったなポコちゃん! お月様つかまえたじゃん!」


 意味不明な発言を楽しそうに、そしてどこか羨ましそうに放ち指を盃へ向けた。


「ほらお月様つかまえてるだろ!? 月の神様がお月様っていうらしいぜ。花弁の船もゲットして豪華な酒になったな!」


「......なるほどのぉ」


 夜楼華の花弁が水面に浮かび、酒には月が映る。

 それを見たエミリオは個性的な感性で、花弁は船、映る月は捕まえた月、と恥ずかしがる事はおろか月を捕まえた事を羨むように言った。


「捕まえた人が呑んでいいんだぜ。やったなポコちゃん」


「ほぉ......呑むかえ?」


「え!? いいのか!?」


「べつにいぞ。しかし酒は苦手なんじゃろ?」


「苦手だけどそんなレアモノ呑まないとかアホだぜ。てかまぢにわたしが呑んでいいのか?」


「良い良い。ほれ、せっかく捕まえたお月様が逃げる前に」


「サンキュー! っと、あぶね。揺らすと逃げるかもだからゆっくり、ゆっくりな!」


 何を本気になっているのか療狸には理解出来なかったが、エミリオは慎重に盃を持ち上げ、中々の量をひと飲みした。


「〜〜〜〜っっ、まっっず」


「不味いんかえ」


「コォ〜〜〜ッ、和國の酒って匂いすげーよな......味もくっっせぇ」


「最低な感想じゃの」


「喉も腹ん中も焼けそう......、つーかこの後って話しだけど、わたしはウンディー帰るぜ。めんどくせー事に巻き込まれた感はんぱねぇけど欲しいモンはパクれたし、もう用事ないし」


 クチ直しにラムネをガブガブ飲み、ウンディーへ帰る事を療狸に告げた。当たり前の答えだが、いざ言われると少々寂しさが疼く。


「あ、そだそだポコちゃんに話しあんだけど」


「なんじゃ?」


 ラムネを飲み干した魔女エミリオは中のビー玉を取り出すためか、瓶口を覗きながら大神族へ中々大胆で面白い話しをした。





 次の日、冒険者陣は用事がある数名だけ残り、ウンディー大陸へ帰った。

 帰り際エミリオは「ポコちゃん、考えといてくれよ」と言い本当にあっさり帰っていった。嵐のように現れ、嵐のように去る。

 名残惜しさも残さず。


「ちょいと時間ええかえ? お前さんらに話しがあるんじゃが───」


 療狸は妖怪達を呼び止め、昨夜決意した旨を語った。


 シルキ大陸は確かに変わり、確かな一歩を、新たな一歩を今踏み出した。


 さくら達───幻想楼華の優しい香りと花弁を乗せて、一歩ずつ。




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