◇467 -摩天楼 3階-



 人間に、亡くなった妖怪の魂魄こんぱくが宿る事でアヤカシが産まれる。

 人間からも妖怪からもうとまれる存在にある日突然自分がなってしまう。人間からは避けられ、妖怪からは命を狙われる身に突然。

 逃げ隠れるアヤカシも、昨日までは人間だった。アヤカシ特有の妖力の隠し方も知らない人間はすぐに妖怪に見つかり、殺された。妖怪はアヤカシを殺した際に出る魂魄を求めて手を伸ばし、せっかく適応出来た器───人間を殺された魂魄は怒り、その妖怪の精神を破壊するため無理矢理妖怪に宿る。

 妖怪と妖魂魄は共存出来ない。

 精神が崩壊し、暴れるだけの存在となった妖怪を先代達は捕まえたものの、妖怪───同族を処分出来ず楼華島サクラじまへ隔離した。


 ここまでは私も先代眠喰である両親から聞かされたり、寺小屋てらこやで歴史として学んだ。

 歴史。先代達が生きた証である、と学んだけれど、空想世界の話としか思えなかった。

 妖怪がアヤカシを殺すなんて今じゃ考えられない。大昔私は楼華島へひとり来た時も、そんな妖怪には会わなかった。きっと空想だ。そう思っていたが───


「ボサっとするな!」


 今私の、私達の前に居る妖怪は間違いなく、その歴史で習い学んだ、妖魂魄に壊された妖怪達。

 まるで獣のように唸り、私とヘソと呼ばれる───本名はよく知らない───外の大陸から来た狼耳の人物を襲う。


「ごめん」


「寝落ちは全部終わってからにしてくれよ、眠姫様」


 最早なんの妖怪かもわからない。ただ力任せに迫り来る妖怪達を、私とヘソで薙ぎ払う。


「エミーの魔術が欲しいな......戻るまで耐えれそうか?」


 あの魔女が戻ると本気で信じているの? どこか適当でいて、調子のいい性格の魔女が、こんな危険な場所に戻るなんて、私は思えない。ラスカルを助けに行くと言っていたけれど、それもきっと嘘だ。


「お?」


 自分でも理解出来ない、整理がつかない感情の中で、妖怪達へ当たるように私は妖剣術を使った。


「───......妖剣術なら広範囲のモノもある。私が削るから、ヘソは敵を一箇所に」


「いや、今見て覚えた。俺が一気にやるから数秒だけ時間稼ぎ頼む」


 ヘソは大剣を自分よりも後ろで低く構えた。型もない構えなうえに、一度よく見ただけで使えるほど妖剣術は───妖力は甘くない。それなのに、不思議と隙が無く、蒼色の刃が緑色に変色し、発光───妖力を纏った。


「なんで..........わかった、私が時間を稼ぐ!」


 なんで一度見ただけで妖力を、妖剣術を使えるの? なんで自分の妖力の色を理解しているの? なんで今の状況で......そんなに楽しそうな顔しているの?

 エミーもそうだ。余裕があるとは言えない表情の中、一瞬だけでも余裕を見せる。他の人達もそうだ......どこからそれが産まれるのか、少しだけ知りたい。


「───いいぞ!」


 約五秒という短い時間稼ぎだったが、戦闘しつつ五秒稼ぐのは不可能に近い。それを理解しているからこそ、一度下がり時間稼ぎを私へ依頼したのだろう。型も陣もない外の者達だが、戦闘に関する基本知識や嗅覚は並外れ。これが今、私が夜楼華へと辿り着ける確率を上げてくれている。

 ヘソの合図と共に私は妖怪を薙ぎ打ち、下がる。ヘソの背へ回り込んだ所で、それが持っているであろう破壊力に戦慄する。


 大剣が着込む緑の妖力───風属性 妖剣術は荒く広い。それでいて確りと大剣に帯びている。

 荒々しく広々とした妖力はすぐに四散し、とどめるには相応の技量が要求される───にも関わらず、ヘソは基本的な妖剣術を一度近くで見ただけでやってのけた。


 無言の気合いと共に身体を回転させ、大剣を水平に大振り。剣術は近距離型ではなく、飛燕型!?


「ダメだ! 飛燕じゃ───!?」


 威力が低すぎる、と続く言葉が喉まで上がるものの、ヘソが放った常識外れの飛燕型がその言葉を吹き飛ばした。


 狼型の斬撃は走りながら周囲の妖怪を吸い込むように引き寄せ、複雑に巻く風が妖怪達を細切れにし、進む。大口を開け私が集めるように払った妖怪達を飲み込むように噛み、狼型の斬撃は竜巻へと姿を変え、周囲を強引に吸い込みつつ乱回転を続ける。


「引き寄せられると死ぬぞ!」


「───ッ!」


 ヘソは床を踏み、竜巻の吸い込みを耐えていた。私もカタナを床へ刺し、吸い込まれないよう必死に耐えていると、第二陣とも言うべきか、妖怪達が湧き集まり始めた。

 広範囲に乱回転する竜巻はまるで紙を吸うように妖怪達を引き寄せ細切れにする。が、私達の近くへ迫る妖怪は竜巻の引き寄せを軽々といなす。


───カタナを抜いて斬るか? でもカタナを抜けば竜巻に......ヘソは?


「ナイス、エミー」


「───!?」


 ヘソが魔女の名をクチにした瞬間、私の足下の床が突然抜けたように力を失い、虹色へと落下した。





 2階から3階へと空間移動した直後、わたしはすぐに空間を繋ぎ再度空間旅行へと旅立つ。

 自分でも無茶だとは思うが、身体が勝手にそうした。


 空間旅行は僅か3秒。3階の天井が出口。可能な限り空間道を遠回りさせ、今いた部屋へ戻るようにした。


「─── だッ」


 天井から落下する形で戻ったわたしはケツから着地。ヘソとクソネミは腹立つ事に華麗な着地を見せた。


「おかえりエミー、ラスさんは無事?」


「〜〜〜ッ、わたしのケツの心配しろよな〜......ラスカルは大丈夫だ」


「エミー......何したの?」


「あぁ、コレ? コレは───」


 摩天楼まてんろうの3階───さっきまで謎の竜巻がグングン唸っていた部屋は今、焦げ焦げ状態。


「わたしが空間と同時に爆裂魔術を竜巻にぶっけた。予想以上の大爆発だったんだろ、部屋焦げ焦げとかあぶねーな」


 本当に危なかった。1秒でも空間が遅れていれば火傷じゃ済まないレベルの怪我をしていただろう。

 わたし達が空間移動している時、この部屋は爆裂魔術と竜巻のスーパーコンボで大爆発。ウゴウゴしてたキモいアヤカシだか妖怪だかは見事に全員消し飛んだ。

 しかし今更だが、


「アヤカシ全員消し飛ばしてよかったのか?」


「今更!? ダメだったら俺もエミーも捕まるじゃん」


「......」


 え、ダメだった系? なんで黙ってんだよクソネミ!





「......無茶苦茶だ。一瞬遅れていたら全員死んでたんだぞ!? 何考えるんだよエミー!」


 本当に何を考えているんだこの魔女は。


「あ? 怒んなよ......無事だったんだしいいだろ別に」


「無事だったけど、でも危険すぎるって! もし失敗していたら自分も死んでいたんだよ!?」


「あぁ、そうだな。でも生きてる。それでいいじゃん」


 理解出来ない。

 真っ先に自分が助かる道を選びそうな性格をしているのに、大博打へ当たり前のように身を投げた。本当に理解出来ない......。


「で、どーなの? やっちまった後だけども、アヤカシ全員消し飛ばしてよかったの?」


「......うん、それは大丈夫。ああなった妖怪はもう助けられないし、自我なんてない。私達はあれを悪霊化って呼んでる」


 悪魔のように狂い襲う悪霊。嫌な言葉だ。


「悪霊、ねぇ......魂魄こんぱくってのに手を出さなきゃそうならないんだろう? そうわかっているのになんで妖怪達は魂魄を求めたんだ?」


「それは......」


 ヘソの質問で私は歴史よりも現実味のない、幻想の話を2人へした。




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