◇398 -長い夜-3



海底付近を泳ぐ鉄の塊、潜水艦。

地響きにも似た音で水中を揺らす潜水艦には最大乗員数の8名が乗っていた。その指揮を取るのが元ドメイライト騎士であり、元ペレイデスモルフォのマスターであり、現フェアリーパンプキンに所属する両義手の冒険者、ワタポ。


「もうすぐ到着するよ。大型がすぐにマップデータを送ってくれていたから助かったね───痛ッ!? ビビさん!?」


「あ、メンゴ。痛いのかなーと思ってやってみた」


改良型の義手を装備している最中だったらしく、義手の生産者でありマスタースミスでもあるビビがワタポの神経接続部品を器具で突いた所だった。眼を丸くするワタポを他所にビビは手際よく義手を装着する。


「てか、よく自分の腕を奪ってくれた相手と一緒にいれるよね。私なら絶対無理だわ」


長い髪を上手に束ねるイケメンな女性ユカはそう語りかけ、束ね終えた髪を後ろへ投げ、楽な格好で伸びをする。


「それは自分でも思うけど......今現在は凄く居心地のいい場所になっちゃってるし、いいかなって」


「あー、それわかるかも。居心地いいよね。今のバリアリバルって───っし、出来たよユカ」


そう反応したのはライムグリーンの髪を持つマスタースミスであり、皇位の称号を持つララ。ユカの装備の調整を終え、ぬるくなったコーヒーを飲む。


ワタポ、ビビ、ユカ、ララ、そしてギルド白金の橋から4名の治癒術師ヒーラーが潜水艦に乗りシルキ大陸を目指していた。ワタポの愛犬、フェンリルのクゥは潜水艦に乗るのを全力で拒み、今はセツカと共にバリアリバルにいる。女王は今とてつもなく忙しそうにしている。今後のウンディーがより良い環境に、冒険者職がより簡単かつ正確に、そして他国との関係も今まで以上に、と意気込んでいる。どれほどの時間シルキに居る事になるのかは不明だが、早くても数ヶ月後には色々な事が変化しているだろう。


「ワタシも頑張ろう」


ワタポは義手の指先の感覚などを微調整した。こればかりは自分の感覚で行うしかない。

他の者も装備の確認やアイテム補充を終え潜水艦についているレーダーで先に出航していた小型と大型の位置を確認。ここでワタポは変な驚き声をあげた。


「み、みんな窓見て窓!」


言われるがまま潜水艦の丸窓から水中を覗くと、グチャグチャになった鉄の塊が見えた。


「......え? アレって、まさか」


「あのデザインは潜水艦だよね」


「は? なに、小型勢は死んだの?」


見えた鉄の塊は紛れもなく小型潜水艦の残骸。レーダーもその残骸を潜水艦だと示し反応していた。あと数分でシルキ大陸に到着するという所で現れた残骸の横をあっさり通過し、ワタポは言う。


「きっと大丈夫だよ。だって乗ってたメンバーがメンバーだもん」


乗っていたメンバーはリピナ、ひぃたろ、プンプン、みよ。それを思い出した瞬間、全員ワタポと同じ気持ちになった。リピナはトラブルが起こった場合でもバフや治癒で乗り切りそう、プンプンは無茶苦茶して乗り切りそう、ひぃたろは冷静に対応し乗り切りそう、みよは殺したって死ななそう、などの理由で大丈夫だろう、という答えが出た。

それから数分後に大型潜水艦が見えてきたので横につけ、ワタポ班は何事もなくシルキ大陸へ到着した。


「〜〜〜ッ、潜水艦は性に合わないですわ」


上陸するや大きく伸びをしセツカ口調で言うユカ。圧迫感のある潜水艦から解放され、大きく新鮮な空気を吸う。

ビビ、ララはすぐにシルキの地面を見ては石ころを拾いアレだコレだと話す。仕事が立て込んでいるだので乗り気じゃなかった2人だが、到着すればこの有様。独特な形をした木にも興味を───と言えば聞こえはいいが───示す。


「もう夜だし、とりあえず急いで街へ行こう。キューレさんが送ってくれた地図のスクショだと.....京って街が一番近いね」


マップデータ、ではなく地図のスクショ。データではない地図なんて何年ぶりに見るかな、などとワタポは考えつつ今いる場所から一番近いであろう京という街を目指す事にした。地図はシルキの人から貰った者らしく、森のような竹林道の道もキッチリ書き込まれていて大いに助かる。


夜の竹林を他大陸で言う森と同じような感覚で、危険な場所だと考え素早く抜ける。地図がなければ確実に迷うであろう竹林道も今は迷う事なくスイスイ進む。メンバーがメンバーなので下手に寄り道したがるタイプもいない。しかし、観察、観光出来ないのは少々寂しい。


「セッカはきっとシルキとも手を組みたいんだろうね」


冒険者 兼 音楽家のユカは今回の上陸目的についての話題をふった。


「シルキの問題を片付けて権力者と会話する場を設ける。それがワタシ達の仕事だもんね」


以前よりさらに軽くなった対女帝義手 改 の指先を動かしつつワタポは考えた。

シルキの問題───いわば一大陸の問題を片付ける事など出来るのだろうか?


「問題解決って普通に捉えたら無理。でも今最も重要で急がなきゃならない問題だけに焦点を合わせれば難しいけど無理じゃない」


ワタポの思考を読んだかのようにビビが助言めいた事を言う。それに続くようにララが、


「ヨザクラ、だっけ? それの問題でしょ? 腐敗仏はいぶつってのがマユキちゃんを怪我させた気持ち悪いモンスターらしいけど、それはジュジュ達が色々調べるだろうし.....リピナ達は合流したかな?」


ジュジュ班、リピナ班の現状は気になる。確かに気になるが、今ワタポが一番気になる───心配、または不安に思っている───のはウンディー勢でも夜楼華でも腐敗仏でもなく、ひとりこっそりとシルキへ入った帽子の魔女の行方だった。友人として心配といえばそうだが、それより何より、何かしらやらかしていないかが心配。

この点についてはバリアリバルにいるセツカもナナミも、ユカやビビララも心配しているだろう。なんせ海底洞窟を崩壊させた魔女が彼女、エミリオなのだから。


「なーんか嫌な予感がするなぁ」


「どした? 義手調子悪い?」


「マジで? でもそれ自体がまだ試作品なんでしょ?」


「早く完成形を作ってあげた方いいよ〜と言いたい所だけど、嬉しい事に仕事がわんさか入ってビビも余裕ないのよねー。ね?」


ワタポ、ビビ、ユカ、ララ、白金の治癒術師達は夜の竹林道でも普段通りな雰囲気で会話しつつ、各々警戒網を張り巡らせていた。が、何事もなくなく数十分後に京へ到着する。





ウンディー民がシルキへ続々と上陸する中、ウンディーの森では【巨大然菌型モンスター】がゆっくり活動を再開させ、イフリーの火山では【略奪種】と恐れられている種が統轄を失ったデザリアを狙い、ノムーの洞窟では【地竜】が活性化を始めていた。


それだけではなく、以前ウンディーで発見されたダンジョンのボス【ハルピュイア】も異常な行動をしていた。エミリオ達が挑み、攻略───ボス討伐───失敗に終わったダンジョン。あれからこのダンジョンはS以上の冒険者が5名以上いなければ足を踏み入れてはならない高難度ダンジョンに指定され、ボスに挑むにはまた別の手続きが必要となっていた。ので、誰も【ハルピュイア】の異変に気付いてはいない。




ウンディーで最もノムーに近い位置にある孤島、雪山の【ウィカルム】では信じられない現象が。


「........」


天辺に咲いた独創的な───プロテアの氷花。

花というには大きすぎる、まるで氷彫刻クリスタルのようなそれをベッド代わりにしている人影。肌が青く唇は紫色で、どう見ても人間ではない人型種。

氷点下の空気に澄んだ空を見上げ黙っていたかと思えば突然、眼球が内側から押し抜かれた。

眼から腕が伸び、天に伸びた腕は手のひら乗る眼球を潰す。


金切り声をあげ悶える人影。眼から生え伸びた腕は気にする事なく這い上がるように、次は肩を出し頭を出し胸を出し、ついには全身が。


「........ア....アァ....ン.....、、、久しぶりの純人型カラダ


人型種の眼球を押し出し眼瞼を裂いて現れたのは全身血に濡れた───人間。


「お腹が減ったわ.....どこかで人間エサを捕まえて食事しなくっちゃ。ついでに服もいただきましょう」


雪山を裸で降る女性はこの島に生息する生命の頂点であり完全に覚醒した異変種───氷結の女帝 ウィカルム。



シルキへ気を取られている最中でも時間は平等に、残酷に進む。



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