◇331 -テクニカの潜水艦-2
ウンディーポートに灰鉄の船が到着する数時間前の話───
漆黒の塔が立つ無機質な街───外界の
真っ黒な空に伸びる真っ黒な塔は灰煤を吐き出し続ける。
外には破損状態の機械が散乱していて、破棄エリアというワードがしっくりくる程、鉄屑の山が至る所に放置されている。建物もあるが、どれも煤けていてとても住める状態ではない。
そもそもこの【ファイリシアス研究所】では僅か数十分で生身の身体は蝕まれてしまう。
外界でも危険区域に指定されているエリア。
煤けた空気、汚染された空気を鉄屑の山に立ち、一気に吸い込む人影が。
「───..........喉に絡みついて肺を塞ぐような煤の固形感と鼻腔に突き刺さり掻き回るファイリシアスオイルの臭い.....吐き気がするな」
貴族の子供のような風貌の少年は───と思われる人物は可愛らしい顔立ちを歪め、大きな瞳を鋭く尖らせ漆黒の塔を睨む。
『マスター』
「ん? どうしたF-02.........そろそろお前に名前をつけてやらないと.....いや、知能核が馴染んでからでもいいか」
劣悪な環境で深呼吸をする少年風の人物へ話しかけたのは召し使い風の紳士な男性。何かの型番で呼ばれるF-02は真っ白な手袋の上にフォンを一台乗せていた。
『地界、ウンディー大陸よりファリーシャ様へご連絡が。お相手はウンディー大陸の支配者、人間のセツカ様でございます。どうなさいますか?』
「......ほう。一応用意しておいた通話回線に連絡してくる人間がいたとは驚きだ。それも───大物が釣れるとはな」
鉄屑の山から飛び降りた少年を紳士は素早い動きで受け止め、お姫様を抱くような姿勢で停止。
「繋げ」
『御意』
ファイリシアス研究所跡地を占拠している可愛らしい少年の名は【ファリーシャ】地界で大活躍しているフォンやタブレ、大型モニターやらその辺りの機能を作り出した天才技能士。
「もしもし、
外界では知らない者がいないほど有名でいて既に死亡したと言われているSSS犯罪者【ファイリシアス】本人。今はファリーシャという名でファイリシアスとは別人として生き続けている───狂気の創造者。
「水中を進む船.......それなら丁度いいのがあります。ウンディーポートまでお運びしましょう、もちろん御貸しします。代金は狼印のポーション各種でどうですか? 個数はお任せします、こちらは “潜水艦” という船を、大型1隻、小型2隻御貸しします。はい、では後程」
あざとさのある可愛らしい声でセツカとの通話を終えたファリーシャはフォンをF-02へ押し渡し、ゆっくり降ろしてもらう。
「.....テクニテスタへ戻るぞ」
『では、マスター.....ファリーシャ様のお着替えをご用意致します』
「あぁ、僕はテクニテスタでも優秀で真面目な技能士ファリーシャだったな。通話対応だけでも猫なで声が面倒だというのに......。そろそろフォンやモニタ、その他の便利アイテムを作るのにも飽き飽きしてきた......優秀な部下に全権与えて、研究に時間を回すか───女に騒がれるとイライラして殺したくなるし」
ファリーシャ───ファイリシアスはもう一度大きく息を吸い、不愉快そうな表情を浮かべ、F-02の胸へ飛び込んだ。
「......歩くのが面倒だ、僕を抱け。抱いて連れていけ.....」
グッとF-02の胸に顔を押し付け、子供が親に泣き付く時のように紳士のジャケットを強く腕を掴むファリーシャ。
自分を創り上げたマスター、言わば親のような存在であるファリーシャの姿を見てF-02は優しく微笑み、
『御意』
返事をして抱き上げた。
◆
ウンディーポートに停泊する大型の鉄船【潜水艦】と
「皆様、申し訳ありませんが彼は
集まる人々へセツカがお願いするように言うと、皆セツカへ謝り、笑顔で去る。
ウンディー大陸の女王として人々からも信頼されている証拠というべきか、人々はセツカに対して温かな態度を見せてくれる。
「立派なものだな」
黒フードで顔を隠す後天性悪魔のナナミは人々とセツカの関係に微笑み、フードを深く被る。今更フードなど必要か? と思うメンバーもいるが、それは冒険者としてナナミと接する機会が多いからこその思いで、人々は悪魔の瞳を見るだけでも恐怖と不快感を覚える。意外に気遣いな悪魔を横に、セツカは潮風の中をコツコツと歩き、紳士の前へ。
「ウンディー大陸 女王のセツカです。ファリーシャ様の使いの者で?」
整った顔立ちの紳士へ挨拶すると、紳士は深々と頭を下げる。
『セツカ様、お初におめにかかります。只今ファリーシャ様とお繋ぎしますので少々お待ちくださいませ』
繋ぐ、という言葉に違和感を覚えながらもセツカ達は待っていると数秒後、紳士の口調や声が変化した。
『はじめまして、私が
驚いた事に紳士は機械だったらしく、繋ぐというのはフォン通話のようにファリーシャへ接続するという意味を持っていた。
「はじめまして、ウンディー大陸の女王セツカです。昨夜は突然のご連絡に対応していただき感謝します」
『こちらもご連絡感謝いたします。さて、本題ですが、あちらに見えますのが水中を進む船 “潜水艦” でございます。あと数分で小型潜水艦も到着しますので暫しお待ちを』
紳士は機械とは思えない滑らかな動きで水面に浮かぶ鉄の塊、潜水艦へ手を向ける。
「あの鉄の船が水中を進むのか?」
「すっごー.....沈みそうな見た目なのに浮いてるよ」
ナナミ、プンプンが鋼鉄の船、潜水艦を見て驚いていると、ブクブクと泡が水面に浮かんできたかと思えば、ドバッと潜水艦が顔を出す。
「おぉ~こりゃ驚きじゃの」
「凄いな.....和國じゃ木船がやっとだぞ」
キューレ、
「こちらが狼印のポーション類と、もうひとつの箱は茸印のポーション類です」
ワタポの後ろで重そうに木箱を抱えるキノコ帽子のしし。腐敗仏戦での怪我はリピナの治療により既に治ったといっても病み上がりの身。辛そうにするししを助けるようにひぃたろが木箱を無言で持ち上げ、紳士の前に置いた。
『中を確認しても?』
「どうぞ」
紳士は滑らかな動きで木箱を開き、中の瓶を確認する。狼のシルエットマークが描かれた瓶と茸のシルエットマークが描かれた瓶を交互に確認し、箱に戻す。
『狼印は予想通り素晴らしいが、茸印の方も良品ですね。これではこちらが得をしてしまう.....小型潜水艦1隻と茸印のポーション各種のトレードというのはどうです? 潜水艦は試作ですが5回のテストをクリアし整備も完了しています。設計図や整備方なども全て差し上げます』
「え、いえ、さすがにそこまでは」
『私にとってはこのポーション類と小型潜水艦が同等の価値です。さすがに大型となれば差し出すワケにもいきませんが......今はお互い納得出来る形で借りを作らず取引をすべき距離かと』
「そう、ですね。ではお言葉に甘えて潜水艦を1隻いただきます」
『では、大型潜水艦1隻と小型潜水艦1隻のレンタル代として狼印のポーション各種。小型潜水艦1隻と茸印のポーション各種のトレードという事で』
最終確認を済ませると紳士はフォンから権利書を取り出しセツカへ渡すも、セツカは茸印のポーション生産者のししへ渡すようお願いした。予想もしていなかった潜水艦ゲットにししはアワアワとするも、すぐに話は進む。
『こちらの潜水艦は500メートルが限度ですが、450.....470メートルあたりまでの潜水が最大で安全な深さとお考えください。大も小も同じく』
「ふむ、充分だな」
ここは螺梳が答え、セツカもその声に頷いた。
『返却の場合は昨夜の回線へ連絡していただければこちらから伺います。その際に乗り心地など使用感の感想をお聞かせいただければ幸いです。では、私はこれで』
ジッ、という小さなノイズ音が微かに鳴り、ファリーシャとの接続は途切れる。
『......、では、私はこれにて失礼させていただきます』
「はい、わざわざありがとうございました」
『仕事ですから。では、またお会いしましょう。本日はありがとうございました、失礼いたします』
深々と頭を下げ、紳士は歩み去っていった。どこへどう帰るのか気になるが、今は潜水艦の詳細を知る方が優先。
「キューレ、お願いできますか?」
「任されたのじゃ」
キューレはセツカから潜水艦のデータ紙を受け取り、眼を通す。他のメンバーは飲み物などを買いに一旦散らばった。
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