◇314 -歓喜天-3



象頭人身。文字通り像の頭を持つ人。しかしサイズや数は人のそれとは異なる。全長は2メートル半ほど、頭は像で鼻もキバもある。腕は4本ありどれも丸太のように太く、それを支える腹部は豊満、足も太く見ているだけでもその重みに圧される巨脚。

全体的に灰黒い肌を持つ存在がマユキとリピナ達 白金の橋の前に姿を見せた。


「.....助け、テェ、死にだグなイ、イィた、けェ、」


後頭部には人間の顔が残っていて、その顔は幸せそうに微笑みながら擦りきれそうな泣き声をあげる。よく見ると横腹には人間の足首から先、首には手───指先が見える。


「これはこれは、酷い格好デスねぇ。なんというか......未完成な感じデスかぁ?」


クククと笑いながら眼の前の像人間を指差すマユキが言った、未完成というワード。これが的を射ていた。

腐敗仏はいぶつは人間が仏になろうとした結果とも言える。人が神や仏になろうなど不可能な事で、それは冒涜的な行為。その罰として仏様は人間へ醜く腐敗したような姿を与えた。決して完成する事のない、未完成で醜い姿になる呪い。一度でもその姿になった人間は二度と戻れず、自我を砕かれ欲望のまま徘徊する事になる。

その呪いは───種の状態で、それも体内でのみ効果を発揮する【命彼岸】の毒素部分を強く濃く、暴走させたもの。


「ギギギ、イグィ、かしこしか、イイイ」


「あらら、気持ち悪いデスねぇ」


「しイィィィィィィィ!」


咆哮のような声を響かせ、腐敗仏【歓喜天】は剣を手に取り、後頭部の人面から無数の細くヌメリのある触手を踊らせる。伸縮性が高く、恐ろしく速い触手はマユキとリピナ、それと白金の橋メンバーを数名を一瞬で捉え、身体中に巻き付いた触手により行動の自由を拘束される。


「痛ッ.....何よ、これ」


「速い.......これはマズイ、デスねぇ」


全身に巻き付く触手は細い見た目とは裏腹に強靭でいて指先さえもまともに動かせない状態。

甘く見ていたワケではないが、想像を遥かに越えた触手の速度とパワーは特異個体と呼ばれるだけの事はある。


「ギィギィギィギィ! 子を孕むはどちら様? 子を孕むはどちら様? お出でマシ、お出でマシシシシシ、マシマィィシィィィィ」


鼻をグネグネとよじり踊らせ、腐敗仏は陰部を曝す。異形ともいえる形をしたそれを見た白金の橋メンバーが悲鳴をあげると歓喜天はその声に反応するように真っ黒な眼球を動かす。


「可愛ラシイ可愛ラシイ子、愛でテやろうぞ愛でテホシイかえ? ほれそれほれそれ」


鼻をヒクつかせ香りを楽しみながら触手で白金の女性をゆっくり引き寄せる。ネットリとした唾液を垂らす異形物が徐々に白金の女性へ接近する中、マユキは空を見る。猫の毛玉がふわふわと風に泳ぎ、歓喜天の足下へ落下し再び風に流され───突然見えない壁に衝突しその動きを止めた。これは何かある、とマユキは眼を凝らし歓喜天を見ると、うっすら膜のようなものが。


「.......なるほどデス」


何かを理解したマユキはギチギチと絞まる触手から力任せに腕を抜こうとする。そんな事をすれば触手と腕が擦り合い皮膚が傷付く。マユキの狙いはまさにそれだった。多少でも出血すればマユキの能力ディア【カーレイド】が使える。

擦り切れた皮膚が血玉を滲ませた瞬間、血液を一気に引っ張り出すように溢れさせ触手を切断。すぐに数ヵ所へ傷付け、引き寄せられている女性の触手を斬り離す。耳障りな悲鳴が響く中でも表情もひとつ変えず、マユキはリピナの触手も切断し、自ら歓喜天へ迫る。


「ひとりじゃ無理よ!」


リピナが声を出すもそれを塗り消すようにマユキが、


「領域 持ちデス、みなさんが来るまであたしが引き受けるデスよ。酷いと思うので見ていられないなら見ないでくださいねぇ」


領域。能力ディアの一種で限定範囲内ならば爆発的な効果を発揮する能力。歓喜天の領域がどのような効果を持つモノなのかはハッキリしていないが、領域の範囲が狭い事から───相当な効果を持つと予想される。もちろんマユキもそれを予想したうえで、ひとり領域内へ入ったのだ。





マユキ達が笠の人物を腐敗仏はいぶつ───歓喜天かんぎてんだと看破した頃、セツカ達は酒場を出た所だった。どの方向を探るか、と考える必要もないほど異質な魔力───に似た力がシケットを物凄い速度で駆け回る。


「───ナナミとししは向かってください!」


肌を冷たく叩く嫌な雰囲気の中でセツカは素早く言い放ち、残った者で猫人族の避難誘導を速やかに行う。


「セツカ!」


猫人族を避難誘導している中で別エリアから駆け付けたのはギルド【フェアリーパンプキン】のマスター、半妖精のひぃたろ。その隣には同ギルドのサブマスターで魅狐の【プンプン】と皇位情報屋のキューレ。セツカは3名の姿を見てすぐに指示を出す。


「ひぃたろは私と避難誘導を! プンプンとキューレは中心街へ向かってください!」


ひぃたろはすぐにエアリアルを広げ避難誘導を、プンプンとキューレはAGI全開で中心街へ爆走する。戦力面ではひぃたろを向かわせるべきにも思えたが、猫人族の避難を優先するならばエアリアルを使い、上空から遠くを見渡せるひぃたろは必要。プンプンとキューレは素早さが高くすぐに駆け付ける事も可能と判断し、セツカは指示を出していた。


「......もう猫人族の姿は見えないわ。私も中心街へ向かう」


エアリアルで飛び回り、避難が遅れている猫人族がいない事を確認したひぃたろは中心街へ。猫人族達の避難にかかった時間は約10分。高い俊敏性と勘を持つ猫人族だからこそ10分という短い時間で安全地帯まで避難出来たといってもいいだろう。


セツカは被害者が出ない状況を作り出せた事に安堵する暇もなく、冒険者達へ声をかけ、禍々しいオーラを放つ中心街へ走った。





歓喜天の領域へ踏み込んだマユキは、突然の激痛に眉を寄せた。

元人間のマユキだが、吸血鬼化する際に味わった苦痛により痛覚が薄く遠くなっていた。そのため自分で自分を傷付け血液を出し、能力を使っても痛みも恐怖もなかった。しかし今、確実にマユキは痛みを感じている。腕の擦り傷は熱く、指先の切り傷は鼓動するように痛む。何年、何十年と忘れていた痛みにマユキは一瞬行動が停止。その隙を逃す事なく腐敗仏は再生した触手を全て使い、マユキを捕獲した。


「~~~~っ!!」


ギチギチと絞まる触手の圧力───痛みがマユキを襲う。


「イイ具合さまイイ具合、子を授けよう仕置きも仕置きも」


ドクドクと脈打ち異形なモノから溢れる体液、触手の絞め付けで力が抜けるマユキは徐々に腐敗仏へ引き寄せられる。


「こ、れは、本当に、マズイ、デスねぇ.....っ!」


マユキは奥歯を強く噛み、腕や足、背にも傷付け血液を大量に溢れさ、腐敗仏へ攻撃しつつ自分と腐敗仏を血球で包み隠した。マユキの攻撃は痛みでブレが生まれ、速度も普段とは比べ物にならないモノだった。腐敗仏は腕に持った剣で簡単に血液を弾き飛ばし、像はクチを大きく開いた。すると口内から覗く人間───男性の顔が。


「可愛ラシイ子可愛ラシ、子孕み子孕み、可愛ラシ」


溢れ出そうなほど剥き出しになった眼球はぐるりと上を向き、クチからは喘ぐ吐息。


「───マユキちゃん。汚してしまってすみませんデス」


マユキは自分へ謝罪すると、頭の中で返事が響く。


───あなたの弱った姿は見たくない......あたしが変わる。


「!? マユキちゃ───」


後天性 吸血鬼のマユキは既に能力ディアに呑まれた状態と言える。しかし本来の呑まれ───フレームアウトとは違い、共存している形。

普段前に出ているのが吸血鬼として覚醒したマユキ。元々能力など持っていなかった人間マユキは後天性吸血鬼となった瞬間に今の血液性質を変化させる能力を得た。不思議な事に吸血鬼は人間を気に入り、フレーム突破後も上手く共存している極めて珍しいケースとなり、内側には人間マユキが確りと残っている。


その人間が今、吸血鬼と入れ替わるように表へ。


「───.......。あたしはもう汚れちゃってから平気だよ、心配しないで───あなたは少し休んでていいよ」


───マユキちゃん、すぐあたしと交代するデス、もうあなたが苦しむ必要なんてないデス、すぐにあたしと、


吸血鬼マユキは普段の声質とは違う、焦り震える声で人間マユキへ言うも、その声は届かず、鳥籠のようなものに閉じ込められる。


───マユキちゃん?..........マユ、キ、


腐敗仏 歓喜天は異形でおぞましいモノを突き立て、人間マユキの中へ入り、何度も喘ぎ、何度も震えた。


────────────!


声にならない声で吸血鬼マユキは泣き叫ぶも、届かない現実は残酷に、痛々しく、汚れていった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る