◇226
宝石で豪華に装飾されたまるで財宝庫に眠っているような湾曲した剣、シャムシール。
6本の剣を踊るように使いこなすピエロの剣士に、しし、カイト、だっぷーは圧倒されていた。
1対3の状況で尚且つ、近距離は大剣のカイト、中距離は魔銃のだっぷー、遠距離は杖のしし というバランスの良いパーティだが、曲芸ピエロはそのハンディをものともしない見事な動きと器用な剣劇で雨を切り踊り続ける。
「痛ッ、凄いなあの剣技.....6本全部使ってるうえにこの攻撃力。隙もない」
攻撃を受ける度にししが独特な治癒術を発動させる。対象の足下に小さなキノコが生え、粒子にも似た胞子で傷を癒す。その間にだっぷーが中距離からの銃撃で時間を稼ぐも、弾は全て斬り弾かれ曲芸ピエロ───ルービッドには傷ひとつ付かない。
「これだけ街に人が集まってるのに、誰も来ないのはやっぱりおかしいよお!」
2丁のリボルバーを使い攻撃しつつ、増援を待っていただっぷーだが人の気配さえ感じない状況と減るばかりの弾数にフラストレーションを溜める。
「あの人強いねぇ......こっちは3人、あっちはひとりダケなのに全然攻撃当たらない」
キノコ印の小瓶を一気に飲み自身の魔力の自然回復を高めるししだが、このまま何も変化せず今の戦闘が続けば先に自分達がバテる事を薄々感じ始めていた。アイテムは多めに持ち歩いているししだが、治癒術は魔力だけではなく集中力や体力も要求される。
傷を癒しているとはいえ、カイトやだっぷーの体力は想像以上に消耗している。
治癒術は素早く傷を癒しその傷を回復させ痛みを消すが、完治するワケではない。疲労などは確実に身体に残る。
ししの治癒術を視界の隅で見ていた曲芸ピエロはアクロバットな動きで3名との距離をあけ、剣をジャグリングする。
ギルド【アクロディア】マスターのルービッド。冒険者ランクはS-シングル。
巨大モンスター討伐のレイドや
それはルービッドが好む理想のパーティ戦闘スタイルだっただけであり、ルービッド自身が得意とする戦闘スタイルは1対多。
今のように自分が1で相手が複数の場合のみ、6本の剣を取り出し戦闘する。これがルービッドの得意とする戦闘であり、最大限の力を発揮出来るスタイル。
1対多においてはSSS-トリプルでさえも油断出来ないトリッキーな冒険者。この事実を知るのは今まさに教会前へ向かっている【白金の橋】マスターであり幼馴染みのリピナのみ。
「.......やっぱヒーラーを先に潰すか」
ルービッドは左右の手に持っている剣を高く上げ、右ワキに挟んでいた1本を放し蹴り飛ばす。左肘とワキに挟んでいた剣を両手へ移す最中に足元の剣を蹴り起こし、先の1本同様にその剣もししをターゲットに蹴り飛ばす。ここまでの動きは僅か2秒とかからず、3人は最初に打ち上げられた2本の剣へと視線を奪われていた。
間隔をあけ矢のように直進する2本の剣へ気付いたカイトとだっぷーは、その処理を優先した。ルービッドは地面ギリギリまで姿勢を低くし、猛進する。わざと間隔をあけて放たれた剣はカイトとだっぷーをししの近くから引き離す狙いだった。カイトは前へ出てだっぷーは既に銃撃を始めている中でも遥か頭上にある2本の剣へ意識は奪われている。
前方と頭上の剣へ気をとられている事でルービッドの素早い動きを追えず───ルービッドは簡単にししの前まで。
ルービッドが動き始めて僅か数秒の、一瞬ともいえる永遠。
「「 ───ししちゃん! 」」
「あ───」
カイトとだっぷーが気付き叫ぶようにししの名前を呼んだ時には、2本のシャムシールは湾曲する線を引き、ししへ迫っていた。
◆
無意識に溢れ声が─── あ だった。綺麗な宝石を持つ剣に見惚れ、私は自分の危機さえ感じる事は出来なかった。
でも脳は無意識に私の身体へ信号を送り、身体は強制的に対応する。
あ、と呟いてから1秒経過したかも怪しい。そのくらい速く、私はキノコの杖を手放し一歩前に出していた右足へ重心を移動させ───力いっぱい握った拳をピエロさんへ、
「ガオー!」
「───ッッ!?」
重く空気を圧し潰す打撃音は雨を撃ち抜き、2本の剣が私の身体へ届く前にピエロさんの全身を強く殴り、圧し飛ばした。
私は普段キノコの杖を好んで使う。可愛いから。
後方支援を好んで選ぶ。後ろでみんなをご胞子したり、余裕があったら攻撃魔術を使ったりするのが楽しいから。
でも、右足を少し前に出してしまう癖は意識しなければ直らない。戦闘中にそんな事を意識していたらご胞子が遅れちゃう。だから毎回、右足は前に出ている。
これは───
私はキノコが好き。
可愛いし、美味しいし、薬にもなるし、可能性を無限に秘めた存在だから。
料理でもメインになる事の方が少ないキノコ。でも香りの存在感はメインの味を最大限まで引き立てたりする影の立役者。
私はキノコ帽子とキノコの杖で、後方支援をしつつ───自分のメインを最大限まで引き立てられる瞬間を、無意識に待っていたのかな。だから右足は前に置き、いつでも一撃入れれる立ち方をしていたのだろう。
「.....あー! 右腕がダメになっちゃった! 気に入ってた装備なのに......悲しめじ」
上から落ちてくる剣は伸びた爪で弾き落とし、右腕を見てガッカリする。“コレ” を使うと毎回、肘部分から先が破れて、その度チクチク縫わなきゃいけない。手袋でも装備していたらその腕の手袋は再起不能.....何度かそうなって、家には左だけしかない手袋が沢山ある。
「ししちゃん、なにその......ライオン?」
「すっごー! ししちゃん凄いねえ! 強そうな手なのに肉球あるねえ!」
「すげーでしょ! コレは私の手、
その中の
「
と、言いつつ獣化した腕を鎮め、ダメになった服を見てガッカリ。そして───この力を使うと私は.......
「あら、ししちゃん眼がとろーんってなってるよお? 大丈夫? 眠い?」
「だぷちゃん、眠いない、眠いないよ。んむぅ.....もう少しダケ頑張るぅ.....」
戻った腕でキノコ帽子を必死に叩き、私は眠気覚まし用の【シャキシャキノコ】を取り出し、ひとクチ食べた。
「ひゃ、酸っぱいねー......むにゅ.....」
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