◆198
だぷが持っていた薬を一気に流し込んだ。薬は熱くなり、身体を焼くように走り回るも、不思議と心地好い感覚にも思えた。
俺を狼化させた魔女が作った薬。信用するのは危険すぎる。でも、今はこの薬に頼るしかない。
───!?
全身の温度が上がる最中、渦巻くように溢れ出た闇色の靄に俺は包まれた。
「カイト!?」
「うぉ!? なにしたの!?」
だっぷーの声と....プリュイ山で会った帽子の冒険者の声か? どうやら聴覚は問題ないみたいだ。不思議な浮遊感の中で泳ぐ身体はゆっくりと地面に足をつけ、闇色の靄は薄く弱くなる。ここで俺はある感覚に驚いた。
地面を踏む足が二本。
人型種ならば驚く必要もない、ごく当たり前の事だが数年狼状態だった俺には驚くほど懐かしい感覚で、薬が働いている事にも少々驚いた。
弱まった靄はゆっくりと消え、俺の眼線は高くなりハッキリと色を映した。
「.....、カイト!」
名を呼ばれ、全身に暖かくて優しい....懐かしい温度が。
駆け寄り、俺を強く優しく抱いてくれただっぷー。ギュッと力を入れているだっぷーの腕には.....小さな傷痕が見える。
「カイト───おかえりい.....ずっと待ってたよお.....」
「.....だぷ、遅くなってごめん。ただいま」
込み上げてくる熱いモノを俺は飲み込み、両腕を伸ばし、優しくだっぷーを包む。
伝わる体温も色も匂いも、全てが懐かしく、狂いそうなほど俺の胸の奥を揺らした。
◆
「まぢで狼は人間だったのかよ....」
「....マジでさっぱりこの状況がわからないんだけど.....わかるように説明してくれる?」
半妖精の【ひぃたろ】こと ハロルドは、だっぷーと元狼が人眼気にせずハグハグしているのを見て、半妖精の耳を少し赤らめながらも、ツンとした表情でわたしへ言った。
「わわわ!? 狼がモヤモヤして人間になった!?」
「本当に....何がどうなってるの?」
ギルド【フェアリーパンプキン】のメンバー、魅狐プンプンと人間ワタポは眼を丸くし、カイトを見る。
正直、わたしも突然の事すぎて何が何だかわかっていないが.....侵食狼が本当に人間で、カイトという男性だった事は理解した。と、同時に魔女が作った薬が未完成だった事を知った。
わたしは熱く抱き合う2人へ、水をさすのは....と思っていたが、毒の雨がズバズバささっている。今さら水をさしても問題ないだろう、と思い、クチを開いた瞬間、
「エミちゃ、やめときなよ」
と、ワタポが義手をわたしのクチに捩じ込んできそうな勢いの笑顔で言った。
「いや、わたしは狼男の姿が」
「うん、それは後で2人もわかる事だから。今は黙っておこう?」
「お、おう」
わたしは黙り、だっぷーとカイトを見つめた。周りの冒険者や街の人々もただ黙り、2人へ優しい視線を送っていた。
◆
薄れていたお互いの体温を補充するように抱きあう中で、俺は自分の身体の異変に気付く。異変と言えば今さらな感じがするも、人間の姿に戻ったと思っていた俺だが、人間にはないモノが。
「───!?」
まず、腕。和國の衣服や装備に見られる唐草模様にも似た模様が左手の甲から腕、肩、胸へと伸び、首、そして左頬まで。
「......カイト───その頭」
胸に顔をうずめていただぷが俺を見て顔ではなく、頭と言った。
「え?.....───え!?」
手で頭を掻くように触ると、人間時にはなかったモノが。
フサフサとした手触りの.....耳。
俺は驚きつつ、まさか!? と思い背腰を確認するも、尻尾まではない。尻尾がない事に安心.....出来るハズもなく、俺は全身を確認する。
数年前に装備していた防具は古くなっているがそのまま。武器は多分フォンポーチの中だろうか。
グローブは見事なまでにボロボロ.....狼の時に戻れる方法を探し走っていたのでボロボロになっているのも納得できる。防具としての効果はもうない、ただの布切れと化したグローブ....他の防具も最早防具としての性能はないだろう。そう思えるくらい傷だらけで古くなっているが、これらの装備が朽ちていたならば俺はここに居なかったかも知れない。
───ありがとう。
俺は胸中で防具への感謝を言い、耳───人間の耳を確認する。自前の耳は無くなったワケではない。独特な模様と狼のような耳が残った状態.....。
「カイト、痛い所はない? 気持ち悪いとか気分が悪いとかない?」
突然俺の全身を探るように触り始めるだぷへ、
「大丈夫、大丈夫だから!」
と慌て言い、だぷを落ち着かせた。
すると少し遠くから、
「絶対ワイルドウルフだしょ! 防具ボロいしヘソ出してるし! 薬余ってないかな? お前らも人化できるかやってみようぜ」
「ちょ、エミちゃ! クゥと子竜は元々が今の種族だよ、変な実験しないで!」
「あの人、
「私はハーフ.......ウェルフ、だと思う」
「なんじゃそのエルフ風なウルフの言い方! 魅狐じゃったらディア使わんと耳出んじゃろに! 無理矢理仲間作ろうとすな!」
「おーおー賑やか。冒険者っていつの時代もどの世代も、少々問題アリな性格してるねー! 久しぶりで楽しいわ」
「ラピ姉はボッタクリ雨具屋に籠ってるから、感覚が湿気ってるのよ。たまには外でなよ?」
.........どうやら俺達は少々目立っているらしく、中央公園にいる人々が俺達を見て色々と話し始めた。
だぷと一緒にいた冒険者達には挨拶したいが、今はゆっくりしてる余裕はない。
空に浮かぶ不気味な雲と降り注ぐ毒雨を消すために、俺は薬を飲む事を選び、今こうして人の姿に戻れている。
「色々と話したり挨拶したりしたいけど、だぷ」
「うん、カイトならあの雲消せるよお、行ってらっしゃい!」
何年ぶりだろうか.....にっこりと笑い俺を送り出してくれるだぷの笑顔を見たのは。
「行ってくる」
だぷの頭へ手を伸ばし、髪に触れる。凍っていた時間が熱を宿しゆっくりと溶けるように動き始める。
「.....よし」
自分に気合いを入れる、装着されたままのベルトポーチへ手を入れ【フォン】を取り出した。
サイドのロックボタンを押し、画面を指で叩き、撫でる。この作業も久しぶりだ。
そして───コイツも久しぶりだ。
俺はフォンポーチから愛剣である【ヴォルフ エッジ】を取り出した。
ずっしりと腕から伝わる重み、鼓動するように発光する濃蒼の刃は鉄や鉱石ではなく鱗を持つ巨大な狼モンスター【ヴォルフ フェンリル】の豪爪を加工したもの。刃を包むように【ヴォルフ フェンリル】の鱗も使われていて、俺が扱いやすいように細部までこだわり、鍛冶屋にうんざりされながらも完成した大剣。
「お前も久しぶりだな.....これが終わったらキッチリ手入れしてやるから、今は俺に力を貸してくれ」
鼓動するように発光し、俺の手にゆっくり馴染む【ヴォルフ エッジ】を一度大きく振り、肩で構えた。鋼鉄で作られた大斧のような重さが肩を沈める。
───俺も鍛え直さないとな。
なまった身体にグッと力を入れ、俺は剣術の構えをする。
肩から少し背へ大剣を滑らせ姿勢を低くし停止すると、濃蒼の刃は強く発光し大剣は無色光を纏う。
───まだ弱い。
【ヴォルフ エッジ】が少しずつ重みを増していくも、まだ足りない。剣術の姿勢のまま7秒経過した頃、濃蒼は綺麗な
この瞬間を逃さず大きく踏み込み、回転し【ヴォルフ エッジ】を強く振った。
狙いは空に浮かぶ雲。地上からの距離も相当あるだろう。以前から3~5秒程の溜めが必要だった剣術を俺は7秒溜め放った。
大剣【ヴォルフ エッジ】は
今回選んだ追加効果は拡散。
使用した剣術は単発 飛燕 重剣術の.....名前はつけていないオリジナル。
大きく振るった大剣から大型の狼を思わせる形状の斬撃が空へ走る。俺の想像を遥かに越えた威力を溜め込んでいたらしく、全身が大剣に振り回されそうになるも必死に制御しどうにか踏み止まった。
飛燕系の剣術は斬撃を飛ばす事が可能。しかし対象までの距離が遠ければ遠いほど、威力が弱まる。
しかし【ヴォルフ エッジ】の特種効果が飛燕のデメリットとも言える威力減少を消し、追加効果まで与えてくれる。
狼型の斬撃が一枚目の魔法陣───魔法吸収を無視するように通過し、二枚目───物理の壁へ迫る中、俺は小さく笑った。鋼鉄の壁に物理耐性を盛っても、【ヴォルフ エッジ】の溜めから放ったこの剣術は防げない。
狼は豪爪で抉り斬るように空中展開される魔法陣へ触れた瞬間、巨大なガラスが砕け散るような破壊音と共に物理の壁は脆く砕け散り、狼は速度を低下させる事なく空を駆け、赤色に発光する不気味な核を狙い豪爪を振り下ろした。
「───暴れろ」
核を狼の豪爪が深く
「.......ふぅ。痛ッ、この剣術使うと右腕が痛むなぁ」
「─── カイトー! やったねええー!」
だぷの声を合図に、全員が歓喜の声を響かせる。
毒雨は止み不気味な雲は消え去り、空は眼が痛くなる程濃く綺麗なオレンジ色に焼けていた。
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