◇149
闇属性の幻惑、誘惑の種類に分けられる魔術でわたしは意識をワタポの中へ。フワフワと浮かぶ感覚の中で見つけたのは沢山の蝶が舞う小さく素朴な村。
「白と黒の翅を持つ蝶々....」
蝶を見た瞬間、ここがワタポの故郷の村だと理解する。
不思議な蝶がわたしに気付き、誘導するように飛ぶ。蝶の後を付いていくと小さな池が見えてくる。池を眺めるために作られた木製のベンチには───
「ワタポ」
「っ!?....エミちゃ?」
「この池に何かいるの?」
わたしはベンチに座りただ池を眺める女性の名を呼び、ゆっくり近付き隣へ座った。
「なんでエミちゃが....だってここは....」
「ワタポの中だよ。ごめん、勝手に入らせてもらった」
「それはいいけど....」
闇属性魔術で相手の中へ入ると、その相手が強く思っている世界を見る事が出来る。絵本の中にある様な世界に強く憧れている者の中ならば絵本に登場したその世界が広がる。ワタポは失った故郷を強く想っているからこそ、その故郷がワタポの中に広がっている。そしてワタポが覗いていた池の水面には───外、つまり呑まれかけていたディアワタポが見ている世界が映る。
「ほぉー、この池から外を見てたんだ」
「うん....見てたのに、声が届かなくて、止められなかった」
「そんなモンさ」
この魔術は普段使う機会なんてほとんどない。しかし魔女はほぼ全員が使える魔術で、この魔術を使う瞬間は決まっている。それは、相手がディアに呑まれかけた時。
もちろん使わなくてもいい。しかし呑まれかけの相手が自分にとって大切、またはディアの性格が歪んでいる場合などに使われる魔術。
「なぁ」
「うん?」
「ワタポは今のままでいいのかー?」
「今のまま?」
「うん、外に出てるのはディアワタポだ。もう80%呑まれてて、あと20%呑まれればワタポは二度とここから出らんなくなる」
ディアに100%呑まれた者は二度と戻れない。今ワタポが呑まれてしまえば、外の世界で生きるワタポはドメイライトを壊そうとするワタポ....ヒロまたはマカオンになるワケだ。
「自分の事だろ?自分で決めろよワタポ」
わたしが今言える言葉はこれだけだ。今これ以上言うと魔術は終わってしまい、この魔術は一度使った相手には数ヵ月使えない。
「ドメイライトは憎かった。犠牲の上に平和を作って、その犠牲は忘れ去られて....その犠牲を知らない人々が今のドメイライトには沢山いる。知ってほしいとは思うよ。でも知った所で何かが変わるとは思えない」
「ドメイライトをブッ壊すのをここで見てる?」
「ううん。今はドメイライトを憎んでないよ。今は───この平和を守りたいって思ってる。壊しちゃったら犠牲になってしまった人達の死を無駄にしてしまう。望んで犠牲になったワケじゃないのはわかってる。だけど....この村の人達はみんな優しくて、強くて、きっと今なら自分達の命が今の平和を産み出した事に誇りを持ってると思うんだ」
「そっか....そうだな。ワタポがこの村の人だもんな」
「え?」
「仲間を奪われて、腕を奪われた魔女と一緒に居るワタポを見てると、この村の人達が優しくて、強くて、他人を大切に思う人達って事がよくわかるよ」
「エミちゃ....、ワタシは出たい。ここから出てりょうを止めたい。フィリグリーも....。二度と同じ事を繰り返させないように、今の平和を壊させない」
「よっしゃ!」
わたしはベンチから勢いよく立ち上がり、ワタポを見た。
今の答えはワタポが自分で決めた答え。そうなればわたしが言える事や手を貸してあげられる事が増える。
「ワタポ、これは賭けになる。今からワタポはあのワタポをどうにかするんだ」
「え!?」
「ここで完全に呑まれるか、完全に自分のモノにするかが決まる。まぁ....その後の話はその時に話すよ」
「え、意味がよく....」
「わたしは外で待ってるから、頑張れよな!」
わたしはワタポの肩をポンっと叩き、少し離れてつつ詠唱を始めた。
この闇魔術中に追加で発動出来る魔術で、相手が自分で答えを出し、その答えが諦めではなかった時のみ使える魔術。
詠唱を終え、わたしはもう一度ワタポを見てから魔術を発動させる。魔方陣が展開されるとわたしの意識は薄れ、ワタポの中からゆっくり消えた。
◆
「.....、ふぅ」
眼を開けると氷つく洞窟で、ワタポは眼を閉じ睡眠と同じ状態。わたしはすぐに拘束魔術を解き、フォンを取り出しプンプンへ通話を飛ばす。
「....、あ、プンプン」
『エミちゃん!大丈夫なの!?』
「うん、わたしは大丈夫、そこに───」
『ワタポは!?ワタポは大丈夫なの!?』
「んやー、それはまだ何とも言えないなー。てかそこに───」
『それどういう事!?ワタポは無事じゃないの!?』
「あー!落ち着けって!そこにダプネいるしょ!?すぐこっち来てって伝えて!」
わたしは一方的に用件を言い、通話を終わらせた。
◆
ワタポがディアに80%呑まれた状態である事とエミリオが相手をしている事をダプネは話した。
「....うむうむ、ディアについては魔女が一番詳しいからのぉ。魔女がワタポの状態をそう見るのならば間違いないじゃろ」
情報屋のキューレは頷き、ダプネの話を聞き終えるも魅狐プンプンは眉を寄せ、ダプネへ質問する。
「それ、どうするの?まさかエミちゃんはワタポを....」
「わたしもそう思って、手を貸しに行ったんだけどね。エミリオは相手を殺す気はないよ。今はまだ、ね」
ダプネの答えにプンプンは更に声の音量を上げた。
「今はまだって....2人はどこにいるの!?」
「無理するなよ。ってか今のお前が行った所で足手まとい以外何になる?動けもしない状態で」
「でも!」
「おいおい、一旦落ち着くんじゃ。お前さんは今一応怪我人じゃろが。それとフォン鳴っとるぞ」
ダプネとプンプンの間へキューレが割って入り、プンプンのフォンがタイミングよく鳴ったのでキューレはすぐに話題を変え温度を下げる。ダプネも心配していないワケではないが、プンプンの心配は2人が無事なのか、2人を助ける方法はないのか。ダプネの心配はエミリオがやる気を出さずに殺されないか。ダプネから見れば魔女以外がどうなろうと知った事ではない。エミリオが半妖精や魅狐、人間と関わりを持っていた為ダプネもフェリアへ同行した様なもの。
ダプネの目的はあくまでも “魔女界” だ。
「....切れちゃった」
プンプンの通話をダプネは全く聞いておらず、窓の外を眺めていたが通話相手はエミリオで、ダプネへの用事。
ダプネとプンプンはよろしくない雰囲気になるだろうと予想し、エミリオはプンプンへ通話を飛ばす事でクールダウンも狙っていた。
「エミちゃんが、すぐに来てって言ってたよ」
「え?わたしに?」
「うん」
「はぁ~....なんなんだよあの帽子女は」
ダプネは大きなため息を吐き出し、空間魔法を使ってエミリオの元へ移動した。
空間へ入る際、プンプンがダプネの名を呼び、不安そうな顔を見せたのでダプネは少し笑い頷いた。
少しイジメ過ぎたかな?と思うと同時に、心配してくれる相手がいるエミリオが、少し羨ましく思えたダプネだった。
◆
わたしは想像以上に疲れているようで、少し眼を閉じて休み、思い出す。
武器素材の【炎を宿した喉笛】を入手する為イフリー大陸にある【オルベイア火山】で炎犬と呼ばれる犬要素を探す方が難しいモンスター【フレアヴォル】と戦闘し、無事に目的の素材をゲットしたわたしはイフリーポートでダプネと遭遇し空間魔法内で魔女力を引っ張り出し自分のモノにする為の戦闘をして、空間内から出たと思えば純妖精と猫人族がどーのこーので休む間もなく動き、女帝と戦闘し、星霊の靄に当てられたハロルドと戦闘し、またまた女帝と戦闘している最中にここへ飛ばされてワタポと戦闘になり、今に至る。
体力の無さならば子供にも負けないわたしが、ここまで連戦を繰り広げるとは....誰でもいいからわたしを誉め称えてほしいものだ。
女帝戦の最中でここへ移動し、ワタポを相手に逃げ回っていた頃フェリアの方は片付いたか....。
フェリアの話を聞いたワケでもないが、ここに飛ばされ戦闘になっては逃げる、を結構な回数繰り返していたしプンプンが通話に応じた事からあっちが終わった事は間違いないだろう。
「.....、遅いぞダプネ」
わたしは座り込み顔を下げたまま呟くと、着地する足音が小さく響き、
「お前はいつも一方的すぎる」
ダプネの返事が来る。
顔を上げダプネを見て、わたしは眼線を自分の横へ動かした。
「大丈夫なのか?」
ダプネはわたしの横で眠っているワタポを見て不安そうな声を溢した。ダプネはワタポが大丈夫なのか───つまり無事なのかを確認したワケではない。しかしわたしは短くハッキリと答える。
「大丈夫」
「....人間が80%呑まれていたんだぞ?大丈夫とは思えないが」
「そうだな。でも、ワタポなら大丈夫だ」
妙に重い身体を動かし、わたしは立ち上がりフェリアの状況を軽く聞いてみると、大丈夫との返事が返って来たのでダプネを呼んだ理由を言う。
「フェリアまで空間を繋いでくれ。ここは寒いし、ワタポも連れていく」
「だと思ったわ。そいつはお前が抱けよ!あと、そろそろわたしと同じレベルの空間魔法覚えろよ」
「気が向いたらな」
ワタポへバフともデバフとも言える魔術をかけ、ワタポの体重を数キロにし背負うとダプネが空間を繋いでくれた。飛び込む体力がないわたしはゆっくり歩み寄り空間へ入る。わたしも空間魔法は使えるが、ダプネとは比べ物にならない程ショボい空間魔法だ。このレベルは魔女界を探してもダプネくらいしか扱える魔女は存在しない。例えアイツでもダプネと同じ空間魔法を連発するのは厳しいだろう。
「おっと、....おぉ、すっげーな....」
踵から地面へ着地したわたしはフェリアを見て無意識に声を溢した。これが本来の【妖精の都 フェリア】なのだろうか、微妖精と思われる粒子と手のひらに乗れそうなサイズの妖精が街中の至る所を飛び回り、数多くの純妖精達の姿も。“純妖精の街が一番美しい” と歴史本に書かれているらしいが、そう書かれる理由がよく解る。月明かりを浴び踊る妖精達や夜空の下を飛ぶ純妖精達。星霊界が幻想的ならば妖精の都は空想的と言える。
「いよーうババア!今頃帰ってきたか!」
空想的な雰囲気を粉々に破壊するゲスい声音で張り詰めていた緊張が一気にほどける。
「いよーうクソガキ、この街に宿屋とかないの?」
わたしをババアと呼ぶのは天使族のみよ。天使とは思えないクチの悪さを持つ少女だが、どこか憎めない。
「宿屋?しらねー。プンプンとかはあの建物で休んでるし行ってみ?」
「お、行ってみる....ってかプンプンの事紹介したっけ?」
「大天使みよちゃんは誰とでも仲良くなれる八方美少女だよぉ!だから一生養って?お姉さま」
謎のポージングでキャピッ とベロを出しウインクする天使に若干のヘイトを感じるも、わたしとダプネはスルースキルを最大に発動させ大天使様をやり過ごし、噂の建物へ向かう。扉が開いたままだったので中を覗くと───
「あ!戻ってきた!」
「お?」
プンプンは流石とも言える反応速度でわたしに気付き、キューレはパンを頬張りながらこちらを見る。
「プンプンもキューレもお疲れさま。ベッドは....空いてないか」
ベッドが二つあり、ひとつは半妖精で多分今回一番大変だったひぃたろ───ハロルドが眠り、ひとつはプンプンが使っている。元気そうな声を出したプンプンだったが結構なレベルの怪我人。キューレもデコにガーゼを貼り付けてイスに座っていた。みんな大小ながら怪我をしている。街も一部が崩壊していたし【森の女帝 ニンフ】の爪痕はやはり大きいか。
「二階にリピナが居るぞぃ。ここは純妖精達が貸してくれた怪我人の冒険者達を治療する場所じゃ。幸い大怪我しとるのは魅狐と半妖精だけじゃがな」
「ワタポは無事なの!?」
「大丈夫、今の所はね。二階に行ってワタポをベッドに寝かせてくるよ」
プンプンの質問に答えつつ、わたしは木製の階段を登った。円形の建物で壁にそって階段が設置されているこの建物。木々の香りと茶色の照明が気持ちを落ち着かせてくれる。二階には部屋が2つあり、ひとつは扉が開いたまま。まずはその部屋から覗く事に。
「リピナいる?」
「ちょっと待って....よし!これでok!」
優秀なヒーラーであり、優秀な医者でもあるリピナは誰かの治療をしていたらしく、振り向かずに答え、患者と思われる人物の背や腰へガーゼの様なものをパシン!と張り付けていた。
「いてて....お?エミリオ!やふ」
「患者はれぷさんだったのか、やほ」
和國装備を愛用している冒険者、烈風がリピナの治療を受けていた。背中や腰だけではなく、腕や肩にも何かを貼り付けている。
「おー、ダプネと一緒にいるとエミリオも魔女っぽい....感じはしないね。どっちかと言えばダプネも魔女感ないし」
「魔女感ないってよダプネ」
「お前には負けるわ」
わたしは会話しつつベッドへ向かいワタポを寝かせた。
「どっか悪いの?」
リピナはワタポの頬へ手を触れさせ数秒黙り、再びクチを開いた。
「怪我はしてるけど内部は大丈夫だね。よく眠ってるし疲れてるのか?」
「んやー....どっちかと言えば疲れるのはこれからかな。このままワタポ寝かせといていい?」
リピナは首を傾げつつベッド使用許可をくれたのでワタポは二階で眠らせておき、わたし達は一階へ。烈風が貼り付けていたのは薬草を調合し、作られた湿布と言う薬品系アイテムらしい。独特な香りを放つ湿布....烈風と湿布って似てる。湿布の烈風は崩壊した瓦礫の撤去作業を手伝っているらしく全身が悲鳴をあげる中、現場へ向かっていった。
「さて、エミリオも治療するよ」
「あ、忘れてたわ」
痛撃ポーションが思いの外効果を発揮していたのか、自分の怪我の事を忘れていたが思い出した途端に痛みが。リピナは二階でワタポにした様にわたしの頬へ手を伸ばし、触れて停止する。
「....えぇ!?それ腕切断されてるじゃん!胸の傷も深いし、それでよくケロっとしてられるわね!」
「んや、今は氷魔術でカチカチにしてるから感覚はほとんど無いん。痛いのは凍ってない傷」
「とにかく上着脱いで!腕のあとにすぐ胸の傷を治癒する!」
「おっけー!優しく頼むね」
わたしは言われるがまま上衣装備を脱ぎ始めると慌ててキューレとダプネが扉を閉める。2人を横眼にリピナは治癒術を詠唱し腕の傷へ。リピナが使った治癒術は怪我や傷を癒すモノではなく、出血を抑える効果を持つバフの一種。リピナが頷いたのを合図にわたしは氷を地属性魔術で軽く叩きヒビを入れた。普段は自然解凍を待ったり、火で溶かしたりするが今この場で火を使うのは少々危険。地属性魔術でヒビを入れ、あとは自力で氷を剥がす。接着の為に氷を使っていたので一気に破壊すると腕も若干砕けてしまう。
「自分の腕が床にボトっと落ちる瞬間を落ち着いて見ると....キモイな」
「腕がもげる瞬間か....シュールじゃの」
なんとも言えない空気が漂う中でも、リピナは素早く動く。普段は謎にキラキラした盛り盛りヘアーの治癒術師だが、今は髪を束ねメガネ装備の医者モードとでも言うべきか、頼もしい雰囲気を纏っている。
「切断されてる神経マナから再生術で繋いでから神経や骨、血管や肉を繋ぐ....相当痛いけど、我慢!」
「は?待て、麻痺とか麻酔いぃ───!!?」
左の傷口が一瞬で熱くなり、その熱が左肩、そして胸へ流れる感覚。痛みは斬られた瞬間とは比べ物にならない。左肺に熱い空気が溜まる様で、でも左腕の傷口は冷たくて傷口から何かが引っ張り出される感覚と奥歯から脳へ一気に突き上がる痛み。意識と感覚がハッキリしている状態での再生術は初めてだが、これは “相当痛い” のレベルではない。
「マナが繋がった!次は神経と骨を同時に繋ぐ!」
リピナの声は再生術を使う前より疲労感があり、言い終えるとすぐに詠唱し、宣言通り神経と骨を繋ぐ。
今度はアルミ素材の包みを誤ってクチヘ入れてしまった時の様な、キシキシと歯に響く不快感と、骨折時を越える痛み....とでも言えばいいのか、とにかく最悪な感覚と痛みが廻る。
痛みの余韻が色濃く残る中でリピナは小さく息を吐き出し、再び再生術を詠唱した。
次は血管やら筋肉やらを繋げる再生術だろうか....術自体に不安はないが、痛みには不安大だ。
「お?この再生術は魔力の濃さが違うな。一気に再生させて繋げる感じ?」
ダプネは再生術に使われる魔力の質や量を感知したらしく、問いかけるとリピナは頷く。ゼロ距離とはいえ、痛みで感知する余裕のないわたしは魔力の濃さも、リピナのメイクの濃さも全くわからない。
今度の痛みは強く押し潰される様な痛みと皮膚が引っ張られる痛み。最初の痛みやさっきの痛みに比べれば楽に思えるが、連続で体感すればわかる....この治療に苦も楽も強いも弱いもない。とにかく痛い、痛いもんは痛い。
最初の再生術から15分ほど経ち、わたしの左手の指先がピクリと動いた。
「おぉ?動きおったぞ!?」
「───、ふぅ~....繋がったよ」
高めていた集中力と緊張を吐き出したリピナはお疲れのご様子。わたしは───
「エミちゃん死んだっぽくない?」
「うむ....白眼じゃ。死んだっぽいのぉ」
「元々死んだ雑魚モンスみたいな顔してたし....これが普通か?」
この腐れ三人衆はわたしを殺したいのか?誰が雑魚モンスみたいな顔だ!!と言いたいが、今のわたしにそんな体力は残っていない。再生術を使ったリピナは疲れているだろう、しかし、痛みに耐えていたわたしも疲れているのだ。
「よし!魔力回復ポーションも飲んだし、胸の傷も再生術で塞いでから全体的に治癒術をかけるよ」
まだ続くのか.....エアリアルが使えるならば、今すぐ空へ逃げ出したい。とわたしは思った。
◆
「ドメイライトではワタシに声をかけてくれてありがとう」
素朴でどこか温かく、懐かしい雰囲気が漂う村───沢山の蝶が舞う村でワタポは自分へ声をかけた。姿形は同じでも雰囲気はまるで違う。ワタポが白ならば、もうひとりのワタポは黒。
『そっちから話しかけてくるとは思わなかった....もう会話する事はないと思ってたし、こうして会う事になるなんて考えもしていなかったよ。どうしたの?』
わざとらしく首を傾げ微笑む自分とは異なる自分。ディアの具現化とでも言うべきか、自分の深い部分に押し込んでいた過去の自分と言うべきか、冷たく危うい視線が突き刺さる。
「色々押し付けてごめんね」
『押し付けるもなにも、全部あなたの正直な気持ちで、ワタシの気持ちでもある。一緒に行こう?ドメイライトを壊しに』
差し伸べられた手。
当たり前の事だが、自分と同じロンググローブで隠された....
───全部同じだ。顔も髪も服も腕も同じ。でも....ワタシはワタポであなたは昔のまま、ヒロでありマカオンのまま。張り詰めていて揺れたら簡単に転ぶ不安定な蝶のままだ。
「ドメイライトは許せない。でも、それは今のドメイライトじゃない。今ワタシがやるべき事....ううん、やりたい事は壊す事じゃなく───」
───きっと理解してもらえないだろうな。だって昔のワタシはどんな言葉をかけられても、全部が綺麗事に聞こえて耳障りだと思っていたもの。それでも、伝えたい。今のワタシの気持ちを。
「今の安定を壊さずこの先もずっと続くように、守る事。もう繰り返させない様にする事」
『.....押し付けて、諦めて、逃げて、殺された村のみんななんてどうでもよくて、自分だけ平和に暮らしたいって事?』
「違う!」
『真っ白で弱いワタシはずっと昔に死んだハズなのに、残ってたみたいだね。真っ黒に染めてあげる』
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