◆91




イフリー大陸にあるデザリア王国。と言っても王不在状態だが、そこで行われている闘技大会。

冒険者だけではなく自分に少しでも自信がある者、自分の実力等を試したい者がこの温暖大陸に集まり自分の存在をアピールする。

各大陸からこの大会を見物にくる人々の数は「この世界にこんなに人がいたのか」と思う程多く、様々な種族の姿もそこにある。

魔女である事を隠して...と言えばいい気はしないが、訳あって魔女である事を伏せて人間という枠で参加しているわたし、エミリオは数ヵ月ぶりにフレンドの姿を、試合を見て妙に嬉しい気持ちになっていた。



闘技場がある会場の1階でわたしは今まさにそのフレンドを待っている。

人間のワタポ、魅狐のプンプン、半妖精のひぃたろ。

種族がバラバラのメンバーだが気が付けば一緒にいるメンバーになっていた。

このメンバーとアスラン、セッカ、キューレ、ビビはわたしが魔女だという事を知っている。


魔女という事を隠す訳...それは嫌われたくないや恐れられたくない等ではなく、わたし自身が魔女の力を嫌っているからだろう。魔女の力に頼れば見えるモノ全てを壊したくなる。魔女界でもわたしの存在はズレていて、この世界に落とされた。

この世界のルールでは通常の魔女でさえズレた存在、気に入らなきゃ全部壊す魔女や悪魔は害でしかない。

それに...この世界に生きる人々がわたしは好きだ。人間も猫人族も、妖精や魅狐だって好きだ。魔女の力を捨てもみんなと一緒にいたい。

色々知った事、これから知る事を壊したくない。


遠くに3人と1匹の影が見え、わたしは空気を吸い込み声を吐き出そうとしたその時、冷たい声が耳元で囁かれた。


「魔女の魂を貰いにきた」


瞬間的に振り替えると突然周囲の色が無くなり、わたしは足元に魔力を感知する。

視線を足元へ送ると無色の魔方陣を左足が踏んでいた。

地雷式の魔術で今の所攻撃的な性能はない。周囲の色が無くなり音も遠くなり身体は指先しか動かない。

これは...術者がルールを決めて発動できる術式魔術。

恐らくルールは隔離や捕獲、孤立と言った所だろうか。

ルール内容で消費魔力と術者への負担が変わる術式...誰が術者だ。


「周りはもうエミリオの存在を認識できない。この術者のルールは対象の停止と強制ハイディング」


使い方が上手い。

術式で攻撃的なルールを組み込めば消費魔力増加の他に、破られた時術者はダメージを受ける。しかし今の様な拘束隠蔽ならば破られても術者はダメージを受けない。攻撃系のルールがない術式の有能な点はトラップの様に術式を隠蔽...ハイディング状態で設置できる。これは集中力を高めた状態でなければまず看破リビールできない。


やられた。


停止状態のわたしの横を何の違和感も感じず通りすぎるフェアリーパンプキン+を横眼で見送る。

首も動かない。指先が数ミリと眼球がギリギリ動かせるレベルの拘束。術者の魔力感知もうまく出来ない。


「場所を移動する。妙な動きを見せた時点で殺すから言う事聞いてね」


再び届く声にわたしは我慢出来ず自分の魔力をこの術式にぶつけて破壊しようと試みる。


「ここで殺すよ?」


相手は人間ではない。

わたしの魔力の動き、魔術ではなく魔力だけの動きを素早く感知する存在...わたしを知る者...あの悪魔か。


「5秒後に術式を解除と同時に1歩前に空間魔法を発動するから素早く入って。断っても殺す、逃げても殺す、喋っても...言う事聞かなきゃ殺す」


殺す殺すってやっぱあの悪魔は頭がバグっていたのか。

挨拶しに来ただけで帰った時点で謎だったが、コイツの存在はもう理解できない。

しかし...嘘だとしても下手な動きをすればわたしだけではなく周りにいる者も被害を受けるだろう。

ここは言う通りに動くしかない。


術式が解除され1歩前の地面に空間魔法が展開されたのを確認し、わたしは飛び込んだ。



「...暗っ、どこだよここ」



到着した場所は光どころか窓もない埃っぽい空間。

辺りを見渡していると、ボッと音をたて複数の松明に火が灯る。前に潜ったダンジョンの様な面白味のない風景が広がる。



「エミリオ」


わたしに命令していた声が響き、気配を全身で感じる。声を出した事によりハイディングが解けたのだろう。


「バナナ...だっけ?名前」


そう言い返し振り向き、わたしは思った。

これは詰んだ と。


3人のフードローブがわたしを見てそこにいる。湿り渇いた様なフードローブは...レッドキャップが愛用している装備品で間違いない。あの3人はレッドキャップのメンバーという事だ。


「顔見せろよなー。言っとくけどそのローブだっせーよ?」


「おいおい!この状況でそんな事言えるとは...いいねぇ!痺れるじゃねぇか!」


瓦礫の様な岩に座っていたフードローブがテンション高めで喋るとスラリと立っていたフードローブが続ける。


「俺も久しぶりなんだよな...、お久し振りです。港ではどうも」


突然口調を変え、フードを外す男。港ではどうも。と言った言葉がなければ思い出せなかっただろう。コイツはノムーポートでセッカと一緒にいた羊のシツジ。

キューレからレッドキャップメンバーだろう。と言われていたが本当にそうだったとは。さすがキューレだ。


「俺も痺れる挨拶しようか?」


そう言いテンション高いヤツはゆっくり腰を上げ、消えた。


「ベル!」


「なんだよ...痺れる挨拶してやろうと思ったのに」


悪魔の女が男の名を呼ぶと男はわたしの後ろから声を出した。まばたきもしていないのに...ベルと呼ばれる男の動きが見えなかった。

そして、悪魔が止めていなければわたしは死んでいた。

首へあと数センチの距離まで迫っていた刃が松明の光で不気味に輝く。チリッと音を鳴らし武器を引き、わたしの横を警戒せず通過する長身の男。背に装備されている鞘へ武器を納刀しわざとらしい溜め息を吐き出した。見た目にカタナ感は無いが、プーが使っている長刀と思われる武器を背負う男がベル。


ジリッと足を動かしフードローブを装備解除し姿を見せた悪魔は赤い眼を揺らし笑う。


「必要になったから魔女の魂貰いにきたよ」


相手は3人、しかもレッドキャップ...わたしは1人、しかも武器はフォンポーチの中。

今いる場所もハッキリ解らない。



もう1度言おう。



これは詰んだ。







「やるのぉーお前さん達!」


年寄り染みた口調の情報屋がフェアリーパンプキン+へ挨拶をする。続く様に周りにいる者達が、おつかれ と声をかけると周囲の人々がざわつく。

圧倒的な試合を見せたフェアリーパンプキン+が1階のロビーにいる、会話相手がチーム芸術家と皇位情報屋のキューレ、そして召喚術を使った女の子ラミーと大剣を装備した謎の猫人族。

観客だけではなく冒険者達から見てもこのメンバーはそれなりにオーラを持つ様で驚き声がざわつく。

そこで更に合流する星座達にざわつきが歓声へと変わる。


魅狐プンプンと山羊座カプリは「どうもー」と言い周りの者達へ笑顔で手をふり答える。ワタポは照れ笑い、ひぃたろはツーンとした表情を浮かべるも頬がほんのりピンク色に染まる。

ほぼ無名だった3人は一瞬でその名を高め、周りの者達は応援だけではなく僻む者、敵視する者も現れた。

フェアリーパンプキンが3人で全員女だった!と噂も広まり、ワタポは少々複雑な気持ちを抱いている。自分はギルドメンバーではない、しかしここで否定すると更なる質問が津波の様に迫り来るのではないかと。

そう思っているとひぃたろがワタポへ声をかける。



「ギルド入らない?クゥもね」


「いいねー!入ろ入ろ!」


ひぃたろとプンプン、マスターとサブマスターが直々に勧誘してくれた。断る理由もないし、この2人が人間ではない事も知っている。なにより2人と一緒は楽しい。

ワタポはすぐに頷き、ギルド フェアリーパンプキンへ加入した。


「うむうむ、そんじゃお前さん達の情報を求めるヤツがおったらメンバーは3人と答えてええんじゃの?」


キューレの言葉にプンプンが嬉しそうに頷くが、ひぃたろは慌ててプンプンの首を止める。プンプンの今の返事はどうぞ情報を売りさばいてください。と言う様なものだ。ひぃたろは素早くキューレを見るも、遅かった。この瞬間からキューレの中にフェアリーパンプキンという商品が生まれ、その商品を売られたくなければ買い取るしかない。

しかしその商品を他に求める者が現れれば、商品価格が上がり、ただお金を搾りとられるだけに。エミリオが前に「キューレと付き合うなら覚悟しなきゃ破産するよ」と言っていた意味をひぃたろは今まさに知った。


「てか...エミリオは?」


存在を忘れ去られていた魔女エミリオだったがキューレとプンプンのやり取りに乱入したひぃたろは思い出し周囲を見るも、姿がない。


「一番最初に会いに来そうなのにね」


ワタポはキョロキョロと見渡し呟くとすぐにるーが言う。


「んにゃ、一番最初にぃ走っていったニャ」


「腹でも壊してるんじゃろ。試合観戦中に色々食べとったからのぉ」


会話を聞き笑いつつワタポはフォンを取り出しフレンドリストを開く。これと言った用件もないが妙に気になり通話機能を使うと、通信が繋がる前に途切れた。


「...あれ?」


間違えて自分が通話機能を終了してしまった。そう思いもう一度挑戦するも結果は同じ。


「どうした?」


音楽家ユカはワタポの様子を見て声をかけ、通話の件を知りすぐメッセージを立ち上げ送信...するも送信失敗の文字が画面に表示される。

これは何かある。そう思った音楽家はキューレへ画面を見せ、質問する。


「キューレ、この場合考えられる事は?」


「んん~、色々あるが可能性が最も高いのは」


「待て」

「待つニャ」

「しーっ」



キューレが、可能性が最も高い原因をクチにしようとした時、獅子座、猫人族、魅狐が話を止めさせる様に同時に割り込む。

ひぃたろとワタポはその行動に何かを察知したのか無理矢理話題を変更する。


「それで、その子は?」


「そうそう!ワタシも気になってた!」


初見のラミーへと話題を切り替え話しているとプンプンが無理矢理行動を始める。


「ボクお腹減ったかも!そうだ!ひぃちゃん何か作ってよ!みんなもボク達の宿おいで!ささ!」


オーバーアクションでお腹をポンポン叩き言うプンプンへ乗っかる様にるーが続く。


「ニャー!俺も腹へって煮干しみたいにぃげっそりしそうだニャ!」


猫と狐が獅子へ視線を送る。


「お、その、あだだだだだ!急に腹が痛くなってきやがった!このままじゃ死んじまう!」


「にゃ...それはダメにゃろ。それは医務室直行コースになるニャ」



何かよく解らないがここから離れたい。と言う事は理解出来たメンバーはひとまず適当な会話をしつつ会場から外へでる。周囲を気にしていた仕草はないが、狐、猫、獅子が今度も同時に もう大丈夫 と言った。


「うむ...ひとまず宿へ行こうかのぉ。話はそれから聞くのじゃ」


キューレナビで宿屋へ向かう。

出場者には宿が与えられ、赤の宿[フレアヴォル]、青の宿[アストール]、黄の宿[マーウェズ]、緑の宿[オルグル]と色と名前で別けられている。

到着した宿は緑の宿オルグル。


「へぇ、エミリオ達はオルグルなんだ」


ビビが建物を見て言うもすぐにキューレが「違うのじゃ」と言う。ひぃたろも「私達も違う」と付け足す。ビビ達のチームも星座も緑、オルグルではないらしく妙な空気に。


「何かあって移動したかったんじゃろ?一応ウチもお前さん達が待てと言った瞬間からリビール感知全開にしとるが引っ掛からん。が、ハイレベルのトレーサーが付いてた面倒じゃし一応別の宿を選んだのじゃ」


トレーサー、追跡。

何者かがキューレのリビール網を掻い潜り追跡し続けていた場合、宿がバレれば夜襲される恐れもある。その危険を回避する為に緑、オルグルの宿を選択した。キューレに案内されるまま宿へ入り進み、部屋をノックする。出迎えた者の顔を見て数人が、なるほど!と呟く。

部屋主への挨拶を軽く済ませズカズカと中へ入り自由に、楽にするメンバーを見て部屋主が声を出す。


「貴様ら!自分家か!」


アロハシャツを靡かせ似合わないサングラスを装備する参加者アスラン。

キューレが選んだ部屋はチームアロハズが宿泊する宿だった。

なぜここに訪れたのかをキューレが簡単に話すとアスラン、烈風、ジュジュは頷く。


「それはいい判断だ。さすが情報屋だ!」


と、ジュジュ。


「寝落ち襲撃は勘弁してほしいな」


と、烈風。


「で、恨みも買ってない相手から命狙われるのは俺達か」


と、アスラン。


アスランの言葉に全員が、初見のラミーと星座も空気を読んだのか雰囲気で理解したのか、うんうん。と頷く。


「最低なヤツらやな!で、何があったん?面白そうな話しやったら俺様が手を貸さん事もない」


と、言うアスランは置いといてキューレはプンプン達へ理由を聞く。あの場で何を感じたのか。


「うーん...何て言えばいいのかな、ボクあの街襲撃事件あったじゃん?あの日から色々感知出来る様になったんだよね」


魅狐のプンプンが言う街襲撃事件は言い換えればプンプンが狐化して暴れた日だ。魅狐の耳は耳と同じ機能を持たない。周囲を敏感に感知する器官。短時間でも狐モード、それも尻尾を5本も出していたプンプンはその感知能力と雷を操る力が多少なりとも通常時に残ったと考えられる。


「俺はただ嫌な視線を感じたから移動したかっただけだ」


獅子座リーオウは嫌な視線を感じた。と言う。ここでるーが、猫人族がクチを開く。


「嫌って言うより...殺気だニャ!粘りつく様にゃ気持ち悪い感じの...ヤバイモンスターでも持たにゃい殺気をさっき感じたニャ」


「やるな。殺気をさっき...さすがエミリオのチーム」


ビビがやられた!と悔しみの表情を浮かべるーのセンスを評価するも、るーはたまたまだ!と言いそのセンス評価を嫌がる。


「まぁあれだけの試合見せられたら敵視するヤツも出てくるやろ」


アスランが言った通り、先程の試合は全冒険者が注目していたので敵意を持った者も少なくない。


全員が唸る中、音楽家ユカはこの短時間で三杯目のアイスコーヒーを楽しみつつキューレへ続きを聞く。


「さっきのエミリオの事だけど、考えられる可能性は?」


「おぉ、そうじゃったのぉ。考えられると言うか、これしか無いと思うのじゃが...エミリオに通話もメッセも届かない。こりゃ十中八九ダンジョンに潜っとるのあのバカ」


全員が驚いた。

いや、呆れた。

闘技大会の為に訪れた大陸で、自分のチーム名がいつケロッチに呼ばれるか解らない中で、ダンジョンへ潜る。

アホかバカかエミリオくらいしかやらない行動だと全員が呆れた。


「無視じゃろ無視、勝手に突っ走って勝手にダンジョンへ向かったのはあのアホじゃ!ウチらの出番が来た場合はウチとるーが何とかすればいいだけじゃ。あのアホには1vも分けてやらん!」



怒るキューレを落ち着かせる者、ダンジョンという言葉に眼を輝かせ、購入していたマップデータで噂のダンジョンを探す者、装備やスキルの話をする者、爪を磨ぐ猫...アスラン達の部屋は賑やかになった。






素敵。

非常にすぐれていて、印象がいいこと。すばらしいこと。心引かれるさま。



クチを歪め粘りつく様な視線を送る。

底から沸き上がる言葉に出来ない欲を抑える事も出来ず身を震えさせただ視線を送る。



絶対に欲しい。



あのお人形。



「モモ、カ。あ、の子の、死体、持って、きて」


「あの女の子?...あ!そっかぁー!あの子から人形を作れば召喚術が使えるモモカが産まれるね!」


「私、は魔、女の、瞳、を奪、いにい、くわ」


魔女の瞳。この言葉にもヨダレが湧き出る。


「おっけー!それじゃモモカ少し使っていい?」


「オリジ、ナルは、ダメ。悪、魔は、私、が使、う。それ、以、外な、ら、いい、わ」


「おっけー!それじゃゲットしたらモモカ達に伝えるね!」







人間を、生き物をアイテム、素材としか思っていない2人の会話が終わる。







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