第10話「異世界にて妹と再会?」

「天士様! こちら私たちの国の料理の火蜥蜴の串焼きになります! よければお味見いたしませんか?」


「い、いや、いまはそんなにお腹減ってないから大丈夫かな」


「それではこちらのお飲み物はいかがですか! ジュエルゼリーのジュースでストローもふたつ用意しているのですが、いかかですか?!」


「お、お気遣いなくミーティア様。喉もそこまで乾いていませんから」


「む~」


「ど、どうかしましたか?」


「様付じゃなく、ミーティアって呼び捨てにしてください」


「……み、ミーティア」


「はい! 天士様!」


 現在オレはミーティアに連れられるまま城下町を歩いていた。

 先程から何度もミーティアに食べ物や飲み物を勧められて、正直かなりお腹は満腹だった。


 あれから二日。人族の勝利によって獣人族に奪われていたという鉱脈を取り戻した人族の国は活気に満ち溢れていた。

 中でも最初にこの世界で見た表通りの活気は前よりも生き生きとしており、時折道を歩くたび様々な人族の方がオレに声をかけてくれる。


「天士様! この間の大会、特等席で見てましたよ! いやー、すごかったですよ! あの獣人族をたった一人で蹴散らす独走っぷり! まさに圧巻でした! ぜひ今度うちの料理も食べに来てください! 天士様でしたらお代はいりませんから!」


「天士様! 先日は荷物運びを手伝っていただきありがとうございます! いやー、まさかたった一人で発泡岩をあんな次々と運んでいくとは、天士様の剛力無双はまさに天下一ですよ!」


「天士様! 今日は王女様とデートですか! いやー、我らが人族の救世主様と国の王女殿下、美男美女でお似合いですな~!」


「なっ、か、からかわないでください! こ、これは天士様に城下町を案内するために同行しているだけで、そんな決してでででデートなんて浮ついた気持ちは……」


「あー! 王女様と天士様だー! 王女様王女様! この前言っていた天士様とのデートってやっぱり今日だったんだねー! ひゅーひゅー!」


「こ、こらー! 大人をからかうんじゃありませんー!」


 そう言ってオレ達の周囲に群がっていた子供たちを追いかけようとするミーティアだったが、その足を滑らせ、コケる寸前にオレがミーティアの体を支える。


「おっと、大丈夫ですか? ミーティア」


「だ、だだだだ、大丈夫、です」


 オレの腕に抱かれた状態で、顔を真っ赤にしてうろたえるミーティア。

 いつしかこうした彼女の仕草も日常的となってしまい、気づくとオレの頬はほころんでいた。


 この世界の人間は皆、運動能力が地球人に比べると格段に低いのだが、ミーティアはその中でも特に運動音痴らしく、よくこうして何もないところで転ぶことが多く、その度にオレが彼女の支えとなることが多かった。


 つい先日も通路を歩いていた彼女がオレの方へと倒れ込んできて、そのまま支えようとしたら、オレもバランスを崩して彼女に押し倒されるような形になったこともあった。

 なお、その際、オレの手が彼女のその……胸を掴んでしまったのだが、その際の彼女のセリフが、


「つ、掴ませたのです!!」


 と、よく分からないことを言って、なぜかその後、更にオレに胸を押し付けてきたので、慌てて飛び退いた。


 そんなことを思い出しながら、思わずオレは顔を赤くしながら、ミーティアの体から手を離すが、その瞬間、何者かがオレの背中にぶつかってきた。


「……きゃっ!」


 それは女性の声だった。

 おそらく向こうは走っていたのだろう、振り向くとそこには尻餅をついて倒れている女の子の姿があった。


「あ、すみません。大丈夫ですか……?」


 と、その人物に手を差し伸べようとした瞬間、オレは思わず全身が固まった。

 なぜならそこに倒れている金の髪をした少女の顔はオレが知るある人物にそっくりだったのだから。


祈里いのり……なのか?」


 それはオレの妹である祈里そのものであった。

 だが、当の祈里と呼ばれた少女はキョトンとした顔のままこちらを見返している。


「祈里、どうしてお前がここに? もしかしてお前も異世界に転移してきたのか?!」


「……え、えっと」


 オレがそう立て続けに質問するも、当の祈里はなにがなんだかという様子で困惑している。

 そこでオレは祈里の姿をよく見ると、そこにおかしな違和感を見つける。

 それは彼女の服装がいつもの学生服や私服とは全く異なるまさにファンタジーのような服装であったからだ。

 軽装を重視した半袖半ズボンの衣装はまるで狩人のような出で立ちであり、その首には鋼鉄の首輪のようなものがはめられており異質感を放っていた。

 だが、なによりも違う点は耳。

 そう、そこには『エルフ耳』とでも呼ぶべき横に長い耳が生えていたのだ。


「……もしかして、祈里じゃないのか?」


 オレがそう改めて問いただそうとした瞬間。


「よう、やっと見つけたぜ。奴隷ちゃんよ」


 その声に後ろを振り向くと、そこには2mを越す全身赤い肌の角を生やした強面の男たちが数人オレ達を取り囲むように立っていた。


「お、おい、あいつらって鬼族じゃないか?」


「ああ、しかもあの肌、オーガ族だ。なんで連中がここに……」


 ざわざわと周囲の人たちがざわめきオーガと呼ばれたその種族を恐るように見ている。

 なるほど、鬼族、オーガか。

 オレもいくつかRPGをしたことがあるので、オーガについては多少の知識はあったし、その外見からどのような種族かも大方の見当は付いた。


「すまねぇな、人族の兄ちゃん。俺らは別にアンタら人族に迷惑をかける気はないんだよ。ただそこの奴隷を回収しにきただけだからよ」


 そう言ってオレの背後に怯えるように隠れている祈里そっくりの少女を指す。

 祈里そっくりの少女は、このオーガ連中が現れた際、怯えるようにオレの背後にしがみつき、そのまま震えていた。


「ほら、さっさと来いよ。もうお前は俺たちの所有物なんだからよ」


 そう言ってオーガの腕がオレの背後にて怯える少女の体に伸びた際、それを見て必死に目を瞑った少女いのりの姿にオレは思わず行動を起こしていた。


「ちょっと待ってくれ」


 気づくとそのオーガの手を振り払うようにオレの手が伸びていた。

 自分の伸ばした手がはじかれたことに二重の意味で驚いたのだろう、そのオーガはぽかんとした表情でオレとその少女を見比べていた。


「事情はよくわからないのですが、人を奴隷だの所有物だの言うような人たちに背中でおびえているこの子を素直に渡す気になれません」


 オレのその台詞にそれまで背中で怯えていたはずの少女の震えがわずかに収まり、背中越しからオレを見上げるような視線を感じていた。


「まずどういう事情か話してもらえませんか?」


「人族が……てめえには関係ないだろう! すっこんでろ!」


 そう言ってなおも強引にオレの背中の少女を奪おうと襲いかかるオーガ。

 その動きは先日試合で見た獣人族のそれよりもなお遅い。

 だが彼らオーガ族の真価はスピードではなくパワーにあるのだろう。

 事実、その手がオレの腕を掴んだ瞬間「勝った」とばかりに笑みを浮かべる。

 それを見て周囲の人たちやミーティアまで慌てるように叫ぶ。


「天士様! 急いで離れてください!」


「もうおせえよ! オレ達オーガ族の握力は素手で発泡岩を変形させるほどの握力だ! さあ、後ろのその娘を渡せ! でなくばお前の腕、下手したら折れちまうぞ!」


 そう言って渾身の力を込めて腕を握るが――全く表情を変えないオレに対し、握ったオーガの方が焦るように冷や汗を流していく。


「く、くそ! て、てめえ! まだ根を上げないのか! い、いいのか! これ以上本気でやったらマジで折れるぞ! 本気で痕が残るぞ! いいのか? マジでいいのかよ?!」


 そう言って気づくと両手でオレの腕を握って「うおおおおおおおおお!!!」とか叫んで握り締めているが、正直に言おう。ちょっと腕の血管が止まってるくらいで痛いとは程遠い。


 やがて向こうの方が根を上げたのか「ぜーぜー」言ってその場に倒れ出す。

 そのオーガに対し、今度はオレが彼の腕を握り、軽くその腕を締める。


「?!!! いででででええええええええええ!!!!」


 するとこれまた大仰すぎるだろうリアクションのまま、さっきの雄叫び以上の叫び声を上げる。

 それには周りのオーガ達も驚き、困惑するようにうろたえていた。


「で、話してもらえますか?」


 この世界では争いごとは禁じられているが、それはおそらく生死をかけるような死闘に関してなのだろう。

 それが証拠に先ほどのオーガのような行為や、今オレが仕返しとしてやってる行為には周囲も特にお咎めはない。

 喧嘩程度ならば問題ないということなのだろう。確かに喧嘩にまで神々の仲裁や厳罰が下るのでは神様の方が持たないというものだ。


「わ、わかった! 話す! 話す! だからやめてくれ! 折れる! マジで折れるから!!」


 その言葉に頷きオレは素直に手を離す。

 正直、オレからすると軽く力を入れて握った程度なのだが、それでも向こうからするとありえない握力だったようで、ここまで来るとむしろ逆に加減の方が難しいような気がしてくる。

 今度時間のある時にこの世界の標準を知って手加減する練習でもしておこうか。


「そいつはオレ達オーガ族とエルフ族との勝負の景品なんだ! オレ達オーガ族は正当な勝負でそいつらに勝利した。だからそいつを俺らの奴隷として所有する権利がある。どうだ、納得したか?!」


 そのオーガの言葉に背後のエルフの少女も静かに頷く。

 なるほど、この世界の勝負によって賭けられるものはなにも土地や鉱脈だけじゃない、人そのものも商品のように賭けられるということか。


「……天士様、悔しいですがあちらのオーガ族の主張は間違っていません。この世界ではスポーツ勝負による勝敗は正当なものとされています。ですので、その少女は紛れもなくあちらの物ということに」


 そう言ってオレに耳打ちをしてくれるミーティアだが、彼女の表情もまた暗く芯の部分では納得していないのだが伝わった。

 確かに、この世界のルールに従うのなら背中で怯える彼女を彼らに渡すべきなのだろう。

 だが、他人の空似とは言え妹に似た少女を黙ってこのまま渡すのはオレの人としての本能が許さなかった。


「なら、ひとつ提案があるんだがいいか?」


「提案? なんだ」


「この子をかけてオレと勝負しないか。そちらが指定するスポーツならなんでも構わない。条件も任せる。オレが勝てばこの子をもらう。もしオレが負けたらオレの身をアンタらの好きにしていいぜ」


 オレのその発言に、この場にいた全ての人間が驚愕をするが、中でも一番驚いていたのはオレの背後でオレの背中に掴まったままの少女であったことが、触れ合う肌から直に感じられた。

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