第5話 大いなる誤解は落伍者と美女と共に
男の顔が見えてきた。
虚ろな目でボロボロのTシャツからは痩せこけた腕が伸び、ダメージジーンズと言うか、普通のジーンズが破れ放題と言う感じのものを穿き……何より歯と歯茎がガタガタでグロテスクな口が印象的な中年だった。心なしか悪臭もする。
……浮浪者か何かか?
僕は警戒し後ずさりした。
「な、何ですか……?」
僕は恐る恐る男に尋ねる。
「ナニってアンさん、他にあるめえ……持ってんだろ? なあっ、持ってんだろォ?」
「エッ」
持っている? 一体、何を――――
「なアッ! あるんだロぉ!? 頼むッ! 売ってくれ! 売ってくれったらァァァー!」
「うわああああーッ!?」
男は突然錯乱し、僕にしがみついてきた!
「アレを――――ヤクをクレぇーっ! くれよおおおおおおーっ!!」
「ヤクウウウウウゥ!?」
物凄いテンションで喚いているのに、男の目は酷く虚ろだ。
間違いない。
この男は麻薬常習者だ! 既に廃人の一歩手前だ!
「ぐろロググロしパチあっ、アッ、明けましておめでとうございますッ! あけましてございますッ! ヒエッ、姫! 姫! 姫! ありがとうありがとうありがとうごじいましたァァァーっ! 赤い水のみでぇーん!ありがとうのみでええーん!ありがとう殺し殺してありがとうございます死んでしまったァァァァァァ!!」
「ひいいいいいい!!」
否。もしかしたらもうとっくにアッチの世界にトリップしているのかもしれない。男は意味不明なことを叫びながら踊り狂う…………。
「――アッ! いたぞー! 謙三の野郎だ!」
そこへ、何やら屈強な体格で黒いスーツを着た二人の男が路地裏の奥から声を上げ、駆け寄ってくる。
「……た、助かった……この人を保護してください! 絡まれてるんです!」
きっと警察の人だろう。麻薬常習犯のこの廃人寸前の男を追ってきたようだ。
僕はホッと胸を撫で下ろす。
良かった。このタイミングで人が来てくれて……もしこの状況でこの場に現れるとしたら、きっとサツの人か――――
「ンゴらああああッ! テメエもコイツにヤク売ってやがったのかァァァー! 何処の組のモンだゴラァああ! 俺らのシマに来るなんざ鉄砲玉かーっ」
「きっとスジの人だったアアアアアアーッッ!!」
カタギの味方ではなく、ソッチの方だった!
僕は懸命に弁解しようと両手を上げたが――――
「アァン!? 野郎、ヤッパもチャカも無しに俺らをシメる気か!?」
「ぬうっ! 舐め腐りやがってダボがアーッ! こっちゃライフルも防弾チョッキもあんだよゴラァッ!!」
だ、駄目だ! まるで聞く耳を持たない!
「や、やめ、ヒィィイイアアアアアア」
僕は堪らず外へ逃げ出した。当然、893たちは追ってくる。
「待てやアアアアアア!!」
「死に晒せエエエエエ!!」
「違うんだあああああ!!」
人混みを掻き分けて逃げる僕。
893たちは容赦なく銃撃しながら追いかけてくる! 当然、行き違う人々は巻き添えを食う――――いや、僕だって巻き添えなんだけど!
「イヤあああああンンンン!? 助けてホオオオオオンッ!?」
恐怖のあまりか、何故か僕はオネエ系のようなイントネーションで叫び声を上げ、泣き泣き逃げ続けた…………。
――――
――――――――
――――――――――――
「ぜエッ、ぜエッ、ぜエッ……」
しばらく逃げ続け、僕は地下駐車場に身を隠した。
本当は交番とか公民館とか、然るべき対処をしてくれそうなところに行きたいところだが、とてもそんな余裕は無かった…………。
「……なっ……んで……こんなことに…………グスッ」
恐怖と予想もしない出来事に、涙を流す僕。
当然だ。
何の因果でただでさえゴツい見た目の高校生がスジの人と間違われるようなヘアースタイルと顔面にカットされなきゃなれないんだ。
何の因果でそのまま薬中の男に絡まれて誤解され、スジの人たちに追い回されなきゃならないんだ。前世か? 前世の行ないがそんなに粗悪だったのか? 前世の僕は某国の独裁者のように大量虐殺でも武装親衛隊に命じたのか? 姓名運か? 災いを呼ぶような不吉な名前なのか? 荒川光。何がそんなに僕を不幸のドン底に突き落としたんだ…………。
異常な展開に僕は頭(ソリの入ったスポーツ刈り)を抱えて苦悩する。メンタルは徐々に正気を失い、よく分からない運勢やら占いやらを考えて震える。
こんな……こんな時……せめて、味方が欲しい。
状況を共有し、慰めてくれるような人が……いるわけないよね。こんな恐ろしい出来事に一緒に巻き込まれる人なんか――――
「――――あらァン♡ アナタ、困ってるのぉ?」
「グスッ……ふええ?」
突如、人気がしないはずの地下駐車場に女の人の声が響いた。
辺りを見渡すと――――そこには露出度の激しい派手な格好をした、超グラマラスでセクシーなお姉さんが立っていた――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます