始まりのエリュシオーネ.06

《ナヴァーノ大尉……クリスチャーノ=ナヴァーノ大尉、敵はまだ姿を現しませんか?》


 周囲をぐるりと三百六十度囲む、フルスクリーンの球形コクピット。その中心点に固定されたクリスチャーノ=ナヴァーノは、今日何度目かの戦況報告をオペレーターへ行った。敵影無し、現状維持に努める……そう短く応えて彼は口をつぐむ。

 コクピットの広さに反して、パイロットである自分は身動き一つするにも不自由する有様で。その特性上、彼が搭乗するリヴァイウス共和国軍の認定戦争用地球人類心証良好兵器にんていせんそうようちきゅうじんるいしんしょうりょうこうへいきは、複雑な操縦系統を有する為……パイロットは雑多なコンソール群になかば拘束状態だった。


「しかしこれは……ナンセンスだ」


 クリスチャーノは一人つぶやき、周囲を囲むパネルの一つを操作。地球の放送電波を拾うべく周波数を探した。同時にヘルメットのバイザーを開けて、慣れたつもりの息苦しさに思わず指を首元へ差し込む。

 ナンセンス……正しくナンセンスだとクリスチャーノは、繰り返す。優秀な軍人として、過去に何度も共和国の国益の為に。銀河連盟ぎんがれんめい戦争管理局せんそうかんりきょくが指定した様々な認定戦争の、その都度つど変わる協約を遵守じゅんしゅして戦果を上げてきたが。今回の戦争で彼は、その勝利条件故に投入された自分の乗機に、その存在自体に強い反感を抱いていた。


《御覧下さい!あれはそう……正しく、巨大なロボットと申しましょうか!巨大なロボットが突如空から現れました……》


 そう、地球の放送が言う通り。クリスチャーノが駆るのは人型を模した、全長五十メートルにも及ぶ巨大機動兵器。今回の認定戦争の勝利条件到達に最も有利とされる兵器は、人型の巨大ロボットだと軍の上層部は判断したのだ。


《巨大なロボットは左手に盾でしょうか?大きな盾を携えております。そしてあっ!右手のは銃でしょうか?ライフルらしき物を》

「今回の勝利条件を鑑みれば、特殊な兵器の運用は想定していたが」


 現在、リヴァイウス共和国軍は辺境宇宙の太陽系第三惑星を、完全に消滅させるべく作戦行動中である。その明確な理由は末端のクリスチャーノには、全く知らされていなかったが。

 地球と呼ばれるこの星は、辺境の小国であるファフナント皇国領に位置する。故に両国は地球を巡って対立。話し合いは平行線に終わり、戦争は不可避と判断した銀河連盟の戦争管理局は、両国間の問題解決に際しての戦争行為を裁定、本日認定戦争は開戦した。

 認定戦争とは、戦争管理局が開戦から終戦、そして勝敗までも厳正に管理する、大宇宙の国家間の最もスタンダードな諸問題解決手段。これに従わぬ武力行使は、銀河連盟に加盟するあらゆる国家から糾弾きゅうだんされ、必ずや宇宙に居場所を失うだろう。認定戦争には明確な勝利条件と、そこに至る過程や手段を定めた協約が存在し、当事国はそれを遵守する義務を負う。


「しかし、これは正しくナンセンスだ!本国は、地球人は何を考えているのかっ!」


 思わず舌打ちを零すクリスチャーノ。その瞬間、コクピット内にアラートが響き、すぐさま彼は優秀な軍人の顔を取り戻した。

 見た目に反して兵器然とした反応の機体。その高性能さにだけは、好感を抱くクリスチャーノ。ナンセンスだがこの機体は、正しくリヴァイウス共和国の最新鋭兵器なのだ。


《大尉、地球人の航空兵器が接近中。交戦は許可出来ません》

「こちらでも確認している、伍長。協約違反になるからな……そうだろ伍長。名は?」

《はっ、ラプラ=リプラ伍長です。勇名を馳せるナヴァーノ大尉のお手伝いが出来て光栄であります》

「ありがとう、リプラ伍長。戦果を期待していてくれ」


 頭上へ地球人の航空兵器が、二機編隊で飛来した。すぐさまパネルを素早く操作し、機体の詳細なデータを読み取るクリスチャーノ。彼が今回の認定戦争で戦うのは、地球人では無い。この惑星を領地とし、リヴァイウス共和国の要求をかたくなに拒むファフナント皇国こそが戦争の相手。


「未開の星にしては高い技術力を持っているな。しかしまだまだ」

《ああっ、今!今、航空自衛隊が上空を通り過ぎました。内閣は先程、特別緊急対策本部を設置し……》


 嘗てクリスチャーノは、多くの認定戦争でエースパイロットとして戦闘機を駆った事もある。しかし今、彼を威嚇するように上空を旋回するこの星の戦闘機……それは彼が過去に愛機とした様々な協約に批准ひじゅんする形で生まれた翼の、どれよりも遥かに原始的だった。

 大気の壁を無視出来ぬその形状、火薬を用いた古めかしい武装。おまけに動力は、化石燃料を用いた内燃機関である。


《え、今入った情報によりますと、青森市長は先程自衛隊に対して、警備行動の要請を》

《大尉、地球の番組をお聞きですか?地球人類との接触は協約違反に当ります》

「これ位は構わないだろう?聞いてるだけさ。それよりリプラ伍長、少し良いかな」


 はあ、と曖昧な返事を返すオペレーターの声から、クリスチャーノは若い女性士官の姿を想像した。年の頃は二十を過ぎた辺りだろうか?言葉の節々には、まだ乙女の面影が感じられた。


「協約違反といえばこの馬鹿げた機体。皇国の戦略オブザーバーである地球人を拉致らちし、そこから得た情報に基く設計思想と聞くが」

《自分はその件に関しては認知しておりません。あくまで噂ですから》

「そう、噂だ。だが、もし本当ならそれこそ、重大な協約違反だと思わないかね?」

《皇国側からは当初、何度も厳しい抗議が寄せられたと聞きます。ただ、開戦直前には猛抗議もピタリと止んだと……皇国側の事実誤認だったのでしょうか》


 辺境の小国ファフナント皇国と、宇宙でも有数の超大国リヴァイウス共和国。両者には天と地程の物的な戦力差があった。

 それは戦争管理局がどんな協約を指定しても、埋めようが無い程に絶望的で。その為、戦争管理局は皇国に一つだけ有利な条件を協約にしるした。地球人の戦略オブザーバーの招聘しょうへいである。これは今回の勝利条件を加味すれば、とてつもなく大きなアドバンテージだった。


「いや、噂は事実だろう。リプラ伍長、今回の認定戦争における勝利条件を君は知っているか?」

《はっ、今回の認定戦争は地球人類がより進化し、外宇宙へ進出して銀河連盟に名を連ねる同胞と認められた瞬間に終戦。その時点でより良い心証を勝ち得た勢力を勝者とする。協約にはそうありますが、具体的には……》

「つまり、地球人に好かれる側が勝者、という事だ。そういう意味では共和国は非常に不利と言わざるを得ない」

《地球人から見ると、完全に我々は侵略者だからでありますか?》


 その問いに肯定こうていの言葉を返すクリスチャーノ。今更ながら勝利条件を改めて確認すれば、焦った軍上層部が強引な手段を取るのも頷けた。

 今回の認定戦争で、勝敗の鍵を握るのは地球人の心証。そう遠くない明日か、はたまたはるかなる未来か。地表をまだ未発達な文明で闊歩かっぽする地球人類が、宇宙の同胞として文明的にも精神的にも成長した時。共和国は地球を侵略した国家として、敗者の汚名を着せられる可能性が高かった。

 逆に皇国は地球を守る立場であるばかりか、地球人の心情や思考を理解するべく、戦略オブザーバーの招聘まで許可されている。


「つまり戦争管理局は、今回の両国の対立では共和国に非が有ると見ている」


 しかし頑なに地球消滅を主張し、共和国は開戦に踏み切った。多少の協約違反というリスクを犯してまで。

 地球を戦場に戦いながら、その舞台となる惑星の人類には好印象を抱かせる……そんな魔法の兵器を開発するべく、皇国の戦略オブザーバーの拉致までやってのけた結果が、今クリスチャーノを内包する巨大ロボットだった。


「しかし…これはナンセンスだ」

《は?何か仰いましたか?大尉》


 同じ地球人をサンプルにしている為、必然的に皇国側も同様の地球人類心証良好兵器を……即ち、人型の巨大ロボットで挑んで来るだろう。結果、人型機動兵器同士による有視界戦闘という、極めて非効率的な認定戦争が成立する事となったのだ。

 事情もわからず、自分達の母星が存亡の危機とも知らずに。地球人達は一方的に、自分達の住むこの地球上で、巨大ロボット同士の戦いを見せられる事になる。そんな時地球人達が、どちらに肩入れするか……それが両軍にとって、もっとも重視するべき最重要課題。


「何でもない、リプラ伍長。そうだな……君から見てどう思う?もし君の故郷で、私の駆るこの機体が、同様の相手とド突き合いを演じていたら」

「率直に言わせて戴ければ、迷惑極まりないです。ですが第三者の視点で見ても、きっとクリスチャーノ=ナヴァーノ大尉の勇猛にして果敢な奮戦には、誰もが心を打たれるでしょう」


 世辞ではなく本心だろうと、クリスチャーノは苦笑を零す。どうやら通信の向こう側にいる伍長は、軍でも有名なエースパイロットに尊敬の念を抱いてくれているようで。

 しかし本当の第三者ならばどうだろう、とクリスチャーノは思惟を巡らせる。無論、今までがそうであったように、この認定戦争でも彼は正々堂々と戦うつもりだが。

 そんな意思を体現する、己の今の愛機を改めて振り返るクリスチャーノ。その姿は太古の、甲冑を着込んだ騎士にも似て。大きく張り出した肩や、腰に下がるスカート。そして四肢を覆う装甲は、趣味的な意匠を感じてならない。極めつけは、デモンストレーションでも行うかのような、白を基調とした派手なトリコロールカラー。正しく全てがナンセンス。


《っと、たった今新しい情報が入ってきました!え?おいこれ……あ、はい!お伝えします》


 地球人の放送は相変わらず、慌しく状況を伝える。クリスチャーノの足元では、何の危機感も感じない者達が集まり始めて。それを規制するべく、この星の軍隊らしき組織が動き出していた。

 その統制された、しかしどこか実戦の緊張感を欠く動きをぼんやりと眺めながら。戦争の相手である皇国の登場を待ちつつ、少しだけ身をずらしてシートに沈むクリスチャーノ。


《え、青森市内に突如現れた巨大なロボットですが。え、これがどうやら、七年前に放送されたテレビアニメの……》


 これから地球の存亡を賭けた戦いが始まるとも知らずに。この星の人間達は皆、巨大な人型兵器を見上げては声をあげ、カメラを向けてシャッターを切る。どうやら軍の上層部が言う通り、巨大ロボットというものは地球人には特別な感情を抱かせる物なのかもしれない、と。クリスチャーノはぼんやりと、そんな事を考えていた。


《七年前放送された、超銃棄兵ちょうじゅうきへいガンダスターですね。この作中の主役ロボットに酷似こくじしているとの情報が寄せられました》


 自分でも何を言っているのか解らない、そんな様子でアナウンサーは繰り返した。

 自分の愛機が、アニメのロボットに酷似している。アニメとは、子供が見る娯楽映像だとクリスチャーノは思い出して。自分も夢中だった事を今も覚えていたが、それは幼い頃の話だった。

 だから彼は改めて、眼下の人間達へと、カメラをズームアップ。成程確かに、誰もが皆子供の様に無邪気で無防備に、自分の機体を見上げていた。


「リプラ伍長、この機体のコールサインはどうなっている?俺はコイツを何と呼べばいい」

《はい、その件は自分も困っております。何せ急な建造に加えて突然の開戦だった為、大尉の機体には名称がありません。量産型も同様で……》

「ではこれよりこの機体をガンダスターと呼称する。コールサインはガンダスター、設定と手続きを頼む」

《了解しました、大尉。あの、それは大尉の趣味ですか?》


 いいや、地球人の趣味さ、と呟いて。頭の後で腕を組もうとして、肘を補助モニタの一つにしたたかに打ちつけて。悶絶もんぜつしながらもクリスチャーノは繰り返し呟いた。ナンセンスだと。

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