第十五話 「それが本当のことならば」

二月の最初の週が始まってすぐ、面接に行っていたスーパーの店長さんから、採用を知らせる電話があった。

 正しいことをしていれば、道はきちんと開けるんだね。


 必要事項を打ち合わせるために、もう一度、面接を受けたスーパーに出向いた。

 三ヶ月の間は研修扱いで、その後本採用になるということや、勤務日数の確認。

 前回の、そう、コンビニの時での失敗も踏まえて、全部言われたことはメモにとったけど、「違算がでたら罰金」なんて一言もでなかった。

 加えて言うなら、時給は、二年間勤め続けたコンビニよりも、最初から高く設定されていた。

 こういう形で、自分のしてきたことが報われたのだと思ったら、なんだか嬉しかったよ。


 この日。

 再就職までの顛末を、多賀部さんに報告した。

 多賀部さんは、奥さんの「●●さん」発言には、さすがに呆れたらしく、


「『お前が犯罪者だろうが』って言わなかったの?」


 いきなりの鋭いつっこみに、思わず笑ってしまった。


「『法律に違反しているのはあなたですか? 私ですか?』

『嘘ついてるのはあなたですか? 私ですか?』

『何ら法律に違反していない人間を、法律に違反してるくせに犯罪者呼ばわりして、著しく侮辱し貶めているのは、あなたじゃないですか?』

って、自分なら言うね」


 この人がその場にいてくれたら、相当面白いことになっていたろうなと思う。


「悪いことしてるのは判ってますよ」という奥さんの言葉にも、


「『判ってるのに、なんで謝らないの?』」


 どうすれば即座にこう言う答えを思いつくのか、頭の中を覗いてみたいとしーなは常々思っている。



「『こじれた理由がなんだったか判ってますか?』

『金額がどうこうとかではなく、努力の方向が間違ってるからでしょう?』

『従業員と一緒に店を良くしていこうという考え方はもてないの?』

『従業員に信頼されないで、客に信頼されるわけがないでしょう?』」


 まさにまさに。

 しーなが言いたかったことをそのまま、言葉にしてくれた感じだった。


 話の流れで奥さんに、

「一匹狼を気取って好き勝手なことをやって、お店の協調性を乱している」

 と言われたことも、


「『経営が下手なのを従業員にしわ寄せしておいて、その言いぐさはなんですか』

『店の協調性を乱しているのは、オーナーその人でしょうが』

『同業者がみんなそんなことをやっているとでも、本気で思ってるんですか?』」


 次々と出てくる出てくる。


「『似たような立地条件の同規模の店舗で、もっとうまくやってるコンビニオーナーはいっぱいいますよ?』

『そもそも、人を雇うのに向いていませんよ?』

『産能大学の通信教育講座で、せめて企業財務の勉強でもしたらどうですか?』

『台所事情が苦しいのなら、姑息なことをしていないで、「みんなの時給を下げるけど我慢してくれ」とか正直に言えばいいでしょう?』

『僅かな不正で、今まで積み上げてきたものがすべて崩れ去ってしまった人が、世の中にどれだけいるか知らないんですか?』」



 それこそ、泉のごとくというのがぴったりなくらいの言葉の量で、最後には笑って、笑って。


 だけどこれは、しーながオーナー達とのやりとりで感じながらも、自分の中での思考が追いつかずに形になれずにいた事ばかりなのだと思う。

 それをはっきりと言葉にしてもらうことで、形の見えないままわだかまっていたものが、自分の外にどんどん押し出されて、気持ちが軽くなっていくのがわかった。

 だから。


「もういいんだ」


 心から思った。

 やるだけのことは、やったから。

 しーなが間違っていないことを、知っていてくれる人がいるから。


 もう、いいんだ。







 思えば。

 しーなが最初に、オーナー達の不正を話し始めた時。

 その非常識さに驚きつつも、かならず多賀部さんが付け足したのが、


「それが本当のことならね」


 という言葉だった。


 しーながこんな嘘をつく理由がないことは、多賀部さんも判っているはずだった。

 それなのに、どうしてそんなことを言うんだろう?

 しーなは不思議だったし、歯がゆくもあった。

 でも、それは、『人を動かすには、客観的な証拠と理論による裏付けが必要だ』ということを暗に教えてくれていたのだと、しーなは後になって気がついた。

 だから、証拠もきちんと集めたし、法律に関しても調べた。

 いろんな人の意見も聞いた。なるべく感情に流されないように、理論的に考えた。資料も作った。

 その上で、動いた。

 結果的に、オーナー達の非常識さが上回ってしまったけれど、多少思い違いをしている程度の人が相手なら、このやりかたで十分判ってもらえたと思う。


 しーなの一番大きな失敗は、オーナー達の人間性を過信して、最後まで常識的に対処しようとしたことだったんだ。

 どうしても言葉が通じない相手というのは、確かに世の中に存在するんだよね。



 でもいずれ。

 もっと大きなものが、違う形でオーナー達に、自分たちのしたことの結果を、見せるのだと思う。



 だから、もう、いいんだ。

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