第30話 逃家族
俺……気絶してた?
ゆっくりと重い瞼を開けていく。
光が眩しくて、自身の置かれている場所が何処か、判断するのに時間がかかる。
暫くして漸く眼が慣れ始め、綺麗な白い天井が眼に飛び込む。
これは、言わざるを得ない。
「見知らぬ、天井」
「起きて最初に言う言葉がそれ?」
すかさず誰かのツッコミが入る。
聞いた事のある、ハープの音色のような美しい声。
俺は声のした方に首を傾ける。
「え?黒木さん!?」
俺のすぐ側で、同級生の黒木碧さんが呆れた顔で俺を見ていた。
俺はどうやら、ソファーらしき所に寝かせられているようだ。
「何で、って、痛ぇっ!?」
起き上がろうとした処で、全身に激痛が走る。
黒木さんの顔を見た瞬間これは夢かと思ったが、駆け巡る痛みが現実だと教えてくれた。
「ああっ!まだ寝てなきゃダメよ。怪我はしてないみたいだけど、彼方此方赤く腫れ上がってるんだから」
そう言って黒木さんは、俺の肩を押して無理矢理寝かせようとする。
その時にフワリと香った黒木さんの臭いに頬を赤らめてしまった。
「おい、うちの娘に欲情すんな」
こちらも何処かで聞いた声。
というか、さっき聞いた声だな。
声の主の方へ視線を送ると、仮面や鎧は着ていないが体格を見ただけで直ぐに誰か分かるおっさんが、腕を組んでこちらを睨んでいた。
コランダムだ。
間違い無いな。
そして、間違いであってくれ。
さっき娘とか言わなかったか?
「もう、お父さん。失礼な事言わないで」
間違いじゃ無かったよ、お義父さん。
何という最悪の出会い。
俺、黒木さんの父君と一戦交えてしまったのかよ。
そう言えば、お義父さんの方は悪の組織の人だって黒木君から聞いてたっけ。
お義母さんとお義父さん、偶然にもお二人に会ってしまうとは、今日は数奇な巡り合わせの日だな。
運命を感じるぜ。
フォーチュンではなく、デスティニーの方ね。
そして最悪な事に、ここは間違い無く黒木さんの自宅だ。
昨日お邪魔した時は入らなかったけど、見覚えはある。
たぶん、ここはリビングルームだ。
恐らくコランダムが俺をここに連れて来たんだろう。
その意図は分からないけど、俺がイエローだって事を黒木さんに言ってたら拙いな。
「ごめんね、真黄君。お母さんが帰ってくれば医療用ナノマシンが使えるんだけど、今は湿布を貼るぐらいしか出来なくて」
黒木さんが申し訳無さそうに眼を細める。
あれ?バレてない?
コランダムの方に視線を向けると、口パクで「言ってないから安心しろ」と伝えてくれた。
さすがお義父様、さす義父ですね。
イエローの正体が俺だって知られたら、大変な事になるとこだった。
主に揉んでしまった件に関して。
ナイスフォローだよ、お義父さん。
それにしても、俺がイエローである事を伝えない意図も分からないし、何か企んでるのか?
「私が外出してた時にお父さんから連絡があって、戻って来てみれば真黄君が寝かされてたからビックリしたよ。お父さんに聞いても、拾って来たとしか言わないし。真黄君、何があったの?」
黒木さんの真剣な瞳に、俺は若干気圧される。
どう説明すればいいんだよ?下手な事言うと、俺がイエローだってバレちゃうし。
助けて、お義父様。
おいこら、目を逸らすなよ。
こんなとこに連れて来た責任とれ。
あっ、コランダムの奴、リビングから出て行きやがった。
黒木さんと二人きりなっちゃったじゃないか。
親公認でリビングに女の子と二人きり……。
何かドキドキして来たわ。
「ねぇ真黄君、聞いてる!?」
「え、あ、う、うん。聞いてるよ」
めっちゃ吃ってしまった。
俺、超怪しいじゃん。
「あっ、それより黒木君は?」
何となく話題を逸らしてみようと試みるが、
「琥珀は今関係無いでしょ?さぁ、何があったのか白状して」
何故か尋問されるような雰囲気に。
どうする?
黒木さんの真剣な瞳は黒い宝石のように輝き、俺の心を吸い寄せる妖しさを見せていた。
俺は横になったまま、その美しさに見惚れる。
この娘には全部話してしまっても良いんじゃないだろうか。
どうせ俺はヒーロー協会に所属してる訳でも無いし、黒木さんと敵対しようなんて意志も無い。
押し倒した事については一発殴られるぐらいで勘弁して貰えるだろう。
2回とも事故だし。
その後揉んでしまったのは本能だし。
いや、本能でしたとか言ったら、焼き討ちにされる可能性があるから、そこは黙っておこう。
某武将の様にはなりなくない。本能だけに。
俺は意を決して口を開く。
「実は……」
「真黄君、大丈夫!?その怪我、まさか姉さんが!?」
「ちょっと、何言ってるのよ。私は何もしてないわよ」
突然リビングに乱入した黒木君が、開口一番お姉さんに食ってかかる。
そして姉弟で、俺を無視して口喧嘩が始まってしまった。
何にせよ、黒木君が来た事で話が逸れたし、何も言わない方が良いっていう運命なのかな?
黒木姉弟の喧嘩を眺めながら微笑んでいると、
「真黄君、まだ説明してもらって無いわよ?」
鋭い指摘が飛んで来た。
見逃しては貰えないらしい。
ふははは、だが、今度はここに心強い味方がいるぞ。
俺は、すかさず黒木君へと助けを乞う視線を送る。
頼んだぞ!
「さ、さぁて。部屋に荷物置いて来なくちゃ」
黒木君、お前もか!?
ナノカ仲間に裏切られた。
黒木君は何故か、そそくさとリビングを後にする。
さっきまで口喧嘩してたんだから、そのノリで俺の味方してよ!
一体何が黒木君を退けたんだろう?
結局、また黒木さんと2人きりに。
黒髪の美少女へ視線を戻すと、最早ジト目を通り越して、その双眸は冷たく細められていた。
「ねぇ真黄君、何か隠してるの?それって私に知られちゃ拙い事?」
「あ……いや、その」
知られちゃ拙い事は、あるけどね。
さっきの覚悟はどこへやら、揉みしだいた事実を揉み消したい今日この頃です。
黒木さんの冷たい視線に気圧されて、俺は暫し沈黙するしか無かった。
だって、言っても地獄、言わなくても地獄だもの。
誰か助けて。
と、そこに救世主現る。
「あら、碧のお友達?えっ!?……えーと、初めまして、碧の母です」
女神降臨!
司令官殿!
お義母様!
「じゃあ、私、夕食の準備があるから」
待てーい!
なんで誰も俺を助けようとしないの?
まさか、黒木家最強は黒木さんなのか?
そんな危険な猛獣の前に置き去りにされるなんて、なんとか逃げ出す算段を立てねば。
そう思った処で、状況が変化する。
「あ、お母さん。彼に医療用ナノマシンを使ってあげて欲しいんだけど。怪我してる訳じゃないけど、彼方此方腫れ上がってるから」
黒木さんがお義母さんに医療用ナノマシンを使うようにお願いしてくれた。
さっきまでのやり取りは一先ず置いといてくれるみたいだ。
「ええ、分かったわ。ちょっと待ってね」
お義母さんは医療セットの中から小さなカプセルを一つ取り出した。
ナノマシンが入っている、飲み込むタイプの医療用カプセルだ。
特殊な免許を持っていないと使えないんだよな。
悪用されないように、免許を持ってる人にだけ使用コードが渡されて、サーバー認証しないと医療用ナノマシンは動作しないのだ。
医療用ナノマシンは、飲み込む前に症状に合わせてプログラムを組み込む。
そして、水と一緒に飲み込んで胃でカプセルが溶けると、血管を通って赤血球や白血球等に働きかけ、体の悪い部分を治してくれる。
重篤な病気はちゃんとした医療センターに行かなければならないけど、切り傷や打撲程度なら直ぐに治してしまえるんだ。
人によっては、二日酔い対策の為にわざわざ免許を取る人もいるとか。
医療機器を使わなければ行けない程酒を飲む気持ちは、未成年の俺には分からないな。
お義母さんが端末を叩いてプログラムを完成させると、カプセルを俺に渡してくれた。
「それを飲めば大丈夫だから。じゃあ」
だから、逃げんな!
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