第15話 生徒会室

 ピンクが俺に生ゴミを見るような視線を向けている間に、エメラルドは離脱しようと屋上の柵へ向かって駆け出した。

「ピンク、エメラルドが逃げようとしてるけど、追わなくていいの?」

「あんたを警察に突き出す方が先よ!」

 おかしいな?獣系ヒーローのように本能を覚醒させたら、ケダモノ扱いになってしまった。

 エメラルドは、ピンクが追う気を見せなかった御陰で問題無く俺達から距離を開ける。

 そして柵に足を掛けたところで、エメラルドは頬を桃色に染めて一度俺の方へ振り返った。

 それは一瞬だったが、彼女は息を呑む程美しく、俺は見つめ合う瞳の周りが火照るのを感じた。

 エメラルドは羞恥から復讐を誓おうと見ていたのかも知れないが、俺は完全に見惚れていた。

 普段見せない表情を見せられると、改めて好きになってしまうモノなんだな。

 既に振られてるけど。

 そんな娘を『オトコサーガ』の欲するままに揉みしだいてしまった。

 すげぇ柔らかかったよ。

 グッジョブ、オトコサーガ。

 そして柵を乗り越えたエメラルドは、地上10m以上の高さを飛び降りて逃げ去った。

「ほら、さっさと立って。さっきの爆発で人が来るかも知れないから、生徒会室に移動するわよ」

「痛、痛ぇって。今起き上がるから蹴るな!」

 ピンクが俺の尻にガスガスと何度も蹴りを入れる。

 紋章が壊れたらどうすんだよ!


 屋上伝いに生徒会室まで来てみると、中には誰も居なく閑散としていた。

春野レッドは居ないのか。屋上にも駆け付けなかったし、あの紋章の緊急信号ってレッドには届いて無かったのか?」

 黒木君も来なかったし、何か有ったんだろうか?

「紅貴はたぶん別の怪人を追ってたと思う」

「え?別の怪人?」

 なんで離れてたレッドが怪人を追ってたって解るんだろう?通信してる様子も無かったのに。

 冬間ピンクの言う事が本当なら、黒木君もそっちに行ってた可能性があるか。

 それにしても下の名前で呼ぶとか、冬間と春野の関係って……?

 そんな邪推をしていると、不意に入口の戸が勢い良く開けられた。

 入って来たのは生徒会長でありヒーローのレッド、春野紅貴。

「桃香と真黄君、そっちの怪人は?」

 入ってくるなり春野は、俺達に怪人について聞いてきた。

 春野の方も俺達が怪人と戦っていたのを知っていた口ぶりだ。

「自爆したわ。エメラルドには逃げられた」

「自爆か。新しいタイプの怪人だね」

 冬間と春野は何か通じ合ってて、疎外感が半端ないんだけど。

「春野、ちょっといいか?お前も別の怪人を追っていたの?」

「うん、この前逃がしたトカゲの怪人を追ってた。ブラックもそこに居たんだけど、非協力的で全く連携してくれなくて。彼が自分勝手に戦うせいで、隙を突かれてまた逃げられたよ」

 そうか、黒木君がこっちに来れなかったのは、別の怪人を見つけて戦っていたからか。

 そうすると黒木君は、駆け付けなかったのは俺の方だと思ってるかもな。

 後で、もう一体怪人が居たって説明しとこう。


「怪人が二体居たって事はどっちかが陽動か?それとも分断が目的か?」

「分からない。でも、今後は複数の敵を想定する事も考えた方がいいだろうね」

 俺の疑問に、春野は神妙な面持ちで応える。

 あの二体の怪人って、どっちも黒木さんが生成してる怪人なのかな?

 ナノマシンで物体を生成するには、紋章を持ってる人の生体エネルギーを使うんだろ?

 俺の紋章じゃキュービットみたいな原始的な形状を生成するのでも精一杯なのに、悪の組織の紋章はそんなに高性能なのか?

 OSのバージョンの違いなんだろうか?

 もし優秀なプログラマーが悪の側にいたら絶対勝てない気がする。

 そもそも怪人を生成出来る時点で、もう技術格差が大きすぎるけどな。

 正義のヒーロー達は、今迄どうやって戦って来たんだ?

 いや、その考え方は早計か。

 怪人を生成する場面を見ていないし、生体エネルギーを使わない何らかの方法で怪人が作られている可能性もある。

 黒木君は何か知ってるかな?

 通信では何処で誰に聞かれてるか分からないし、明日直接黒木君の家に行って色々聞いてみよう。

 決して黒木さんに会いたいから行くんじゃないぞ。


 俺があれこれ思考を巡らしてる間に、冬間が怪しい動きを見せる。

「一先ず、通報しなくちゃ」

「まてーい!」

「何よ、犯罪者?」

「いや、待って下さい。お願いします」

 俺は日本古来より伝わる奥義『DOGEZA』を躊躇う事無く発動した。

 プライド?美味そうだな、それ。バーガーとかに合いそう。

「土下座とかキモいわね。何か言い訳があるなら聞くけど?」

「押し倒したのはあの娘を爆発から守るためだったからしょうが無いだろ?相手が悪とは言え、女の子を守るのはヒーローとして当然の事だ」

 冬間の冷たい眼差しを受けながら、俺はなんとか弁明する。

 その時、春野がやや暗い眼差しを俺に向けていたのは気のせいだろうか?

「で、胸を揉んだのは?」

「柔らかかったから」

「ギルティ!!」

「いや、そこに胸があったら揉むだろ?」

「何登山家みたいな事言って自分を正当化しようとしてんのよ!?あんたみたいな性犯罪者を野放しにして於ける訳ないでしょ!」

 くぅ、拙い。

 このままでは通報されてしまう。

 そう思った処へ意外な助け船が出される。

「桃香、彼の行動は悪への攻撃とみれば攻められるものじゃないよ。許してあげて」

 妙に悪を強調して、春野が苦笑いしつつ冬間を宥める。

 春野が何故フォローしてくれるのかは分からないが、このビッグウェーブに乗るしかない!

「そ、そうだよ。これに懲りてエメラルドも悪さしなくなるかも知れないし」

「調子に乗るな!……でも、紅貴がそう言うなら」

 ようやく通報する事を諦めてくれた冬間。

 助かった。

 しかし春野って、ほんと悪に対して歪んだ正義をぶつけてる感あるな。

 今回はそれで助かったけど。


「取りあえず怪人に関する報告は桃香の方から本部に連絡を入れておいて」

「分かったわ」

 春野と冬間は生徒会の仕事風にヒーローの報告書をまとめ始めた。

 俺は何しにここに来たんだ?

 ピンクに引き摺られるように生徒会室に来たけど、翌々考えてみたら用事無かった。

 いや、冬間が通報するのを止められたんだし、来た意味は有ったか。

 俺がさっさと生徒会室を出て行こうとするのに、春野が待ったをかける。

「真黄君、明日暇かな?新たなヒーローとして、ヒーロー協会本部に登録手続きに行って欲しいんだけど」

「え?協会本部?」

 春野の言った事が理解出来ない俺は、間の抜けた声で返答してしまった。

 そういえば、この生徒会室は支部だとか言ってたっけ。

「真黄君が僕らと共に戦う戦隊の一員として登録すれば、独立回線の遠距離通信が出来たり、お互いの位置情報なんかも分かるようになるんだ。今日みたいに分断された時に便利だからさ」

 う~ん、便利だけど自分の位置情報を他人に握られるのって嫌だな。

 でも逆に他人の位置情報は知っておきたい気もする。

 一応明日、黒木君に相談してみよう。

 何故先に黒木君に相談するかというと、どうにも俺の中の何かが春野と冬間を拒絶するんでな。

 こいつらがリア充だからだろうか?

「明日はちょっと用があるから、明後日以降でもいいかな?」

「大丈夫だよ。ヒーロー協会は休日でも運営してるから」

「分かった」

 俺は頷くと、再び扉に手を掛けて生徒会室を出ようとする。

 だが、また俺に待ったをかける者が。

「ちょっと待ちなさいよ。さっき、エメラルドが使った杖の光があんたに効かなかったのって何で?」

 冬間が訝しむように聞いてきた。

 まぁ、それぐらいは種明かししといてもいいか。

「前回戦闘になった時に、俺はアレをくらったんだよ。それで動けなくなってトカゲの怪人にボコボコに殴られた。だから、紋章のログを辿ってあの攻撃を解析して、対抗プログラムを組んだだけさ」

 手品の種明かし程度のつもりで話した俺を、冬間と春野は眼を見開いて凝視してきた。

 なんでそんなに驚いてるんだ?

「あんた、そんな高度な事出来るの……?」

「凄いな、真黄君。出来ればそのプログラム、僕達のOSにも入れて貰えないかな?」

 驚愕する二人はUMAでも見たような眼をしていた。

「ああ、いいけど」

 別に断る理由も無いので、俺は二つ返事でOKして端末を開く。

 そして、冬間と春野のOSにアクセスしてプログラムをインストールしてやった。

 その時に2人のOSに奇妙な違和感を感じたので、バレないように少しだけスキャンを掛けてみる。


――何だこれ?


 OSのバージョンの違いなのか、俺の紋章ではNLL(ナノリンクライブラリ)の領域がリソースの大半を占めるのに、2人の紋章では2割程度しか使用されていなかった。

 どういう事だ?

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