Scene32 ここを表現する色を私は知らない



 灰白色、白に近い灰色

 そんな色の壁で四方を囲まれている洋館

 一部曲線を描くその外観はまるで異国を思わせる

 優美なその姿は貴婦人のよう

 ダンスを申し込まれ

 恭しく腰を落としている様子

 左右対称の美しい白亜の館

 三連の窓

 三階建ての建物

 一部屋上には白い手すり バルコニーだろうか

 その奥に緑青ろくしょう色の丸屋根

 貴婦人のヘッドドレス

 両側にも同色の三角屋根

 貴婦人のアクセサリー


 大正時代に建てられたこのヨーロッパ風の建物は当時さぞ麗しく美しく見上げられたことであろう。


 傍らの川にはその優美な姿を映していたのだろう。


 包み込む青空も晴れやかに見守っていたことだろう。


 緑の樹々も

 噴水の庭園も

 その洋館とともに愛されたことだろう。


 どんなにか人々の羨望の眼差しを集めたのだろう。

 どれほど地元の人々の誇りだったことだろう。




 砂色の壁

 塗装が剥げむき出しの煉瓦

 窓の輪郭に切り抜かれた枠から覗く奥の樹々

 骨組みだけになった丸屋根ドーム


 壁の向こうは室内ではない

 空虚

 廃墟

 虚無


 地面を覆う瓦礫

 無残

 悲惨

 凄惨



 あの日

 あの時

 あの場所で


 たった一瞬で




 白亜の洋館は悲劇の象徴へ



 恐らく日本で一番有名な負の遺産

 2016年にアメリカ大統領が訪れたその館




 以前の名称は


 広島県産業奨励館



 日本軍の重要拠点として発展しつつあった都市

 人も増え

 物流も増え

 交易も盛んに行われ

 県内、他府県の物産の紹介、陳列、取引の紹介などが行われた

 産業奨励だけでなく

 会場を提供する形で

 博物館・美術館の役割も果たす

 まさに広島の文化振興のシンボルだった


 戦争の悲惨さを伝える負の遺産として世界遺産登録されるとは

 


 現在のこの建物を形容する色を私は知らない。

 安易に黒だとか暗い色を用いたくない。


 二度と


 二度と


 繰り返してはならない悲劇の色

 戦争の惨劇を語り継ぐ鎮魂の館


 まもなく72年目の8月6日を迎える。






 どうか




 どうか

 以前の美しい建物を脳裏に描いて欲しい


 ワルツでも聞こえてきそうな

 美しい洋館の姿を


 青空に映える

 白亜の館

 緑屋根





【描写した場所】

 日本・広島県広島市 旧産業奨励館


 ※参考文献 Wikipedia


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