3-2

 今夜の宿にようやく到着したのは夕方近くで、高速から一般道を抜け、さらに狭苦しくなった生活道路を四苦八苦しながらバスは駐車場へ入っていった。

 いいホテルだった。

 一部上場企業の底力を見よ! てくらいに。


 社長の親類の人が経営に関わっているからと密かに聞いていた話だったけど、想像したようなセコい旅館じゃなかった。まぁ、社員旅行の百名以上が泊まるわけだから、そんなショボい建物じゃ収容しきれないよね。

 ホテルの玄関先で、仲居さんたちがずらりと並んで出迎えてくれた。

 なんかお偉いさんになった気分。

 むず痒いような、顔がにやけてしまうような感じで、足早に中へ通った。


 部屋は和洋折衷のツインだった。

 座敷と、板の間に応接セットがあって、障子を開けると窓から表通りが見下ろせた。こっちの部屋は八畳くらいかな。板の間はそれより少し狭い。床の間まであって、高尚な掛軸が下がっていた。

 時代を思わせる部屋で、なんだか気分がふわふわしてくる。

 温泉がメインの観光地だから、窓からの眺めは正直期待もしていなかったけど。

 けれども、温泉街の真ん中を流れる川と、大正レトロな雰囲気の通りは情緒があって素敵だった。すぐにでも外へお散歩に出掛けたくなる。


「ねぇねぇ、紗江。外湯があるんだって。内湯もあるけどって、どうする?」

 敬子はさっそくお風呂の準備を始めて、浮かれた声でわたしに聞いた。

 わたしも浮かれたい気分だったけど、先を越されたから気を引き締める。

「晩御飯は宴会場だったでしょ? あんまり時間ないから近いトコしか行けないわよ。」

 七時に大宴会場へ集合というお達しが出ていたから、あれこれ逆算しても二時間で戻らねばならない。


 男が計画した旅行プランなんてのは、メインはやっぱり『酒』なんだ。

 七時から、終了時刻は十時を予定しています、て。

 温泉郷へ来たくせに、晩御飯に三時間も予定を裂くなと言いたい。


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