第10話 暗闇と灯 くらやみとともしび

        暗闇と灯

      くらやみとともしび

 『こんばんは。みなさま。いよいよ待望の“灯パーティー”の日

がやってきました。みんなでいろいろ準備をして来たようで、どん

なことになるのか楽しみです。どうやら“灯”だけじゃなく“香”

や“音”も加わって新しい夜の世界が楽しめそうですね。私も、私

の仲間も気分だけ参加いたします。本気で参加したらご迷惑になる

でしょうから・・・。

 えっ、私の仲間ですか?

 それは前にもご紹介した石のご夫婦や庭の奥の方に居る幽霊たち。

そして、この“白い家”を支えている様々な木や石や苔、壁に天井、

家具や小物たちみんなです。みんな楽しみにしております。

 アラ。ちょっと怖かったですか?ごめんなさい。うふふ。』


 「おはようございます。」

 「おっ。おはよう滝くん。今日は休みだから一般の客は来ないか

らね。来るのは、パーティーの客ばかりだから気楽に対応してね。

みんな常連さんでこの家が好きな人たちだからあまり気を使わなく

てもいいからね。よろしく。」

 「はい。何からやればいいですか?」

 「じゃ、庭に居る愛子と晶子を手伝ってくれるかな。男の手を借

りたい時もあると思うから。室内は俺とショウちゃん、それにユミ

ちゃん母娘で十分だからね。」

 「はい。わかりました。アレ?マキさんはどこに居るのですか?

朝早くにいつも通り外を掃除していたと思いますが・・・。」

 「あ~、マキちゃんにはみんなの和服と演出用の小物のチェック

や整理を任せてあるから、多分一番奥の部屋に居ると思うよ。

 あっ。滝くんはここに来て5か月近くになるけれど奥の2つの部

屋やその前の庭はよく観ていなかったな。」

 「はい。余裕が無くて、まだしっかりとは見学はしていません。

観たいと思っていながらズルズルと。一番奥の部屋には、時々人が

集まっているようで、集会場のようなところと思っていますが、真

ん中の部屋は全然知りません。」

 「うんうん。そっか。じゃ、庭の手伝いの前にマキちゃんの様子

を見に奥の部屋に行って来てくれるかな。ついでに部屋や庭も観て

くればいいよ。」

 「ありがとうございます。じゃ行ってきます。」


 やった~。やっと奥の部屋と庭が観られるしマキさんのやってい

る服のコーディネートが見られる。

 あ~、庭は小石が敷き詰められていてそのまま奥までつづいてい

るんだ。前にチラッと観た時のように、広さのわりにはすごく奥行

き感がある設計になっていて、何か吸い込まれそうな気がする。ど

こか懐かしく落ち着くなぁ。ん?ここが間にある部屋だね。

 入っていいよね。ちょっとだけお邪魔させていただきます。

 ワァ~何。この部屋は・・・。


 『うふ。滝くん随分と驚いているようですね。いや、感激してい

るのでしょうか。私が少しだけ紹介しておきますね。

 この部屋は和室になっています。床は畳敷きで縁のデザインは和

にしては少し洋っぽくモダンですね。畳の床下は全て収納庫になっ

ていて、この部屋で必要なものや和に関連するものを中心に納めら

れています。 

 そして、畳には2か所に茶道用の炉が切られています。ここでは、

たまに茶会がおこなわれていますが、この前はお見合いをしていま

したね。

 壁は光が直接強く当たる面は厚みのある和紙が貼られており、影

や弱い光が当たる面には白の漆喰のコテ抑えの仕上げとなっていま

す。これは、カフェの壁とほぼ同じですが少し和の要素を強く表現

されています。

 柱は、欅、檜や柿が使われて全て古木で構成されています。いわ

ゆる、古い建物から移設されたもので黒茶色をしていますが、アジ

があってしっかりしている木たちです。

 そして、小さな床の間があり、そこは美しい漆仕上げの床板が付

けられ、深い茶で落ち着いた色と光沢をしています。その上に置か

れているのは、香炉です。真っ白な有田焼でかなり古いものようで

すが、スタイルは女性のようにしなやかでやさしく気品があります

ね。この茶の漆に対して白の香炉は目を引くのですが、古さがある

ためか、凛とした空気が感じられます。ここでお香を焚くと良い

“香”が感じられるのでしょうね。

 部屋内の襖には、白の和紙に白ときなりの白、光沢のある白、そ

して、銀を用いて山河が描かれています。襖の取手も銀製で松葉の

形をしており、別の襖には竹の葉の取手が付いています。

 そして、上部の欄間は梅の模様がシンプルに彫られています。合

わせて“松竹梅”になっております。特に襖と壁の一部に描かれてい

る山河は銀粉が所々使われていて少しの光でも美しく、やさしくし

っとりと輝きます。とっても清々しく新鮮な空気と古い素材たちの

息遣いが感じられます。

 また、天井は竹張りで、隙間なく細かく張られています。少し艶

が出ていて美しいですね。古竹というものなのでしょうか。古い民

家の天井裏から持ってきたものです。いいアジがでていますね。

 私はそんなに建築がわかるわけじゃないですが、滝くんなら上手

く説明をしてくれるとは思います。が、滝くんは言葉も出ないよう

でボーっと口を開けたまま立っているだけですね。しっかり観てね。

うふふふ。』


 すごい和室だぁ~。自然な光が差し込んでまるで生きているよう

な空間だ。どんな人でも受け入れてくれ、包み込んでくれるような

空間だね。こんなのは観たことがないけれど、俺が大して知らない

だけなのかも。美しいとか綺麗の言葉では表現しきれない。1日中

観ていたい。俺の知識ではしっかりと理解できないけれど、古い材

を上手く活用している。新しい畳や壁材などと上手く共有され、互

いを生かしながらいい空間、空気そして時間があり、生き生きして

いる。こんな所でお茶をいただいて瞑想してみたいなぁ。

 広さは16畳くらいでさほど広くはないけれど、周りの襖を開け

て外の格子だけにするとグッと広く感じて解放感もある。格子の障

子は雪見障子となっていて自然の光が入ってくるし、座ると外の景

色が観られて一体感があるね。

 襖や壁の一部に描かれている山河の絵には銀粉が使われていて、

夜に蝋燭などの小さな灯りで見ると美しいだろうな。あっ、昼間で

も襖を閉め切ったら同じ雰囲気が楽しめるかも。


 「コラ~!滝くん。何をやってんの。早くこっちに来てよ。」

 「あっ。マキさん、おはよう。今すぐに行きます。」

 

 とりあえず、この和室はこれぐらいにしてまたの機会にゆっくり

と観させていただこう。まだまだ何かありそう。


 「えっ。この部屋ってフローリングなんですね。板張りといった

方がいいのかな。古木が使用されているから和なのか洋なのかハッ

キリしません。変わった部屋ですね。」

 「ん?滝くんは、この部屋を始めて見るんだっけ?ここは、レン

タルスペースになっていていろいろな人が利用できるようしている

のよ。

 そっか。滝くんはさっきの和室もこの部屋も観るのが始めてだっ

たのね。いいよ。少し見学しても。ここも面白い部屋だからいろい

ろ勉強になると思うし・・・でも、私の作業も手伝ってよね。」

 「はい。もちろん。じゃ、ちょっとだけ観させていただきます。」


 へぇ~。ここって結構広いなぁ~。50畳くらいはありそうだ。

ちょっとしたセミナーや集会なんかができそうな空間だね。

 床は、桜の木を使っていて丈夫そうだ。木目も綺麗です。でも、

こんな材料って今時あるのかな。ちょっと、撫でてみた・・・。


 「滝くん。その床材は再生材よ。他で使っていたのを持って来た

ってニシさんが言っていた。どこかの公民館のものらしいね。」

 「そうですか。よほど古くて丈夫な建物だったんだろうね。床材

に無垢の桜の木を使うのは結構お金も必要だし、加工や選別も大変

ですよ。今だとほとんどが集積材だと思います。これ、無垢だった

から表面を削ったら綺麗な木目が蘇っていますよ。いいなぁ~。」


 壁と天井は、カフェと同じだけれど、織り上げ格天井だね。大き

な格子の中に小さな格子があってよく書院造りの天井で見かけるけ

れど、今時はお寺以外に施工するところは無いね。こんなところで

見られるとは思わなかった。

 壁は、漆喰で隣の和室と同じ山河の絵が描かれています。やっぱ

り銀粉が所々使用されている。へぇ~寝転んで観ると結構迫力があ

るし、天井の格子がさほど太くないから重さはあまり感じないな。

昔の格天井とはちょっと違うようだね。

 山河の絵って、ひょっとしてここの庭をモチーフにしたのかな?

それともこの絵を参考に庭をレイアウトしたのかな?どっちだろう。

 気になる。

 アレ?そういえばここの壁には柱が見えないね。全て、漆喰で隠

してある。これだと部屋が広く見えるし、山河の絵がより迫力ある。

 外面は全て格子の障子で二重に和紙が貼られているから、室内温

度の調整も楽だね。それに、和室と同じ雪見障子だから、外光もし

っかりと入るし、庭もよく見えるので気持ちいいね。

 えっ、この和紙には水が流れるような絵が描かれている。綺麗だ。

山河に水か・・・。

 そういえば、昔の建物に水をモチーフにした飾りがよくあったと

思うが、あれは、火災が起きないようにという火除けの願掛けのよ

うなものだと聞いたことがあるけれど、他にもいろいろ意味がある

のでしょうね。

 あっ、隣の和室へ直接出入りできる引き戸が隅っこにある。気が

付かなかったなぁ~。

 アハ。何か忍者屋敷のようで面白い。


 「マキさん。この家っていろんな仕掛けがあるんじゃないですか

?和室への出入り口もよく見ないと気付きませんよね。」

 「うん。そうなのよ。面白いでしょう。あっ、滝くん。そこの床

板を取り外して中の畳を2枚出してくれるかな。」

 「えっ。床板ですか?」

 「あっ。床板が取り外せるんだ。へぇ~、中に畳が収納されてい

るのか。これだったら使わない時だと部屋を広く使えるね。」

 「そっ、そこは畳の収納庫で、そっちが椅子、こっちはテーブル

が収納されているの。畳、椅子、テーブル、座布団、それに寝具一

式もね。この家は高床式なのは気付いたでしょ。その床下を利用し

ているのよ。もちろん通風もいいし、温度や湿度も管理しやすいか

らね。」

 「へぇ~寝具一式ですか?何で?」

 「何かあったときにご近所に使っていただこうということらしい

ね。ニシさんがそう言っていたよ。オーナーっていろんなことを考

えるね。

 よし。衣装はだいたいこんなものでしょ。これでみんなこの畳の

上で着替えていただけるし、椅子も出しておけばいいよね。女性の

着替えは隣の和室でね。

 アハ。滝くんは畳を出しただけだね。お疲れさま。うふ。」

 「アハ。俺、何もしなかったみたい。勉強になりました。へへへ。


 『滝くん、結構勉強になってよかったわね。でも、まだまだ面白

くって楽しいことが沢山あるのよ。この家は忍者屋敷かもね。うふ

ふふ。』


 「お~い。庭の方もどうやら終わったようだし、みんな休憩とし

ようか。」

 「は~い。ニシさん。1人だけズーっと休憩をしていた人がいま

すが・・・。」

 「ん?滝くんだな。家や庭ばかり観ていたんだろう。しょうがな

い奴だな。アハハハ。」


 『あっ。お客様が来られたようですね。うんうん、みなさん着物

でよくお似合いです。やっぱり日本人って感じかしら。中には外国

の方もいらっしゃいますが、和服は着こなしが大切なので頑張って

ください。

さっきのレンタルスペースと和室での着替えもスムーズのようです

ね。にぎやかになってきました。これからが楽しみです。』


 「いらっしゃいませ。どうぞ。」

 「滝くん、ショウちゃん、ユミちゃん、しっかり接客をよろしく。

マキちゃんは着替えの部屋だな。俺、料理を出し準備をするから、

とりあえず飲み物を出して。コラ!晶子、おまえも手伝え!ボーと

してんじゃねぇ~よ。」

 「わかっているよ、オヤジ。でも今年もまた増えたね。年々お客

さんが増えているような気がして、私たちは雰囲気をゆっくりあじ

わえないね。」

 「ああ。そうだな。この“白い家と白いカフェ”の噂が広まって

しまっているから今日のようなイベントがあると余計に増えるんだ

よな。

 この“灯パーティー”はサブタイトルで“暗闇と灯”になってい

るというのに・・・。こう人が多いとどうなるのかな・・・。」

 「何?その“暗闇と灯”ってどういう意味さ。」

 「ん?暗闇とは闇夜や月という“影”の世界で灯とはあかりや太

陽という“光”の世界。この2つを体感していただこうということ。

 この世は、どこにでも光と影があってどちらかが無くなってしま

うことはあり得ないし、必然的な関係であり、互いに刺激しながら

生きて行くということかな。それは静と動の関係でも言えるな。人

間社会の中にもそういった関係が沢山あるよな。

 まっ、詳しくはオーナーから聞いて~。」

 「何それ。結局、オヤジもよくわかっていないじゃん。でも、庭

の灯は綺麗だね。灯りがゆれて神秘的で、それに照らされた木や石

の影と水や白い小石に反射する光のゆらぎは、まるで生きているよ

うでやさしいね。」

 「うんうん・・・。」

 「コラ!滝くん。何やってんの。ちょっと手伝って。」

 「あっ。すみません、ユミさん。庭に見惚れていました。」

 「そっか。この提灯たちに灯りを入れてくれるかな。全部ね。」

 「はい。了解です。」


 このタイミングで灯りを灯すのか。

 あっ、この提灯って普通のものもあるけれど、なんか、変わった

ものも沢山あるなぁ。瓢箪や三日月はいいとしても、キャベツやト

マトにジャガイモの形のものまであるね。可愛い。えっこれって本

物の玉ねぎの皮を使っていないか?何か八百屋みたいだね。面白い。

これって愛子さんが言っていた職人さんたちの手作りなのかな。職

人というより作家って感じだね。似たようなものかな。

 おっ、スイカやゴーヤもある。それに、木の切り株や石もあって

自然がいっぱい。ワクワクしてきた。

“灯”って、やっぱり人の心をやさしく豊かにしてくれ、刺激して

くれるね。光と影の共演ということかな。みなさん、にぎやかにさ

れていても、灯りや庭を見つめている時は静かで、やわらかな雰囲

気になっている。

 “影と光”“静と動”そして“暗闇と灯”。自然からの恵みのよ

うだね。いいコラボレーションです。流石、愛子さん。


 『そうね。滝くん。オーナーは年間にいろいろなイベントをやっ

ていますが、私はこの“灯パーティー”が一番好きです。だって、

私たち建物や石、木、苔そして小物たちに灯りが照らされて一層美

しく生き生きとしています。まるで私たちがこのイベントの主役の

ように感じてしまいます。うふふ。

 私たちもしっかり楽しんでいます。感謝しています。

 でも、これだけではありません。まだ、“音”や“香”がありま

すよ。どんな演出でしょう。私たちもみんなと一緒に楽しませてい

ただきます。脅かしてあげようかしら。夏の終わりとはいえ、まだ

暑い夜だし涼しくなっていいんじゃない。ネ! アハハハ。』


 「ねっ。ショウさん。今年は何時までやるんだろうね。オーナー

は今年も最初の挨拶を済ませたら、さっさとグラスを片手にウロウ

ロしている。元奥様の美咲さんと仲良く楽しんでいるしね。」

 「ま~、いいじゃないの。でも長い夜になりそうね。一通り接客

を済ませたら私たちも楽しもうよ。」

 「そうだね。じゃ、私、また着替えきます~。」

 「マキちゃんは好きだね。いったいいくつの服を持っているのだ

ろう。」

 「じゃ。今から少しずつ“香”を流すぞ。そして音楽も一緒に流

します~。」


 あっ。いい臭いだぁ~。清々しくて何か高原の“香”って感じで

すね。夜の高原?行ったことがないけど・・・。それに、ギターの

音色がとっても合っている。

 あっ。この人はユミさんの元ご主人のセイさんじゃないかな?多

分そうだよね。俺、会ったことがないけれど、雰囲気でね。だって、

横にユミさんが居るもの。へへへ。いいなぁ~うらやましい。


 「おい。滝くん。よだれが出ているぞ。アハ。この雰囲気に呑ま

れたな。流石、愛子だな。良い演出を考えたものだ。我、妻よ。」

 「バ~カ。別居中じゃないか。オヤジはのんきだね~。」

 「ん?」


 あ~ぁ。今度は少し甘い“香”がしてきた。ほのかな甘さが心地

いい。次はどんな“香”と“音”なんだろう。暗闇の中に灯りがあ

り、香りと音楽がある・・・。


 『滝くん。この雰囲気に酔っちゃったみたいね。うふ。

 でも、今年もいろいろな人が来られていますね。あっつ、あの漫

才師の方も、それにお父さんを待っている母娘も来られています。

 アラ?ニシさんのお客さんでもあるニューハーフのみなさんも従

業員さんと共に来られていますね。そういえば。ニューハーフさん

たちのお店はあれからどうなったのでしょう。

 アハ。くどい話をする変なおじさんも仲間を引き連れて来られて

います・・・。

 滝くんはこの人は知らないのよね。でも、時々来店されているか

ら知っているかもね。

 静かな所と動きがあってにぎやかな所があります。盛況です。

愛子さんの灯りの演出は、庭やインテリアはもちろん建物の外も飾

られています。ちょっと私は恥ずかしいのですが・・・。それぞれ

に光の種類が異なっていて、楽しいパーティーになっております。

 今年は、“灯”だけではなく、“香”と“音”が加わり、一層深

いものになっています。闇夜の中での“灯”と“香”と“音”は、

みなさんの心に沁みるものとなったのではないでしょうか。みんな

の目がやさしく、満たされているって感じになっています。

 さぁ~また、明日から頑張りましょう。

 みなさんも一度、この“白い家と白いカフェ”にどうぞお越しく

ださい。うふふ。』

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