第8話 漫才コンビと師匠

            漫才コンビと師匠


 「おっ。ここや、ここちゃうか。こんちわ~。」

 「いらっしゃいませ。」


 ん?この2人はどこかで見たような・・・。

さっき来られたお1人のお客様の席へ向かっている。知り合いなの

かな。それにしては随分と年が離れているように見えるが。


 「おお。こっちや、こっち!」

 「はい。師匠、お待たせいたしました。すんません。」

 「まあええがな。そこにお座り。」


 あ~。やっぱり何か訳がありそうなお客さんのほとんどは、その

隅っこの1番席に座られるなぁ。何か運命のような気がする。この

家の力?“霊”に引き寄せられているような・・・。


 『まっ。失礼な。滝くん。引き寄せてはいません。必然的にその

席が一番落ち着くのです。それに、私は“霊”でもありますが、

“魂”でもあるのです。あっ、似たようなものでした。アハハハ。

 でも、訳ありって感じですね。この方たちも・・・。』


 「師匠。何か?」

 「うん・・・おまえら、このままでええんか?いったい何を目指

して漫才をやってんねん?デビューした時は結構よかったが、その

後は鳴かず飛ばずでテレビ出演も今はもうほとんど無いやろ。地方

巡業でなんとかやっているようやけど、それでは食べて行けへんや

ろ。バイトでもやってんのか?兄弟子たちも心配しとるで。ほんま

に。なんか新しいネタでもできたんか?」

 「・・・・・。」

 「コラ!聞いてんのか?もう10年やど。おまえらいくつや!」

 「あの~、ご注文はお決まりでしょうか。」

 「あっ。ごめん。つい大声を出してしもたわ。おまえら何か頼ん

だらどうや。わしは今、コーヒーをよばれとるから。」

 「あっ。そしたら私もコーヒーを。」

 「俺は、この特性ミルクをください。」

 「おい!なんでやねん。おまえだけ特性ミルクなんや。そこは師

匠と一緒でええやろ!・・・せやけど、旨そうやな。」

 「クス・・・。」

 「あっ。失礼しました。おもわず笑ってしまいました。すみませ

ん。では、コーヒー1つと特性ミルク1つですね。少々お待ちくだ

さい。」

 「おまえらええ呼吸しとるやないか。さっきの店員さんを笑わし

たやないか。何でそれが舞台ではでけへんのや。どうも間が悪いな。

最近2人の息がおうとらんのとちゃうか?コンビ解散して立て直し

てみるか?どうや?」

 「はぁ~~~・・・。」


 「おぉ。雨が降ってきたな。まるでおまえたちの心の中みたいや

な。どしゃ降りやろ。アハハハ。雨降って地固まるって言うけど、

早よう固めなアカンで。グチャグチャのドロドロになってきている

がな。ホンマに。」

 「アハハハ。師匠!流石、上手いこと言いますね。」

 「アホ。ヌー!おまえらのことやど。しっかり考えんか!だいた

い、そのコンビ名がアカンのとちゅうか?何でそんな芸名にしたん

や。ヌーとボーでヌーボーか?わしに言わせたらヌーとした奴とボ

ーとした奴のコンビでパッとせんイメージがあるな。」

 

 「キャッ。アハハハ。あの師匠っていう人はうまいね~。メチャ

笑えるし、風貌もお笑いの人って感じで。やっぱり、師匠と言われ

ているだけあるね。」

 「し~。マキさん、聞こえますよ。でもなんかあの師匠、怒って

いるのか、弟子たちにネタを聞かせているのかよくわかりませんね。

でも、確かに面白い。アハ。」


 「いや。師匠!この名は、前にアールが付くんですわ。俺たちの

コンビ名はアールが付いてその後にヌーボーですわ。要するにアー

ル・ヌーボーっていうわけで、19世紀から20世紀初頭にかけて

の美術運動であり新しい芸術という意味ですねん。

 いろんな作家がいますよ。例えば、ガレやラリックなどの硝子作

品が有名人やミューシャなんかもいます。あとは、マッキントッシ

ュなんかもそうですわ。それにあやかって付けた名ですからええと

思ったんですけど。」

 「アホ!それくらいわかっとるわ。そんな大きい名を付けて完全

に名前負けしとるやないか。それやったらアールとヌーボーにしと

いたらええやないか。1人は新鮮でしっかりしたイメージで、もう

1人がヌボーとしたちょっと間抜けなイメージになるからわかりや

すいし、バランスがええんとちゃうか?どうや?それにしたら。」

 

 「キャキャキャ。あの師匠、メチャ面白いね。うむ。」


 あっ。そうか。あのコンビさんはアール・ヌーボーさんだったん

だ。一時期すごく面白くってブレイクしたんだよね。よくテレビで

見かけた。そういえば最近全然見かけてなかったなぁ。こんな所で

会えるとは・・・。


 「ん?マキさん、笑いすぎです。」

 「あいよ。滝くん。特性ミルクとコーヒーね。」

 「は~い。えっ、何ですか?このカップアンドソーサーは。今ま

でとは全然違いますね。変わったデザインというのか、レトロ感が

すごく出ていますね。」

 「うん。そうだろう。これが今、あの2人が付けているコンビ名

のアール・ヌーボーのスタイルを継承したデザインカップだよ。滝

くんも建築をやっているから知っているだろう。」

 「はい。もちろん。建築やデザインをやっている人たちなら誰で

も一度は学ぶスタイルですから。でも良くこんなのうちにありまし

たね。」

 「は~い。俺だよ。どうかな?と思って提案したのよ。いいでし

ょう?」

 「あっ。ユミさん。そっか、物に関してはユミさんだもんね。流

石~、いいセンスされていますね。」

 「ありがと。うふ。」

 

 「お待たせいたしました。特性ミルクとコーヒーです。ごゆっく

りどうぞ。」

 「おぉ。これは・・・おまえたちやないか!」

 「えっ。これってアール・ヌーボースタイルのカップですね。へ

ぇ~この店、こんなのに入れて出してくれるんや。ええですね。」

 「アホか!わしらがアール・ヌーボーの話をしていたから気を利

かせてワザワザ出してくれはったんやないか。うぅ、ええ店やホン

マに。」

 「ホンマや。ありがとうございます。ん?特性ミルクは来たんや

けど、その横にあと2つミルクが置いてあるんですが、なんでなん

やろ?」

 「あっ。それは別物のミルクが2つです。まず、そのまま飲んで

みてください。その後、別にカップをご用意していますので、1つ

ずつミルクを足して自分好みの味に調整してお飲みください。」

 「あ~、そうなんや。変わった飲み方をするんやなぁ~。」


 「ん?あっ!それぞれ全然ちゃうで。そのまま飲んだらあっさり

しているけど、足したらコクが出てきたで。旨みもあるわ。それに

ミルクのええ臭いがするし、ホンマにええ感じで混ざっているわ。

それぞれ別の味でも組み合わせたら、また違う味か出て別世界やな

ぁ~。」

 「えっ。そんなに旨いんか?ちょっと飲ませてくれや。・・・

おぉ、確かに違うな。それぞれの味もしっかりしとるがな。混ぜる

とまた違うええ味出しとるわ。おまえ、ええもんたのんだな。」

 「はい!師匠。」

 「あっ。そうや、これやで。な~相方。これや、これやで。

俺たちはどうやっても別物や、一緒のものになんかなられへん。け

ど組み合わせや混ぜ方でガラッと変わることができるんや。別物の

個性を生かしながら、また別物になるちゅうこっちゃ。なっ?」

 「うんうん。ようわかるわ。そうやな。うんうん。」

 「ようし!もう一度頑張ってみようやないか。必死にな。ええ味

だしたろうやないか。」

 「そうそう。ええこっちゃ。コンビ名は好きにしたらええ。もう

一度頑張ってみいや。」

 「ありがとう、店員さん。いや、店さん。こいつらもう一度やれ

るかもしれん。おおきに。」


 「何か、よかったですね。ニシさんの狙い通りってことですか?」

 「ん?何?特性ミルクのことか?いつもの通り作って出しただけ

だよ。いや、ホンマに。アハハハ。」


 『アラ?ニシさんに関西弁が移っちゃったのかな?あっ彼は大阪

育ちでしたね。うふ。

 でもほんとうは、ちゃんと狙い通りになってよかったんじゃない

の。ニシさんは満足そうな顔をしているし、この漫才コンビさんも

特性ミルクのようにいい味が出てもう一度人気が出るといいですね。

師匠は、人気よりこの2人の生きがい、目標が見つかったようで、

それで嬉しそうです。まっ、ええんとちゃうか。へへへ。』


 「おい、おまえら。この庭を見てみい。綺麗やないかぁ~。掃除

がちゃんとされていて手入れが行き届いている。それにええコンビ

ネーションやないか。和と洋がうまく組み合わされて何とも言えん

情景や。落ち着くな。自然な感じもあって奥行きもある。なんか温

かく包み込まれるようやな。この庭は一人のために造ったんやない、

たくさんの人のため生き物のために造られたんやとわしは思いたい。

おまえらもこの庭をよう見ときや。」

 「はい。師匠。目に焼き付けときます。」

 「はい。俺もです。」

 「アホ。そんな大げさなもんとちゃうけどここで見たこと、感じ

たことをしっかりと記憶に残しとき。」

 「なんか悩みがあったら、またここに来たらええな。俺ここが気

に入ってしもたわ。ホッするしな。」

 「うんうん。俺もや。ええ店員さんたちやし、置いてある小物も

面白いからまた来たいな。師匠、ええとこ教えてもろてありがとう

ございます。」

 「アハ。ここを見つけたんはわしとちゃうで。この家は“白い家

と白いカフェ”というらしいんやけど、この家のオーナーに教えて

もろたんや。ちょっと前に偶然におおてな。昔ちょっと知ってたさ

かい懐かしくて話し込んでたら、オーナーがここを紹介してくれた

んや。おまえらのことを相談したこともあったからやろ。本人はあ

んまり店には出ないと言うとったけど、ええ店や。」

 

 えぇ~、そうなんだ。あのオーナーがお知り合いだったとは。オ

ーナーもなかなかいい演出をされるね。俺、オーナーのことをもっ

と知りたくなってきた。

 アハ。ひょっとして魔術師だったりして。なんの根拠もありませ

んが・・・。


 『滝くん。それ、半分は正解かもよ。うふふ。人にはそれぞれに

役割があって、この世に誕生したのですよ。何の意味もなく生まれ

たのではありません。私たちも同じです。その人々や物たちが様々

に関わりあって、混ざり合って生きているのです。互いを尊重しつ

つこの世を楽しんでね。』


 「さぁ~、帰ろか。またいつでもここに来たらええ。いつも暖か

く迎えてもらえるやろ。おまえらも自分のことだけを考えんと、人

や物のこともたまには考えたりや。そうしたら、新しく生まれ変わ

れるやろし、生活も、世間を見る目も変わってくるやろ。」

 「はい。師匠、おおきにです。そして“白い家と白いカフェ”さ

ん、ありがとうございました。なんかスッキリしました。また、絶

対来ます。


 「ありがとうございます。またのお越しをお待ちしております。」


 『おおきに。またのお越しを・・・。』

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