WAVE:01 ボーイズ・リスペクテッド

 愛用のオラクル・ギア専用ヘッドセットを外して、深呼吸をひとつ。

 ギアのコックピットをモチーフにデザインされた閉鎖型筐体、通称ライナーピットから降りて軽くストレッチをする。

 集中してゲームをプレイしたせいで、喉がやたらと渇いた。とりあえず、休憩スペースで飲み物でも買おうかな。

 それにしても、派手にやられた。やってくれた。

 さすが、このオレがライバル認定しているギアライナーだ。

 ライナーネーム「cyan」。読みは「シアン」でいい筈。

 搭乗ギアの「Camerae Obscurae」は「カメラ・オブスクラ」って読む。

 意味は何だっけ、確か、ラテン語で『暗い部屋』だったかな。カメラの語源になった言葉らしい。ちな、ソースはウィキな。

 射撃戦用ギアのピーピング・トムをカスタムした機体で、ベース機の射撃性能を強化しつつ、それなりに格闘戦もこなせるチューンだ。

 バランスの取れた良いギアだと思う。

 まぁ、オレのプロフェシーの方がスゴいけどな。


「おつかれー、伊吹いぶきー。ラストで派手にやられたねー?」


 さっきまでバトルロイヤルモードを一緒にプレイしていた友人の一人、雨村透吾あまむらとうごが間延びした口調で声をかけてきた。

 身長180センチ越えの大柄なヤツだけど、のんびりとした性格で、何だか、寝不足のクマみたいなところがある。

 ちなみに、オレの身長は……いいや、この話は止めよう。


「おう、お疲れさん。いやー、しくったわー」


 オレは愛用のヘッドセットを首に掛けながら答える。


「ゴメンねー、先にやられてなかったらヘルプに行けたんだけど」

「はは、気にすんなよ。やられたのはオレが油断したせいだ」

「そう言えば、ヒナの方はー?」

「フフフ、自慢じゃないが、おれは最後まで生き残ったぜ!!」


 休憩スペースまでやってきたもう一人の友人、ヒナこと大庭日向おおばひなたが、眼鏡を怪しく光らせながら言った。


「とは言え、こっちもヘルプに行くほどの余裕はなかった。すまん」

「ヒナの方は四機ぐらいに囲まれてたんだろ? 大変だったな」

「中級者に毛が生えたぐらいのヤツらだったから何とかなったよ。最後は隙ついて逃げてきたし」

「ふーん、それで、何とか一機ぐらいは落とせたのー?」

「フフフフ、三機落としてやったぜ! さすがおれっ!」


 ヒナは器用に右目でウインクをキメながら、そこに水平にしたピースを持ってきた。なんだよ、そのアイドルみたいなポーズ。さては綺羅星か? オレはあのアニメ好きだぞ。

 こいつ、黙ってればシュッとした雰囲気の文科系眼鏡でモテそうな気配があるのに、喋り出すとこのノリだからなぁ……。なんとゆう残念な眼鏡。


「お、やったじゃん。めでたいので、ここはヒナにジュースをおごってもらおう。せっかくだからオレはこのコン太ゴールデンアップルにするぜ!」

「うーん、じゃあ、僕はとりあえず午後ティー?」

「あれー、ヒナくんの勝利が軽くなってなーい?」

「バイト代入ってんだろ? 気にすんなって!」

「フツウに気にするから! あと、豊島のじーさんのとこじゃ、バイト代なんてたかが知れてるの分かってるだろ?」


 豊島のじーさん、てのは、オレたちの通う高校の近くにある豊島珈琲のマスターの愛称。豊島珈琲は、イマドキ珍しい昭和の雰囲気を残す純喫茶で、学校の生徒や先生の中にもファンが結構存在する。オレ達もそうだ。基本マスター一人でやってる店だけど、たまにバイトを募集することもあって、暇なときはオレ達三人もバイトで入ることがある。時給は安いけど、仕事はそんなに大変じゃないし、制服は意外とカッコいいし、何よりマスターにはいろいろ世話になってるので、恩返しの意味もあったりなかったりだ。


「とにかく飲み物はおごらん! 自費で購入するように!」

『えー』

「声をハモらせても駄目なもんは駄目!」

「ふむ、では、次代を担う才気あふれる若者たちに、この俺が飲み物をおごってしんぜよう!」


 休憩スペースでワイワイやってるオレたちに声をかけてきたのは、巨大なアフロとサングラスが特徴の怪しい風体の男性。超ベテランの先輩ライナーである、風狼田ふろだアキラさん、愛称フロニキだった。


「マジっすか、フロニキ! ゴチになります! オレはこのコン太ゴールデンアップルで!」

「ワハハハハ、コン太でもポン太でもなんでもおごっちゃるわ! 今日も熱い対戦を見せてくれたお礼だ!」

「いやー、でもオレ、最後の最後で落とされちゃいましたよ?」

「あー、アレなー。確かに周囲の警戒を怠った感はあるね。でも、あのカスタムサスペリアとの戦いは良かったぞ!」

「ありがとうございます! でも、相手がプロフェシーの速さを甘く見たから勝てたようなもんです。あの状況でビームをぶっぱするのは別に間違った判断じゃないし」

「でも、その読みは浅かったワケだろ? そして、イブキ君は相手の浅い読みを読み返した上で、しっかり勝ち星をあげたのだから大したものだよ」


 いやー、そんなに褒められると照れるなぁ。もっと褒めてくれてもいいですよ? イブキ君は褒めて伸びるタイプのワカモノです。


「フロニキ! おれはどうでしたかっ!?」


 ヒナが勢いよく挙手しながらフロニキに講評を求める。


「ヒナタ君も良かったね。バトルロイヤルは割と何でもアリのゲームモードだけど、だからと言って徒党を組んで一人を狙うのはあまり趣味がいいとは言えない。複数で一人を狙った場合、逃げ出すのも難しくなるからね。相手が君より多少実力で劣ったとしても、ピンチには変わりない。そんな状況でも冷静に対応して、しっかりと結果を出したのは、本当に凄いと思うよ」

「あんなセコいヤツらに負ける気はないっスよ!!」

「いい心意気だね。その調子で頑張って。それと、トウゴ君。今回はイブキ君とヒナタ君よりも先に落とされてしまったけど、君のギアは遠距離戦向けのギアだろ? 高速型の格闘機に近接タイマン擦られたようだけど、機体相性もあるから、あまり気を落とさない方がいいよ」

「大丈夫ですよー? 負けるのもゲームだって分かってますからー」

「そうか、だったら大きなお世話だったかな」

「そんなことないですよー。今後もご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」


 何と言うか、フロニキって、スゴク面倒見のイイ人なんだよな。

 オレたち後輩ライナーに今みたくいろいろとアドバイスしてくれるし、飲み物とか、メシとかちょくちょくおごってくれる。

 当然、古参のベテラン勢だけあってゲームの腕もピカイチ。オレ達がホームにしてるゲーセンで一番どころか、国内、いや、世界レベルの実力者だったりする。

 そんな、超スゴ腕ライナーがしてくれるアドバイスと賛辞だから、オレ達は素直に耳を傾けているし、喜びもするんだ。

 そもそも、実力も実績もない人間にドヤ顔でアドバイスされても鬱陶しいだけだろ?


「フロニキも今のバトロに参加してたんですか?」

「うんにゃ、俺は今さっき店にきたとこ。次の仕事まで少し時間が空いたから後輩の様子を見にきたんだよ」


 オレの質問にフロニキが笑顔で答える。サングラスをかけていても分かるような、人懐っこい笑顔だった。

 オラクル・ギアは世界的な人気を誇るアーケードゲームだ。その人気を獲得するまでにはいろいろなドラマがあったけど、その話は面倒だから省く。興味のある人は生半可なハッキングで調べて欲しい。ゲームは誰かのモノじゃない。(本日二回目の遠い目)

 で、そんな大人気ゲームだから、昨今の競技ゲームブームのお約束どおり、プロゲーマーや在野の強豪を主な対象にした賞金制の大会が、世界中でそこそこ頻繁に開催されたりする。

 フロニキは、企業からのスポンサードを受けながら、世界を股にかけ活躍するプロゲーマーの一人だ。


「仕事? 大会とかじゃないですよね? デカい大会はもうちょい先だった筈だし……」

「うん、今日は動画配信に出演するんだ。本当は別の人が出る予定だったけど、急に都合が悪くなったみたいで。ピンチヒッターってヤツだね」


 トッププロになると、日々の練習や大会の参加以外にも、動画配信やテレビ出演、試合の解説、コラムやエッセイの執筆といった、細かい仕事をこなす必要が出てくる。フロニキはオラクル・ギアに関してなら、国内どころか世界レベルでも上位陣に入る実力者だ。ぶっちゃけ、相当忙しい。

 そんな多忙な人が、仕事の合間を縫って、地元のゲーセンで後輩ゲーマーの相手してくれてるワケだから、本当に有難い話だ。ちょっと照れ臭いけど、オレたち三人はあの人のこと、むっちゃリスペクトしてるんだ。

 グラサンとアフロはちょっとアレだけど。

 あのアフロ、実はヅラ。本人は変装のつもりなんだろうけど、ぶっちゃけ怪しさ大爆発だ。あれじゃ、かえって目立つだけだと思う。


「夜の九時ごろから配信するんで、良かったらチェックしてみてよ。俺の公式でもツイしてるから」

「分かりました。チェックしてみます」

「うん、よろしく」

「お、ホントだ。情報出てる。念のためタイムシフト予約しとこ」


 制服のズボンのポケットから取り出したを端末いじりながらヒナが言う。


「僕もしとこー」


 同じように端末をいじりながら透吾。


「じゃ、オレも」


 オレも端末を取り出してツイを確認。貼ってあったリンク先から飛んでタイムシフト予約を済ます。ついでに、ツイをRTしとこう。急な出演みたいだし、拡散しといた方がいいだろう。


「面白い情報もあると思うから期待しといてよ」


 面白い情報……? 何だろう、もしかして、新作の追加情報とか、かな?


「それじゃ、俺はこのへんで」


 フロニキがヒラヒラと手を振りながら言う。


『お疲れさまでしたー!!』


 オレたちは無駄に元気のいい挨拶をしながらフロニキを見送った。

 本人が問題ないと感じてるならいいんだろうけど、個人的にやっぱりあのアフロはどうかと思う。

 ワールドワイドで活躍する偉大な先輩の後ろ姿を眺めながら、オレはそんなことを考えた。





 オラクル・ギアの新作。

 そうなんだよな、新作の稼働が一月後に控えてるんだよなぁ。

 あらかた情報は出てる筈だけど、とっておきの隠し玉があるって、公式が前に言っていた。今夜の配信には、フロニキ以外にも、オラクル・ギアのプロデュースディレクターが出演するみたいだし、きっと面白い話が聞けるだろう。こいつはワクワクだー。

 いや、ワクワクしてばかりもいられないな。気を引き締めなくては。

 オレにはオラクル・ギアの新作が稼働するまでに、やらなきゃいけないことが二つあるんだ。

 ひとつは、ライナーネーム「cyanシアン」。

 さっき、オレのプロフェシーを見事な遠距離狙撃で撃ち抜いてくれたギアライナーだ。

 一年ちょっと前ぐらいかな。確か、高校に入ったあたりからよく対戦するようになった。実力的にはオレと五分ぐらいで、かなりいい勝負の出来る相手だ。向こうがオレをどう思っているかは知らないけど、勝手にライバル認定しているライナーだ。いつも他店からエントリーしているので、顔どころか歳も性別も分からないけど、最近のゲームではよくある話だ。特に気にするようなことじゃない。

 オレはこいつに勝ち越したい。

 ライバルにズバッと勝ち越して、サイコーの気分で大好きなゲームの新作稼働日を迎えたいと思っている。

 それで、もうひとつの方は……。



【To Be Continued……】

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