第一章 魔界闘争の1 ~最果て島制圧編

本編-001 異世界転移

【1日目】


気が付くと俺は妙な空間にいた。

何が妙かって、見慣れた安アパートの天井がどこにもない。

代わりに、岩がごつごつした天井が広がっている。

ところどころ岩柱が垂れ下がっていて、先端からはぽたぽたと水滴が落ちてきている。


なんだったけかな、名前があった気がする、こういうタイプの洞窟。

あれだ、鍾乳洞だっけ。


うん、そんなのはすごくどうでもいいな。

俺は多分寝ぼけてたんだろうな。


「……それで、どこだここは?」


眠気を覚ますように、勢い良く体を起こす。

どこからどう見ても洞窟です、本当にありがとうございます。


しかも普通の洞窟じゃない。

……少なくとも俺は、岩肌がところどころ青白く光る・・・・・鍾乳洞なんて知らない。


そんなもんが発見されたら世紀の大発見だろうに。

秘境ハンターとかそんな番組作ってるテレビ会社から取材されたりして。

などとバカなことを考えつつ、青白い光を目で追う。


ホタルの光よろしく、天井から岩壁、地面のいたるところでぼんやりと明滅していた。

マジでなんだこれは。


岩の裏側から光が漏れ出てくるように見える。カーテンの裏に懐中電灯でもセットして点滅させてみたら、こんな感じになるかもしれない。


(……この光を、集めて固めたら飛◯石でも作れたりしてな)


某映画のワンシーンを連想させる、幻想的な光景ではあった。

こりゃ夢かな、と思って自分の頬をペシっと叩いてみる。

痛みは本物だった。

それに何より意識がすごくクリアで、とても夢には思えなかった。


上を向いて、青が明滅する光景にぼんやり見とれていると、


ぴちゃ。


「うがぁ!」


水滴が目に入って視界が潰れた。


目がぁ目がぁ、と呻く大佐が脳裏に浮かんだ。

理不尽だ、なんで俺がこんな目に。

大した被害じゃないんだが、いきなり訳もわからない空間に拉致? されて、正直頭が混乱している。

たかが目に水が入っただけと思うなかれ。

今の俺には、追い討ちとしては十分な災難だ。


大きなため息を吐いてから、俺は頭を軽く振った。

あれこれ考えても仕方ない。

現実逃避しても仕方ない、か。


「よっこらしょっと」


目をこすりながら立ち上がる。

すると、背中にひんやりするような感覚。

ふむふむ、空気の流れは後ろの方からか……ってそんなことじゃなく。


何かと思えば、寝間着代わりのウィンドブレーカーが肌にひっついてやがった。

あと何故かサンダル履いてた。

そういや、夜食を買いに外へ出たところまで、覚えているような……?

ええい、思い出せない。


それにしてもじめじめしてるなぁ。

まぁ、でも、そりゃそうか、なんかすごく湿気ぽい空間だし。

十秒に一回くらいは水滴が地面に落ちる音がしているし。


俺はもう一回辺りを見回してみた。


どうやら一本道の途中みたいな場所だ。

前と後ろに洞窟が続いている。

広さは人間が2~3人並んで通れるぐらいで、天井は……ちょっと高いかな。

青白い光で不規則に照らされているが、道の先はほぼ闇。

ま、所詮は蛍レベルの明かり。


濡れた背中の方がまだまだひんやりしている。

やっぱり、後ろから微かな空気の流れが来ているみたいだ。

出口か入り口が後ろにあるんだろうな。


だがそれよりも、俺は前方の道が気になっていた。


何か、こう、胸がざわつくのだ。

といっても焦りとか嫌な予感とかの類ではない。

呼ばれているような気がするのだ。


「……久しぶりの休日だったはずなんだけどなぁ」


現実感が無さすぎて、逆に落ち着いてきた。

開き直ったとも言う。


俺は意を決して、前方へ、洞窟の奥に向かって歩き始めた。


   ***


五分ほども代わり映えの無い洞窟を歩いたろうか。

道は結構デコボコしていて歩きにくかった。

多分この水滴に穿たれたってところなんだろうな。

ということは、この洞窟は数百年モノとかかもしれない。


そんなことを考えていると、急に開けたところへ出た。


「わーお……」


奇妙ででかい物体があった。


青い八面体の結晶が浮いていた。


――間違いない。こいつが俺を呼んでいたに違いない。


ざわざわと胸騒ぎがする。

ごくりと生唾を飲み込む。


ええい、こうなりゃヤケだ! ……某使徒みたいにレーザーとか撃ってきたりしないよな?


ちょっと腰が引けたが、なんとか青い結晶の前までたどり着く。

思ったほど大きくはない。

うちの一人暮らし用冷蔵庫と同じぐらいのサイズか。


結晶はふわふわと浮かび、周囲よりは少し強い光を明滅させていた。

どことなく神々しさを感じる。

馬鹿でかい宝石のようなものだが、こいつは一体何カラットだろう。

カラットが何をどういう風に区切った尺度なのかは知らないから、測りようも無いか。


結晶はものすごい存在感で、なんだかオーラを放っている。

全身の皮膚がちりちりと粟立つ。


近くでよく見て分かったことだが――「結晶」の中を、どこの超古代文明ともしれない、少なくとも地球じゃ存在しないような、独特な「文字」が泳いで・・・いた。

まるで結晶体の奥から小魚のように表層へ浮かび上がり、対流するように一定の規則を伴って、また結晶の奥へ潜水していく「文字」達。

それは幻想的で、独特的で、ありえない非現実的なアクエリウムとでも言うべきものだが、俺の心を不思議と惹きつけるのだ。


こんなわけのわからない存在感を目の前にしてだが、恐怖よりも好奇心の方が勝っていた。


――俺は、代わり映えの無くなってしまった毎日に、変化と刺激を求めていたんだ。


秘められた願望。

突き動かされるままに、青い結晶に触れる。


そして、次の瞬間。


凄まじい量の情報が頭の中に流れ込んできた。


『――人族との接触を確認――』


『――品種評価……失敗。客人まろうど型と断定――』


見たこともない景色やら生物やら、建物やら、地球には存在しないような言語の文書やら。

雑多にしてカオス、脈絡など一切無い"情報"がイメージの塊となって容赦無く注ぎ込まれてくる。


まるで、テレビのチャンネルが高速で切り替えられるかのようだ。

それか、できの悪いの絶叫アトラクションにでも乗せられたかだ。次から次へと切り替わる「イメージ」の渦。


……こいつは酷い!


脳みそに手を突っ込まれて、ぐるぐるかき回されるみたいな強烈な不快感。

奥歯をガタガタ揺さぶられるかのような、目の前がチカチカするような激しい眩暈感。


俺には、迂闊な行動を後悔するヒマさえ無かった。


『――領主登録の失敗を確認――』


『――肉体の脆弱性を確認。種族転換を強制開始――』


全身を潰されるような衝撃の後、激痛が俺を襲う。


俺はそのまま気を失った。

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