8.姫君からの使者-4

 時は、ほんの少しだけ遡る――。



「タオロンが、シャオリエの店に!?」

 その報告を聞いたとき、ルイフォンは耳を疑った。

 いつもは細くすがめられている猫の目が、ぱっと見開かれる。研ぎ澄まされたようなテノールが、部屋の空気を鋭く斬り裂いた。

 鷹刀一族の屋敷に、繁華街の情報屋トンツァイからの連絡が入ったのは、メイシアがさらわれてから三日目。〈ムスカ〉のいる庭園に、食料を積んだ車が来るという日を翌日に控えたものの、それをどう有効活用するか、いまだ名案が浮かばぬままでいるときのことであった。

 腹の傷の養生のため、ルイフォンは自室のベッドに横になり、そこにエルファンが足を運び、ふたりで額を突き合わせている。そんなところへの、まさかの朗報だった。

「そうなのよ! メイシアの指示ですって!」

 報を受け、ルイフォンの部屋に駆け込んできたミンウェイが息を弾ませる。

「それで、彼女の携帯端末をシャオリエ様の店まで持ってきてほしいそうよ。――けど何よりも、できるだけ早く、ルイフォンに『私は無事です』と伝えてくださいって、メイシアが……」

「メイシアが……!」

 ルイフォンは、大きく息を呑んだ。

 胸にあふれてくるのは、間違いなく歓喜だ。

 なのに呼吸が乱れ、息苦しい。熱は下がったはずなのに、全身の感覚が鈍く、現実味がない。

「メイシア……」

 目頭が――熱い……。

「……無事……だったんだな……! ――――、――――っ!」

 ルイフォンは雄叫びを上げる。

 彼女の無事を信じていた。

 だが、それでも――……一抹の不安と戦っていた。

「メイシア……、お前って奴は……!」

 それが、どんな魔法を使ったのか、彼女はタオロンという使者を立ててきた。

 自分は無事だと、伝えてきた。

「最高じゃねぇか……!」

 彼の最愛の姫は、黙って騎士の助けを待っているような、凡庸な姫君ではなかった。

 自ら動くことのできる、聡明な戦乙女だ。

 情報屋トンツァイの食堂に手紙を託すのは、多少、頭の回る者なら思いつく手段だろう。しかし、シャオリエの娼館を頼るという、盲点をついた奇策。

 貴族シャトーアの箱入り娘だった彼女らしからぬ作戦であるが、おそらく、仲良くなった少女娼婦スーリンから聞いていたのだろう。娼館というのは、その秘匿性から陰謀の隠れ蓑として使われることがあるのだと。ルイフォンが『あり得ない』と言い切ったスーリンとの絆を、しっかりと結んだからこその策だ。

 ルイフォンの喉の奥から、好戦的な笑いがこみ上げてくる。――だがそれは、本人は気づいていないだけの、くしゃくしゃの泣き笑いの顔だった。

「それでこそ、俺のメイシアだ!」

 彼は叫ぶ。

 誇らしかった。自慢のパートナーだと思った。

「行ってくる!」

 ルイフォンは、勢いよくベッドから起き上がる。その瞬間、ぴりっと走る痛みに顔をしかめた。

「ルイフォン! まだ、動き回るのは早いわ」

 ミンウェイが血相を変えた。しかし、ルイフォンは口角を上げ、猫の目を光らせる。

「ミンウェイ、約束だったろ? 今は動くべきときで、だから協力してくれるって。――俺を動けるようにしてくれ。頼んだ」

 しかし、ミンウェイは首を振った。

「そりゃ私も、多少の無茶は構わない、と言ったわよ。でも今回は、その時じゃないわ」

「違う! 今が、その時だ!」

「ルイフォン、落ち着いて。どうやらメイシアは、あなたが怪我をしたことをリュイセンから聞いたみたい。それで、『端末を届けるのは、ルイフォンでなくて構いません。ルイフォンは、くれぐれも無理しないでください。どうか、お大事に』と、トンツァイが受け取った手紙に書かれていたそうよ」

「……!」

 メイシアはルイフォンの性格を理解していて、だから、先回りして気遣ってくれていた。

 ――だが。

「いや、俺が行くべきだ」

「ルイフォン!?」

「タオロンは、メイシアが送り出してくれた使者だ。俺が迎えなくてどうする?」

 ルイフォンはベッドを飛び降り、戸棚に向かう。そして、大切に保管していたメイシアの携帯端末を取り出し、握りしめた。あの日、厨房に残されていたものだ。

 怪我をした初日に〈ベロ〉に会いに行って以来、ルイフォンは、ほとんど部屋から出ていない。腹の傷は痛いし、足腰が弱っているのも感じる。

 それでも、行くべきだった。

「ミンウェイ、ルイフォンに鎮痛剤を処方してやってくれ」

 不意に、それまで沈黙を保っていたエルファンが低い声で命じる。

「エルファン!」

「エルファン伯父様!?」

 ルイフォンとミンウェイは、意味合いの異なる驚きによって、不協和音の二重奏を響かせた。

「急がないと、斑目タオロンがシャオリエ様の店に着いてしまうぞ」

 エルファンは氷の微笑を浮かべる。その眼差しは、温かくルイフォンを後押ししていた。



 シャオリエの店に急行すると、女主人のシャオリエは勿論、スーリンと、それからトンツァイまでもが待ち構えていた。

 トンツァイは、彼の食堂に来たタオロンと見張りの男の様子をざっと話し、それから預かっていたメイシアからの手紙をルイフォンに渡す。それには、庭園での出来ごとが書かれていた。

「そうか……、ファンルゥが手を貸してくれたのか……」

 くりっとした丸い目いっぱいに好奇心を載せた、行動力のある小さな女の子。父親のタオロンにそっくりな、まっすぐな心の持ち主。彼女の原動力は優しさだ。

 ファンルゥが意図したことではないのだが、彼女の描いた絵が巡り巡って、ハオリュウの怒りを鎮め、リュイセンの弁護をするまでに至った。

『姉様は、リュイセンさんとふたりで、あの庭園から逃げ出す方法を考えているはずです』

『……それが、僕の姉様です』

 その言葉に、ルイフォンの心は揺さぶられた。リュイセンを切り捨てる決意をしていた彼の目に、皆で笑い合う未来を見せてくれた。

「凄えな。味方だらけじゃねぇか」

 ルイフォンの胸が熱くなる。

 ――と、そのとき。

 背筋に、ぞくりと悪寒が走った。

 身の危険を感じながら、恐る恐る振り向くと、そこには女物の服と化粧道具を持って、にやりと嗤うシャオリエとスーリンの姿があった。

「斑目タオロンは、『馴染みの女』に逢いに来るのよねぇ」

 アーモンド型の瞳をすうっと細めながら、シャオリエがにじり寄る。

「お、おい……、待て……!」

 意味するところを理解して、ルイフォンの顔がさぁっと青ざめた。

「俺は部屋で待っていて、スーリンがタオロンを連れてくればいいだけだろ!」

「あらぁ、それじゃあ、私が面白くないでしょう? 私は、この店を密談の場として提供してあげるのよ? お前は、誠意を見せるべきだと思うわぁ」

 シャオリエは、さも当然とばかりに、ふふんと笑う。

「ばれたらどうするんだよ!?」

「ルイフォンなら、大丈夫よ!」

 すかさずスーリンが言い放ち、隙をいて、ルイフォンの髪を留めている青い飾り紐の先を引いた。一本に編まれていた髪は解き放たれ、もとの癖毛と相まって、優雅に波打つ黒髪が広がる。

「や、やめろ……! トンツァイ、助けてくれ!」

 ルイフォンは、憐れみの目で彼を見守っていた情報屋に救いを求めたが、トンツァイは神妙な顔で告げた。

「ルイフォン、この界隈でシャオリエさんに逆らったら、生きていけねぇんだよ」

 そう言って、……腹を抱えて笑い出した。

 数分後――。

 出来上がった『ルイリン』を目にした瞬間、トンツァイは腰を抜かした。

「ルイフォン、お前……。やっぱり、鷹刀の血統だったんだなぁ……」

 やっとそれだけ呟き、ただただ呆然とルイフォンを見つめる。

 シャオリエもまた、自分の『作品』に大変、満足したようで、片手を頬に当て、わざとらしいくらいに体をくねらせて「あらぁ」と、わけの分からない感嘆の声を上げた。

「やっぱり、私の若いころにそっくりだわぁ」

「そんなわけあるか!」

 反射的にルイフォンが叫ぶと、彼女は不気味な嗤いを見せたのちに、徐々に不思議な笑みを浮かべる。

「……?」

 ルイフォンは疑問に思い……、それから、はっと気づく。

 シャオリエの若いころは、『パイシュエ』なのだ。すなわち、もと鷹刀一族であり、父イーレオを『育ててくれたひと』だ。

〈ベロ〉のところで『パイシュエ』の名前を知ったあと、ルイフォンは彼女の素性を調べた。

 ――ルイフォンが、若いころの『パイシュエ』と似ているのは当然といえた。立派に血が繋がっているのだから……。

 なんともいえない感情をいだいていると、不意にスーリンに呼ばれた。

「ルイフォン! こっち向いて!」

 ルイフォンの思考は、完全に他所よそに行っていた。だから、スーリンの黄色い声に、つい無警戒に従ってしまった。

 しまった、と思ったときには、スーリンの携帯端末が電子的なシャッター音を鳴らしていた。



 ――そして……。



「しっかり可愛がってやれよ!」

 背後から、タオロンの見張りの男がはやし立てる声が聞こえた。

 ――ふざけんなっ!

 振り返って、ど突き倒したい気持ちを必死に抑え、ルイフォンは階段を駆け上る。

 さすがのシャオリエも、女装姿での長居は危険だと認めてくれた。『ルイリン』は内気な少女という設定にするから、タオロンの姿を見たらすぐに走り去っていい、ということになった。

 当然だ! 声でも出したら、一発で男だとばれる。

 残念ながら、ルイフォンの声質は、生粋の鷹刀一族の男たちのような低く渋いものではないが、間違っても女の声には聞こえないはずだ。

 タオロンは『ルイフォン』と言い掛けて、慌てて『ルイリン』と言い直した。本当は、さぞかし度肝を抜かれているのであろうに、律儀な奴である。そこは尊敬に値する。

 だがしかし!

 ――わざわざ、訂正しなくていい! もう、勘弁してくれ!

 ルイフォンは心で叫びながら、懸命に段を上がった。

 足にまとわりついてくるスカートをたくし上げるわけにもいかず、それどころか、高級娼館にいる娘にふさわしく、足音も立てずに小股で上品に逃げなければならないというのは、大変な苦行であった。

 背中にタオロンの気配を感じながら、なんとか階段を上りきり、ルイフォンは、あらかじめ決めてあった部屋の扉を開ける。そして、ちらりと後ろを振り返り、目配せでタオロンに『入れ』と合図した。

 ふたりそろって部屋に入り、すかさず鍵を掛ける。防音は完備されているので、これでひとまず安心だ。全速力で走ったわけでもないのに、どっと疲れが出た。

「ルイフォン……、だよな?」

 タオロンが遠慮がちに尋ねてきた。

「ああ。変なもんを見せて悪かったな。――この店を利用させてもらうのと交換条件に、ちょっと、な……」

 手の甲で口紅を拭いながら、できるだけ平静を保ってルイフォンは答える。実は……、あまりにも違和感のない自分の女装姿に、それなりにショックを受けていたのだ。

「あ、いや、ちっとも変じゃねぇ。見張りの奴も、まったく気づいていなかった。大丈夫だ、お前は綺麗だ」

「…………タオロン」

 ルイフォンの猫の目がすぅっと細くなり、彼の喉から発することのできる最も低い音程で、羨ましいほどに男らしい体躯の巨漢の名を呼ぶ。

「女装を褒められても、俺はちっとも嬉しくねぇんだよ!」

 八つ当たりだと思いながら、ルイフォンは吠えた。

「す、すまん! ……ほら、もしも俺が女の格好をしたら、恐ろしいことになるはずだ。それに比べて、お前は凄い、と……」

「フォローになってねぇよ……」

 溜め息混じりにぼやくルイフォンに、タオロンが再び「すまん」を重ねる。

 まるで、数年来の友人と話してるかのような軽口が、互いに自然に出てきていた。

 ――タオロンとは敵同士だった。

 今でも、表向きは敵であるはずだ。

 だが、ずっと仲間だった。初めて会ったときから、いずれそうなる予感がしていた。

「タオロン」

 いつもの声色に戻り、改めて無骨な大男の顔を見る。

 よく日に焼けた浅黒い肌に、太い眉。意外に可愛らしい小さな目が、彼の人の良さをよく示している。だが、娘のファンルゥのためになら、心を傷だらけにしながらも、どんな冷酷な命令もこなす男だ。

 ――でも、もう、こいつに意に沿わぬ行為はさせない……。

「俺の手を取ってくれるか?」

 ルイフォンは、右手を差し出す。

 メイシアの使者として来てくれた彼に対し、今更かもしれない。けれど、最後に会ったときの――〈ムスカ〉の前で『俺たちの手を取れ』と言ったときのやり直しだ。

「……いいのか?」

 タオロンの声は、かすれていた。図体に見合わぬ気弱な仕草で、上げかけた手をためらいに揺らす。

「当たり前だろ」

「――ありがとな……。本当に、ありがとなぁ……!」

 固く分厚い手が、ルイフォンの手に喰らいつくかのように握りしめてきた。見た目通りの怪力に一瞬、顔をしかめるが、そこは耐える。

 何しろ、ようやく――なのだ。

 やっと、タオロンと手を取り合うことができたのだ……。

「こっちこそ、ありがとな。メイシアが無事だと分かって、本当にほっとした」

「ああ、いや、それはファンルゥが……」

 そこまで言い掛けて、タオロンは急に顔を引き締めた。そして、正面からルイフォンを見据える。

「藤咲メイシアは、まだ助かったわけじゃねぇ。お前のところに帰って初めて、無事と言えるんだ」

 思わぬ強い口調にルイフォンは戸惑う。確かにタオロンの言う通りなのだが、何か含みがありそうだった。

「タオロン、とりあえず座って話そうぜ」

 ルイフォンはタオロンを椅子へと促し、自らも向かいに座る。

 その際、スカートの足を大きく開いて腰掛けたら、タオロンが残念なものを見る目を向けてきた。――が、ルイフォンの知ったことではない。

 きっぱり無視したつもりだったが、どうやら目つきが剣呑になっていたらしい。タオロンが「すまん」と体を小さくして謝ってきた。



「ルイフォン。藤咲メイシアは、俺に遠慮している」

 意思の強そうな眉をぐっと寄せ、タオロンは、そう切り出してきた。

「彼女が、俺に頼んだことは、この店で携帯端末を受け取り、ファンルゥに届けさせることだけだ。それすらも、ファンルゥに危険なことを頼んで申し訳ないと謝っていた」

 ファンルゥの腕輪の仕掛けが真っ赤な嘘だったことは、トンツァイを介して受け取った手紙から、ルイフォンも知った。してやられたと思った。

 だが、メイシアが心配している通り、いくら毒針が嘘でも、脱走が見つかれば、ファンルゥはただではすまないだろう。メイシアの性格からして、遠慮がちになるのは当然だ。

「俺だって、ファンルゥに無茶させて悪いなと思うよ」

「違う。そういう意味じゃねぇ。――頭のいい藤咲メイシアなら、気づいていたはずなんだ」

「え?」

 猪突猛進のタオロンらしくない、婉曲な言い回しだった。ルイフォンは、困惑に瞳をまたたかせる。

「藤咲メイシアは、すぐにも、お前のもとに帰りたいはずだ。だったら、手っ取り早く、俺にこう頼めばよかったんだ」

 タオロンはそこで言葉を切り、今までの親しみやすい、気の優しい大男の顔を捨てた。そして、斑目一族総帥の血を受け継ぐ、ぞくりとする凶賊ダリジィンの凄みをまとい、告げる。


「〈ムスカ〉を殺せ――って、な」


 ルイフォンは息を呑んだ。

「――そうか……」

 ファンルゥの腕輪が、ただの腕輪であるのなら、タオロンには〈ムスカ〉に従う義理はない。堂々と、裏切って構わないのだ。しかも、部下である彼ならば、〈ムスカ〉に疑われることなく、簡単に懐に入ることができる――。

 押し黙ったルイフォンに、タオロンは何か勘違いをしたらしい。「あっ」と叫び、焦ったように続けた。

「すまん。お前らは〈ムスカ〉を捕まえて、情報を吐かせたいんだったな。殺しちまったら困るわけだ。……ああ、でもそれなら、『殺せ』じゃなくて、『捕まえろ』と言ってくれれば、俺はそうするし……」

 やはり、どうにも腑に落ちないらしく、タオロンは、しきりに首をかしげる。

 ルイフォンもまた、メイシアの真意を測りかねていた。

 勇猛な武人であるタオロンが味方になってくれたのだ。ならば、彼には武力を頼るのが自然だろう。

 だが、メイシアは、タオロンを携帯端末を手に入れるための使者とした。無骨で不器用なタオロンに、〈ムスカ〉や見張りの男に対して、嘘と演技を願った。

 果たして、それは最善手だっただろうか……?

「……メイシアは、何を差し置いても、まずは俺との連絡手段が欲しかったんだ……」

 ぽつりと。独り言のように、ルイフォンは呟いた。ひとこと漏らせば、朧気おぼろげながら彼女の意図が読めてくる。

「手紙じゃ駄目なんだ……。あいつは、俺に何か相談したがっている……」

「そうなのか」

 恋人であるルイフォンの弁ならと、タオロンは納得したらしい。身を乗り出して、言を継ぐ。

「じゃあ、とりあえず今日は、指示通りに携帯端末を預かっていくだけにするが、必要なときには、いつでも言ってくれ。俺は、なんだってやってやる」

「すまない。ありがとう」

 感謝を述べると、タオロンは言いにくそうにバンダナの頭を掻いた。

「いや、俺には下心がある。……お前らに顔向けできねぇことをしたくせに厚かましいと思うが、俺とファンルゥが身を寄せる先への口利きを、どうか頼む!」

「ああ、レイウェンのところか。――何、言ってんだよ。向こうは待ちかねているくらいだ。シャンリーが、お前のことを随分、心配していたぞ」

 ルイフォンが笑い飛ばすように言うと、タオロンは心底、ほっとしたかのように大きく息をついた。

 それから、ルイフォンは真顔になって切り出す。

「タオロン――、今後のために、こちらの事情を知っていてほしい。かなり複雑な話になるが、聞いてほしい……」



 ルイフォンは、〈ムスカ〉のこと、『デヴァイン・シンフォニア計画プログラム』のこと……これまでのことをタオロンに語った。

 タオロンは、時々、眉をひそめながら、それでも懸命に聞いてくれた――。



「ルイフォン。お前は、メイシアとリュイセンを〈ムスカ〉に囚われて、心が休まらないと思う。だが、俺が必ず、あいつらを守る。遠慮なんて要らない。俺に任せろ」

 太い腕を胸に当て、タオロンが誓う。

「ありがとう、タオロン。感謝する」

「よせよ、そんな堅苦しく……」

 照れくさそうなタオロンに、ルイフォンは言葉を重ねる。

「言わせてくれよ。俺は、お前に直接、礼を言うためにこの店に来たんだからさ。――本当にありがとな。それから、頼んだ……!」

 ――時間も尽きてきた。

 ルイフォンはメイシアの携帯端末をタオロンに託し、また彼ら同士も連絡先の交換をする。

 最後にタオロンは、思い出したように綺麗に包装された包みを出してきた。『馴染みの女』のために買った、高価なアクセサリーである。

「これを、あのスーリンという女性に渡してくれ」

 タオロンが持っていても仕方がない。だから、世話になったスーリンに贈るのが適当だろうというわけだ。

 それは、もっともなことであったので、ルイフォンは、なんの気なしに「分かった」と預かった。タオロンが内心で、やたら値の張るものを買う羽目になったのは、天の配剤というやつが『あの』スーリンに似合うものを用意させたからに違いないと、妙に納得していたことなど、ルイフォンには知るよしもなかった。

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