第39話 バレンタインデーに本を
「悪い竜をやっつけたの。男の人が」
彼女はとても真剣な顔をして言う。
「竜の首を切り落としたらね、血がぶわってあふれ出て、それが全部真っ赤な薔薇の花になったんだって。だから男の人は、その花をお姫さまに贈ったの。あなたを悩ませる悪い竜はやっつけてやりましたよ、って。……でもそれって、ズルいよね?」
胸の悪くなるような臭気が立ちこめていた。
彼女は赤い色のこびりついた刃物を手に、とてもとても真剣な顔をしている。
「だってね、なんで男の人だけなの? 私、女だけど、悪い竜がいるんだったら、自分の手でやっつけたい。人からもらうんじゃなくて、自力で薔薇の花を手に入れたいって、そう思うんだよ? ……なのに、なのにさ」
悔しげな彼女の、視線が下がる。
つられて僕の視線も、彼女の視線をたどって、足下に散らばる無数のヘビやトカゲを見下ろした。
「悪い竜の仲間かな、って思ったの。だからこうして、いっぱいやっつけたの。でもね、薔薇なんて全然出てこない。これって、私が女だから出てこないのかな?」
頭を落とされたヘビやトカゲの死骸に囲まれ、彼女はどこまでも真剣で、どこまでも切実で、どこまでも純粋だ。
「薔薇の花が欲しかったの?」
僕の問いかけに首を振る。
「ううん。あのね、私の力で手に入れた薔薇を、君にあげたかったの」
僕は一瞬、言葉につまった。
カバンから一冊の本を取りだし、差し出すと、彼女はキョトンと僕を見返す。
「薔薇の花もいいけれど、僕は本の方が、もらったらうれしいかな。ついでにココアとチョコレートでもあったら、読書に最適だと思うんだけど、君はどう思う?」
彼女が刃物を手放す。
それから、僕の手から本を受け取って、はにかんだ笑みを見せてくれた。
「うん。私も薔薇より本がいい。それから、ココアとチョコレート!」
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