第19回にごたん

サマーガール・スプラッシュ

【狐の嫁入り】

【シオマネキ】

【ビート板】

 

 

 

「ねぇ、これ、似合ってるかな……?」

 日差しの照り付けるビーチで来ているのは、黒と白のストライプの入ったタンキニ。

 だが、着ている人間の小柄さのせいだろう、ただただ無残な平面がそこに広がっている。

 

「ねぇ、ユウジ。今失礼なこと考えてなかった?」

「いえ、なにも」

 

 あー怖かった。死ぬかと思った。

 

 俺を尻目にスタスタと歩いていき、1度振り返ると、

「日焼け止め、バッチリ!」

 といった。

 

「ねぇ、ユウジもおいでよー」

「あいよ」

 

 さて、行きますか。

 俺は重い腰を上げて、彼女の元へ行った。

 

 

 

「ひゃ~、海はいいよね、海は!」

 

 1、2時間ほど海でひとしきり遊んで、借りたパラソルの下に入る。

  

「なあ……もう少しゆっくりしたかったぞ俺は……」

「運動不足だよ、それは!」

 

 毎日筋トレをやってるはずなのに。おかしいなぁ。

 

「そういえば、なんで海なんだ?屋内プールならウォータースライダーもあるのに」

「やっぱり、海の方が気持ちいいから」

「そっか」

 

 しばらくすると、明るい空から、ポツリ、ポツリ、と雨が。

「あっ…天気雨だ」

「え?……ホントだ。強くならないといいね」

「まあ、すぐやむだろ、天気雨なら。パラソルもあるし、雨宿りしよう」

「雨宿りって言えるのかなこれ……」

「まあなんでもいいさ。着替えられないことには車出せないし」

 

 

 

 待つこと20分。夕立のようにポイポイ……もといザーザー降りではないものの、サーッ、という、静かな雨が続く。

 心なしか、ではなく、本当に空も雲が増えてきた。

 

「なんか寒くなってきたね…へくちっ」

 

 小さなくしゃみが1つ。

 俺は黙って、彼女の肩に俺の上着をかける。

 

「ほい。これでちょっとはマシになるだろ」

「うん。ありがと」

 

 両肩に掛けられたまま、胸の前でギュッと前身頃を掴む。

 お互いもうティーンを何年も過ぎたのに、この仕草は相変わらず可愛い。

 

 

 

「雨、止まないね……着替え、どうしよう……」

「あっ…」

 

 言われるまで、自分たちが水着であることを失念していた。

 着替えようにも車に2人とも置いてきてしまっている。

 

「じゃあ俺、先に車で着替えてきて、近くに持ってくるから、ちょっと待ってて」

「あ、ごめんねわざわざ」

「別に大丈夫。それより早く着替えようぜ、飯食べに行きたいから」

「あ、そうだね」

 

 

 

 30秒で水着を着替え、ビーチに1番近い駐車場に車を移動させ、交替して着替えてもらう。その間外で傘をさして4分ほど待つ。

 

「着替え終わったよー」

「あいよー」

 

 運転席に座り、カーナビを近くのファミレスに設定する。

 雨はまだ降っている。

 

「ユウジの助手席って、初めてだね」

「そりゃそうだろ。いつもは仕事でしか使わないし」

 

 すると彼女は、ぷくーっ、と顔を膨らませ、

 

「そうじゃなくってさー、なんかもう少しいい答えはないの~?」

「ない」

「相変わらず即答だね…」

「おう」

 

 

 

 海から10分ほど走ったところにある、海の家のような雰囲気のファミレス。

 

「結局、このまま雨になりそうだね……」

「まあ、天気予報も外れるときは外れるしな」

「でも、いいことはあるよ」

「なにが?」

 

 一呼吸おいてから、

「ユウジと2人きりで遊べる」

 

 笑顔で言われてしまうと、男はもうどうしようもなくなってしまう。

 

「一応言っとくが、俺所帯持ちだぞ……?」

「それくらい知ってるよー。誰が私のところに披露宴のハガキ送りつけたと思ってるのさー?」

「はいはい、俺だよ」

 

 ねぇ、と言って、彼女は話を変えた。

 

「来年の夏はさ、海外旅行連れてってよ」

「はぁ!?今時いくらすると思ってんだ!ていうか連れていくのかよ、俺が!?」

「そーだよ」

「なんで!?男でも作って連れて行ってもらえばいいだろ!」

「えー、やだー。ユウジが連れてってよー」

「子供みたいなごね方をするなっ!」

 

 まあ今日も、彼女の休みが取れたというだけで半ば無理やり有休を取らされている。

 でも不思議なことに、俺はこの日がやってくるのが楽しみでならなかった。

 

 「はぁ…お前もさ、いつまでも独身ひとりでいないで、いい加減男探さなくていいのか?顔はいい方なんだから、すぐ見つかるだろう?」

「いい方とは何よ、失礼ね。……でもさー、見つからないんだよねー、相手」

「なんで?」


 その次の言葉は、あまりにも衝撃的だった。


「んー…だって、いま私の目の前にいる男が1番いい男なんだもん。これより上がいるとはあんまり思えないから、かな」


 俺は返す言葉を見つけられなかった。

 

 

 

 お互い高校を出てから、年1回でも会えばいい方で、ここ3、4年は連絡も取り合っていなかった。

 それでも自分たちのことは、恋愛関係ではなくても、大事な相手だと思っているのは確かだ。

 

 

 

 なぜか小さなカニの水槽の中にいるハワイアン人形が、何か俺に語り掛けているような、そんな気がした。

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