異世界では人間ですらなかった

沖田和雄

第1話 新たな始まり

 「フアアアァァ」

 ついあくびが漏れるそんな余りにも暇すぎる正午。高校生は本来なら今の時間は学校で黙々とお勉強しているだろう。

 しかししかし、夏休み前のこの時期はちょうど期末テスト期間中で午前で帰途に着けるのだ。ありがとう神様。テストの点数なんてこの際どうでもいい。もう既に親に赤点を取った時の言い訳を考える。


 「ちょっと龍介りょうすけ、聞いてる?」

 「え?」


 みるみる内に話しかけてきた彼女、中川琳なかがわりんの顔が怖くなる。こいつは正真正銘俺の彼女だが怒らせると怖い事この上ない。よって、ここはすぐさま何とかすべきだ。


 「ごめん、ちょっと眠くて……話が入ってこなかったんだ」

 「ええ、そうね。物凄いあくびをかましていたものね。夜も普通に寝てるくせによくもそこまで眠気に襲われるわね」

 「ち、違うんだ。昨日は八時間しか眠れなくて……」

 「それだけ寝れば普通は十分なのよ」


 ダメだ、今日は本当にダメだ。機嫌を直してくれそうにない。怒らなければ可愛いしスタイルもそこそこ、胸がないのが確かに弱点だがそれなりには優しいんだけどなあ……。


 「にしても今日は人が多いわね」


 琳がこちらも見ずに話しかける。声色はさっきほどの怒気は含まれていないがもう機嫌を直してくれたのだろうか?


 「……」

 「ねえ、聞いていますか?松重龍介まつしげりょうすけ君?」

 「ああ、聞いてる聞いてる。確かに昨日よりはかなり多いな」


 危ねえええええ、機嫌を窺うことに必死で会話するのを完全に忘れていた。また怒らせてしまっては元も子もないからなあ。気を付けなければ……。

 でも、確かに今日の駅は少し混んでいた。と言っても都心と比べると信じられないくらいに人が少ないのだが……。ただ、その割に駅のホームはでかい。昔は栄えていたのだろうか?


 「近くで何か催し物でもやってんのかなあ?龍介、何か知ってる?」

 「さあ、全く見当もつかん」

 「そうよね、あんた基本家に籠りきりだもんね」


 ぐはああ。何か鋭利なものがガラスのハートに突き刺さった。俺だって好きで家に籠ってる訳じゃない。見ないといけないアニメや読まないといけない漫画があるだけだ。決して、俺のせいではない。


 「俺をそこまで傷つけて一体何が目的だ」

 「そういう訳じゃないけど……じゃあ明日でテストが終わるでしょ、だから明日学校が終わったらデートしよ」


 ぐはあああ。そんな顔で言われると断れないだろ。天使か女神かの類としか思えない。心なしか後光もさしている気がする。それは本当に心なしなんだが。


 「もちろんOKだ。どこに行きたいんだ?」

 「んんん……じゃあウィンドウショッピングに付き合ってよ。夏用の服まだ買えてないのよねえ。ってあれ?」


 突然、前を歩く琳が素っ頓狂な声をあげて立ち止まる。


 「どうしたんだ?」

 「え、いや、今……おばあちゃんが急に消えて……」

 「は?おばあちゃんが急に消えるっておばあちゃん忍者かよ?んなことあるわけないだろ」

 「そうよ!」

 え?何が分かったんだ……って急に走り出した?一体何なんだよ。でも、着いて行かないと何故か後悔しそうな気がする。俺の50メートル7.5秒の俊足を見せつけてくれるわ。

 と言いながらも実は琳の方が足が速いので追いつけるわけもないんだけど……。ってあれ?前を走っていたはずの琳が急に消えた?


 いや、消えたんじゃない。落ちたんだ、線路に。


 「おばあちゃん、おばあちゃんしっかりして、おばあちゃん」


 琳が誰とも分からぬおばあちゃんに声をかけ続ける。でも、反応は全くない。


 「龍介、駅員さん呼んで来て!」

 「でも……」

 「でもじゃない、早く!!」

 「くっそーーーーー」


 俺は踵を返し駅員がいるであろう駅長室に走り出そうとした。

 でも、最悪な音楽が流れる。俺には分かる。いつも通学にこの電車を利用している俺には。これは電車が駅に到着する時の音楽だと既に分かっている。

 これじゃあ、駅長室に走っても100%間に合わない。


 「くっそーーーーーーーーーーーーー」

 再び踵を返し俺も線路に飛び降りた。

 当然のごとく琳はお怒り模様である。

 「何であんたまで下りて……」

 「そんな暇はないだろ」


 俺は必至の力でおばあちゃんを抱き上げホームの下に導く。ってか重い。人間ってこんなに重いのかよ。こんなことなら筋トレしとくべきだった。って言ったところで後の祭りだ。こういう時は

 「火事場の馬鹿力だあああ」


 ダメだ、言ったところで俺の筋肉が増強される訳でもないらしい。

 それでも何とかおばあちゃんをホームの下に連れて行けた。後は俺と琳もホームの下にいれば何とかなる……………………。でも、振り返るとその場でへたり込んでこちらに微笑みかけている琳が見えた。



 「ごめん、龍介。足やっちゃった。今までありがとう、あなたもそのままホームの下に隠れていて、そうすればあなたは助かるわ」


 「くっそーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」


俺はすぐさま琳に駆け寄る。


 「少し痛いかもしれんが我慢しろっよ」

 「ちょ、な……」


 足の踏ん張りを利かせ、琳をお姫様抱っこで軽く持ち上げたままホームの下へ投げ飛ばす。


 後は俺も飛び込めば……。


 でも、そんな時間はもう無かった。けたたましいブレーキ音と共に体中に激痛が走る。ああ、俺って死ぬんだな。思いのほか呆気ない幕切れだなあ。もうちょっと生きていたかったなあ……。





 頭が痛い。ってそれどころか体も動かねえよ。でも、意識は……ある。あの状況から助かったのか?ありがとう神様。私はこれ以上ないほどの幸せ者です。人生最後になっていたかもしれない願いを聞いて頂きありがとうございました。必ずや神に誓っ……。


 「ありがとーー」


 良かった、いつもの聞きなれたこの声。琳も無事か。てえええ?

 琳がいきなり自分の胸元に俺の顔を押し当てた?あれ、でも小さくても意外と胸は胸だって分かるんだな。


 「私を助けようとしてくれたのね、ありがとう。あなたはとても偉いわ」


 いや、俺もっ……てええええ?

 今度は抱きかかえて頬ずりしてきたーーー。

 ってああ、琳のぷにぷにのほっぺたが弾力があって最高に気持ちいい……。もう、昇天しそう……。



 

 ん?抱きかかえられて?

 「あ、急がないと。ゴメンね、お礼できなくて」

 琳は俺を下ろす。ってあれ地面がすぐ間近に見える?嫌な予感をしながら俺は自分の腕を見た。


 うん、今すぐにでも触りたい肉球がある。


 「ワンーーーーーーーーーー(どうなってんだーーーーーーーーーー)」

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