第8話―少女の生きる希望―
俺の朝はラジオ体操から始まる。
洞穴の床に羽毛を敷き寝起きしている俺と母、母親が運動不足ではないのだろうかと危惧した結果が最早日課となったラジオ体操である。
ラジオ体操は馬鹿にできない。
ラジオ体操を五回ほどするだけで人間の一日の運動量がまかなえると言われているほどだ。
最初は母も俺の奇っ怪な行動に頭を抱えていたが、説明し、続けた結果効果も現れてきたので朝起きたら二人で仲良くやっている。
だが今日はその二人に一人が追加される。
「おはようエンリ! いい朝だな!」
「………………」
名前がないと不便という理由で俺が勝手に名をつけエンリと呼ばれた少女は、ゆらりと体を起こした。
あの宣言の後は、とりあえず狩りのメンバーに俺の無事を伝え、一通りサンドバッグにされたことでなんとか許してもらえた。
そしてボロボロになって帰ってきた俺に母が回復魔法をかける。
最近は傷も浅くなった、回復がとても早くなったと母も喜んでいた。
その後少女をどこかへやるなんてこともできないので、同じ洞穴で寝かせることにした。
もちろん母の羽毛の方でだ。
一応俺が羽織っていたボロボロのマントを身にまとっているが、俺の教育上まずいだろう。
ぼくが拾ってきた子だから一緒に寝るの!
とかそんなのは通じないのだ。
そして食事だが、少女は俺が分けた食料を食べなかった。
これは別に死にたいから食べないといったわけではなく、元々魔力でできている精霊には魔力を取り込むので食事が必要ないのだ。
少女のことは山賊にまだ話していないが、時期にバレるだろう。
その対策もしなければならないが、まずは少女に生きたいと思わせなければならない。
少女は死にたいと言っていたが、自分から傷ついていくようなことをせず、終わりを静かに待っている。
その間にどうにか俺はしたい。
というわけでだ。
エンリの手を引っ張り起こすと、俺が目の前でラジオ体操を始める。
「エンリ、清々しい朝だろう? 太陽も眩しい、美しいだろう? そんな朝から、こうして身体を動かすことによって一日を体も心スッキリとスタートさせる。素晴らしくないか?」
「…………」
あらやだ、何かキちゃう。
少女の感情のこもっていない虹色の双眸にジッと見られながらラジオ体操をする。
これからのラジオ体操はさらに素晴らしくなるのではないか。
そんなわけで朝のラジオ体操計画は失敗に終わったが、これはずっと続けていくつもりだ。
ラジオ体操は本当に素晴らしいものなのだ。
前世での運動不足もこれで解消し、朝から身体が軽くなる。
……まあ、最期辺りはやる気力もなくなっていたが。
しかし今世では健康に生きることを目指していこうと思っている。
運ばれてきた食事を済まし、俺は皿を洗いに洞穴を出る。
もちろんエンリも連れて行く。
食事を運んできた男にエンリを見られたのだが、特に問題はなかった。
「クク、あのライクも女を攫うようになったか。まあそんなちびっ子に誰も手なんか出さねえから、精々愉しむんだな」
とのこと。
エンリは神秘的な美少女といった容姿だが、まだ見た目は8歳ほどだ。
それに母からも手を出さないようにと男に伝えていた。なので他の男に襲われる心配もないだろう。
考えていた問題は、杞憂に終わった。
そしてエンリの正体だが、男にはバレていなかった。元々が何十年も前に絶滅した精霊。さらには出会うことすら稀であると言われてるものを、たかが山賊が知る余地もないのだ。と思う。
母であるエイリーネは貴族であり、魔法を扱える。なのでそういった書物に目を通していたこともあってエンリの正体がわかったのだろう。
俺のサイズに合わせてあったマントは小柄なエンリの身体を完全に包み込み、ボサボサの長い髪もまとめてフードのように被せている。
これなら目に入れても悪くない。
俺はロリコンではないがああも綺麗な少女の裸体を見ているとロリコンになってしまいそうなのだ。
自分で動かないエンリの手を引き、小屋の裏に置いてある、何十枚と木で出来た皿が積まれた籠までたどり着く。
さすがに片手で持つことはできないので、エンリの手を離し両手で籠を抱え、近くに流れている川へと運んだ。
ここの川は綺麗で魚も釣れるほど。
母も山賊に鎖を繋がれ見張られながら水浴びもしており、俺も三日に一回ほど身体を流している。
汗に汚れ、そんな状態でいたらますます精神がおかしくなりそうなものである。特に頭はかゆくなるし、清潔は保ったほうがいいだろう。
……まあ、これももう慣れて何日も水浴びしなくても平気に感じてきたが。
と、水の魔法が使えればこんな苦労をすることはないが、山賊の中で魔法を扱うことができるのは二人だ。
それも風と土なので皿洗いなんかに使うことはできない。
風がせいぜい乾かすことに使えるくらいだ。
そんなこと下っ端の仕事を魔法を使える奴がするわけもないが。
もう一度小屋まで戻り、突っ立っていたままのエンリを川まで連れてくる。
握る手は相変わらず冷たい。
「洗うってことは、大切なんだぞ。洗わなければ汚れ、放置していれば菌が繁殖してその皿を使えばお腹を壊してしまう。生命維持に必要な食事で体調を崩すなんて、ダメだろう? だから洗うってことは、ひいてはみんなの役に立つんだ。ほら見ろ、綺麗になった皿だ。気持ちいいよなぁ」
俺が川で皿を洗いながら力説しても、エンリはぼーっとそれを見ているだけだ。
……いや、一瞬ぴくりと反応したかのように見えたが、多分気のせいだろう。
見てくれているだけでもいいのだ。
何かきっかけができるかもしれない。
俺は一時間ほどかけて皿を洗い終え、また籠を置きにエンリを引きと往復したのであった。
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