プライドくんと、かまってちゃん
一 雅
プロローグ
あの日
九歳にして父親の土下座姿を目の当たりにしたときは言葉を失った。
玄関には数人の男たちが立っていた。皆それぞれスーツや柄物のシャツを着崩して、顔にはタバコや髭や傷があった。刑事ドラマに出てくるような人たちだと思ったのが当時の率直な感想だ。
男たちは革靴も脱がずに玄関から土足で上がり込んできていた。父親のすぐ後ろには台所へ通ずるドアがひとつ。僕はそのドアを少し開けて、隙間から父親の背中を通して男たちの姿を見物していた。
子供ながらに、父親のその行動が何を意味するのかは十分理解することができた。何事かを怒鳴る男たちに、父親は懸命に媚びていた。謝罪の言葉を何回も何回も唱え、ホコリまみれの廊下に自分のおでこを擦りつけていた。
腹いせに玄関の壁や棚を蹴って殴った男たちは最後に唾を父に吐きかけ、家から出ていった。土下座の姿勢のままうずくまる父の震える背中は小さく、痩せ、貧相だった。
家は生まれながらにして貧乏だった。父が汚れた金に手を出したのには、それほどの事情があったのだろうが、深い理由までは僕には分からない。けれどもそれが悪い方向へ進んでいることだけは、なんとなく分かっていた。
「父ちゃん、大丈夫?」
たまらなくなった僕は、父の背中に声を落とす。けれども返答はなかった。父はひたすら嗚咽を漏らしていた。僕の声など耳には届いていないようだった。
何度も何度も呼んでも、返事のひとつも返してはくれなかった。まるで、自分以外、そこにはいないかのような態度だった。
そして何度目かの呼びかけに、父は顔を伏せながらにしてようやく、反応してくれる。
「
父の声は震え、小さく、弱っていた。聞きたくない声だと思った。求めていない答えに、僕は我慢できずに、口を閉ざしてしまった。
それが、よわい九つの冬にして、父の姿を見た最後の光景となった。
なんて、極ありふれたお目汚しな序章はこれくらいにしておこう。
本編はもっとコミカルに。いや、誰に言ってるんだか、僕は。
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