第505話クロトの変化です!

今日も今日とて日課の訓練です。

いつも通り街から少し離れて、人気のない所でやっています。

最近はクロトも戻ってきているので一緒に居るのだけど・・・。


「ねえ、クロト」

「・・・なに、お父さん」


俺が呼び掛けると、首を傾げて何の用かと応えるクロト。

だがしかし、首を傾げたいのは俺の方なのです。


「いや、何してるのかは俺が聞きたいんだけど」

「・・・日向ぼっこ」


俺の問いに、いつものぼーっとした感じの顔で答えるクロト。

確かに日向ぼっこをしているのかもしれないが、何故木の枝に逆さまになってぶら下がっているのだろうか。

だがクロトは困惑する俺を不思議そうに見つめ、それ以上の言葉は無かった。

なんか、意味が有るのかな、あれ。


「あはは、クロト君、前の調子に戻ってるね」

「だねぁ。まあ、普段通りになったのは良い事なのかな?」


シガルの言う通り、今のクロトは大分落ち着いている。

ちょっと前のクロトは何処か焦っていたし、とにかく何かを頑張ろうって感じだった。

変に焦って無いのは良い事なんだけど・・・かなり前のクロトを思い出すぽやっと加減だ。

考えが全然読めないし、何がしたいのか良く解らない。


「あれはあれで少し心配になる」


別にクロトが何か変な事をするとは思って無いけど、何するか解らないのは少し怖い。

解り易い時も心配して、解りにくい今も心配は、流石に我儘か。

まあ、クロトは賢い子だし、大丈夫だよな。


「・・・よし」


俺がクロトに関して結論を付けると、クロトが小さく呟いたのが耳に入った。

それでクロトに顔を向けると、木の枝から足を離して逆さのまま自由落下していた。


「ちょ、クロト!」


驚いてクロトに駆け寄って受け止めに行こうとするが、クロトは途中で木を蹴って反転。

少しよろけはしたが、綺麗に足から着地している。

残ったのは行き場のない俺の腕である。


「・・・お父さん、大丈夫だよ」

「あ、うん、そうね」


行き場のない手が恥ずかしくて、誤魔化す様にクロトの頭にのせて、わしゃわしゃと撫でる。

冷静に考えれば、クロトはあの程度は平気だろうけどさ。頭からいってるの見たら慌てるよ。

・・・いや、ちょっとまて。今の結構いい動きしてたけど、クロトが白いまんまだぞ。


「クロト、今の素の状態でやったの?」

「・・・うん、ギーナさんと色々やって、黒くならなくても少しは動けるようになったよ」


今までのクロトは黒い状態にならないと、身体能力はかなり低かった。

それも子供達とボール遊びをして、顔面に飛んでくるボールを受け止められない程度だ。

そのクロトが、素の状態であんな曲芸じみた事をやってのけた。


「・・・今やらなきゃいけない事とは違うけど、これ位出来ないと、あいつに負けるから」

「あいつ?」

「・・・あいつ」


そう言ってクロトが指をさした先には、日陰ですやすやと眠る白竜の姿が有った。

この辺人居ないからって、元の姿に戻ってるけど大丈夫かね。

まあ、俺達が傍に居るし問題無いか。最悪ペットって言おう。後でハクが拗ねそうだけど。


「・・・あいつにだけは、負けない」

「あー、そう。そうなんだ」


ギーナさんの所に行ってたのって、その為だったのかな。今やるべき事とは違うって言ったし。

まあ、可愛い我儘かな。

実際こっちは焦っても仕方ないし、ミルカさんも来てくれるんだし。

クロトの我儘に付き合わせたギーナさんには、今度直接お礼を言いに行っておこう。


「・・・それに多分、僕が出来てもお父さんが出来ないと、きっと危ない」


ハクからクロトに意識を戻すと、クロトはいつの間にか俺に顔を向け、いつものぼんやりした目で見つめていた。

今のって、どういう意味だろう。

僕が出来てもって事は、もしかしてクロトはもう何かを掴んでいるんだろうか。


「クロト、もしかして遺跡でやったような事、出来る様になった?」

「・・・試してないけど、多分、出来る」


それは、期待していた答えだった。

クロトがあの状態になれるなら、ミルカさんが来る前にある程度形に出来るかもしれない。

そう思ってクロトに頼もうとして――――。


「しない」


まさかの、いつもの溜めの無い速さで、それも言う前に否定で返された。

俺はクロトの語りが速かった事と、今までにない拒絶の色を含んだ声に固まってしまった。

そんな俺に気が付いて、クロトが少し眉を下げた気がする。


「・・・ごめん、なさい。でも、だめ。きっと僕とお父さん二人でないと今回の事は出来ない。けど、前と同じ様にやったら、お父さんは近いうちに死んじゃう」

「――――それは、どういう事か、教えてくれるかな」


死ぬ。

はっきりとクロトに言われたそれが、脅しの類では無いと思った。

ただ事実を言っているだけだと、そう感じた。


あの時、俺とクロトは確かに繋がっていた。

だからきっと、俺がクロトの状態が解ったように、クロトも俺の状態が見えていた筈だ。

そのクロトが、同じ事を繰り返せば死ぬと言った。それは、聞き流せない。


「・・・あの時のお父さんは、力を使えてるけど、使えてない」

「使えてるけど、使えてない?」

「・・・使いこなせてない、って言ったらいいのかな。力の使い方とか、流し方とか、そういうのが感覚的になんとなく出来てるだけで、制御出来てない」


確かに言われた通り、あの時の事を思い出すと使いこなせたとは言い難い。

思った通りに力を集められたし、放つ事も出来た。けどその代償に、片腕がボロボロになった。

それに自身の気功を使っていない筈なのに、体にもかなりの反動を受けていた。


「・・・この間は片腕の負傷ですんだけど、次も片腕ですむとは限らない。むしろ片腕が無くなる程度で済めばいいかもしれない。僕は、お父さんが死ぬのはやだよ」


・・・ああそうか、クロトが最近、前の様にぼーっとしてた理由が解った。

クロトはもう、求められる物を手に入れてるんだ。今すぐにでも応えられるんだ。

だから焦る必要も無いし、無理に何かを頑張る必要も無い。


あくまで今やる事は、ハクに負けない為に、負けたくない奴に負けない為に鍛える事。

もしかして、木にぶら下がってたのって何かの訓練だったのかな。


「そっか、解った。ありがとう、クロト」


俺が悩んでいると、クロトはどんどん不安そうな顔になりだしていたので、頭を優しく撫でる。

それでほっとしたのか、少し嬉しそうな表情になった。

ぼーっとするのは戻ったけど、表情は前より分かる様にはなったまんまで良かった。

まあ、これはあくまで、俺がそんな気がするって話だけど。


「お父さんはお父さんで頑張らないと駄目、って事かな?」


話を横で聞いていたシガルが、ちょっと悪戯っぽい笑みで俺を下から覗き込んでくる。

これはあれだな「クロト君は出来ると思ってるから言ってるんだよ?」って言ってる顔だ。


解ってますよう。頑張りますよう。息子に頼りすぎてる父親ってのも、どうかと思うし。

相変わらずあんまり父親なんて自覚は薄いけど、それでも保護者だしね。

被保護者に頼ってばかりじゃ、かっこつかないでしょうさ。


「頑張るよ。遺跡壊すたびにクロトに心配かけちゃ、クロトが心労で倒れるかもしれないしね」


苦笑しながらシガルに応え、クロトの頭をもう一度撫でる。

そうだ、今だってその力をちゃんと理解出来てないから使えてないんだ。

そんな状態で、クロトに力を借りて使える様になったって、また体を破壊するだけだ。


いや、それで済めばいい。

最悪体を壊しただけで、遺跡を壊せないなんて事になりかねない。

前回の事は、運がよかっただけだ。

遺跡を破壊できるだけの力が行使できたのも、それで死ななかったのも。


「次は、五体満足で帰れるようにしないとな」


次は運なんて介在させない。ちゃんと、成し遂げる。

だってこれは、次で最後じゃないんだから。これから何度もしないといけない事なんだ。

なのに毎回体壊してちゃ、死なないまでもいつまで体がもつか解らない。


「・・・うん。お父さんなら大丈夫」

「そうそう大丈夫、タロウさんなら出来るよ!」


クロトとシガルが似たような動きで、俺にエールを送ってくる。

やっぱこの胸元で両手をぐっと握る動作、シガルの影響だよな。


しかし、シガルはシガルで、最近やたら元気がいい気がする。

接する相手が気楽な人達ってのも理由かもしれないが、若干子供っぽい感じが帰って来てる。

まあ、これはこれで可愛いんだけど。


「ん、なあに?」


じっとシガルを見つめていると、彼女は小首を傾げた。

彼女は狙っているんじゃないだろうし、多分俺が完全に惚れてるせいだろうけど、その動作だけで可愛いと思ってしまう。

これ口に出したら、ただの惚気だよな。


「シガルが可愛いと思ってただけだよ」

「えへへー」


でもこの場には俺達しかいないので、そんな事気にしないです。

まあ、今は可愛らしいけど、夜になると可愛らしいとか言ってられないんですけどね。

因みに最近イナイと一緒に、シガルに頭を下げました。もうちょっと手加減して下さいと。

だって最近本当にこの子凄いんだもん。体力が持たないよ・・・。


いやうん、思考がまたいつもの様に散乱してる。今はそういう事考えてる時間じゃない。

とはいえ現状、俺は光明が見えていない。どうしたもんかね。

やっぱり素直にミルカさん待つしかないのかなぁ。

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