恋愛魔法

前花しずく

第1話 英雄ニート

「お兄ちゃん朝だよ」

 少女は木製のドアをちょっとだけ開いて、本が乱雑に散らかった部屋に向かって呼びかけた。

 ベッドで布団にくるまっている物体は少女の呼びかけに対して何の反応も示さない。

 少女は小さくため息をつくと、部屋の奥にある窓のカーテンを一気に開けた。

 朝の清々しい光がベッドの物体に降り注ぐ。

 だが、これにもこれといって反応を示さない。

「もぅ」

 少女はほっぺを膨らませながらベッドに近づいて、物体を激しく揺すった。

「お兄ちゃん起きてよぅ、お兄ちゃんっ」

「ん~...」

 ここにきてようやく物体がもぞもぞと動き始め、布団から顔を出した。

 しかし、「もうちょっとだけ寝かせてくれ~」と言ったかと思うと、またそのままうとうとし始める。

 少女は揺するのをやめて、とぼとぼと部屋の外へ出て行った。

 かと思ったら、一つの雑巾を片手に部屋へ舞い戻ってきた。

 少女はじりじりとベッドに近づきながら不敵な笑みを浮かべる。

「お兄ちゃん、これ、昨日トイレ拭くのに使ったやつなんだけど、これでお兄ちゃんも綺麗にしてあげよっか」

 すると、物体も慌てて布団から顔を出した。

「ちょ、お前嘘だろ?やめ...」

「いいからいいから、じっとしてて」

 少女はもうベッドまで手が届く距離まで来ている。

「リーナ、リーナちゃん、落ち着いて、早まらないで、リーナさんお願いしますやめてください」

 そんな物体の命乞いも虚しく、リーナはその雑巾を物体の方へ突き出した。

「~~~~~っっっ」

 と、物体が布団から真っ青な顔して飛び出した所でピタリと止めると、リーナは勝ち誇ったように笑った。

「ようやく出てきた。本当毎日往生際悪いんだから」

 一方の布団から飛び出してきた物体は「参った参った」と頭を掻きむしった。

「ちなみに、この雑巾、まだ一度も使ってないから」

「本当に心臓止まるかと思ったからな」

 あーだこーだ言いながら、物体もといハクェイト・ベルシュタインは部屋の外に出てきた。

 食卓の上には既に朝食の準備がされており、ハクェイトはその前にどかっと座った。

「おお~、うまそう。また調理魔法の腕上げたな~」

 見た目を褒められて、リーナは照れて頭を掻いた。

「えへへ、鶏肉とブロッコリーのグラタンだよ」

「いただきますっ」

 ハクェイトは左手で皿を持ち上げ、スプーンでがつがつと掻き込むように食べる。

 その向かいでその姿をリーナが微笑んで見ている。

「どう?おいしい?」

「うまいぞっ、文句なしの三ツ星だぞっ」

「隠し味に幼虫入れてみたんだけどどうかな」

「!!??ブハッッッげほっっっがほっ...」

 軽快に食べていたハクェイトは口の中のものを勢いよく噴き出した。

「お兄ちゃん!大丈夫?」

 リーナはハクェイトの顔を心配そうにのぞき込む。

「...何故に今話した...」

「なんとなく」

 死にかけているハクェイトに対してリーナはすまし顔である。

「学校で幼虫の調理の仕方教わったからやってみたんだけど」

「リーナ、調理魔法はただ料理の手間をなくすだけで、食材そのものは変わらないんだぞ...ああ、胃の中のものまで出てきそうだわ」

 ハクェイトは半ば放心状態で虚空を見つめている。

「知ってた」

「知ってて何故やったし」

 ハクェイトは涙目でリーナに詰め寄るが、リーナはそれを気にすることなく学校へ行く支度を始めた。

 リーナの制服姿を見て、ハクェイトはふとリーナの成績が気になった。

 思い返せば、一か月以上前に一回聞いただけだ。

「そういやあ、最近学校の方はどうだ?成績」

 聞くと、リーナは途端に目を輝かせた。

「そうそう、私学年トップだったんだよ!優秀生徒にも選ばれちゃった」

 嬉しそうに話すリーナを見て、ハクェイトはつい顔を引きつらせる。

(あ、もうこいつ俺と住んでる次元がちげーわ)

「じゃあそろそろ行くね。いってきます」

「おう、いってら」

 ハクェイトは軽く手を挙げてリーナを見送った。

 それからしばらくぼーっと椅子に座っていたハクェイトだったが、不意に我に返り、上着を羽織って日課の散歩をするべく、玄関を出た。

 家の前の道は一昔前に整備され、石畳になっている。

 さらにこの通りはすべての家がレンガ造りで、モダンな雰囲気を醸し出している。

 いつものようにぶらぶらと歩いていると、小麦の焼けるいい匂いが漂ってきた。

 近所の人たちに人気のパン屋だ。

(金はねえけど覗くだけ覗いてみっか)

 と、ハクェイトはパン屋に寄り道することにした。

 しかし、店内に目をやった瞬間、ハクェイトは硬直した。

 若い男女がぴったり寄り添って買い物しているではないか!!

「ねえ、ケーくん、どれにするぅ?」

「ノンちゃんの好きなのでいいよ」

「クリームパンにしちゃおっかな~」

「クリームがほっぺについたら俺が取ってあげるよ」

「もぅっ、ケーくんったら」

(間違いない、奴らは...RI☆A☆JU!!)

 ハクェイトないしDTの永遠の敵...憎しみの標的だ。

(こんな店先でいちゃいちゃしてんじゃねえクソヤロウっっ、そんなにいちゃいちゃしたきゃよそでやれっっ)

 いろいろ言いたいことはあったものの、ハクェイトはそれを一つの言葉に要約して呟いた。

「リア充爆発しろ」

 そう小声で言って、ハクェイトが立ち去ろうとしたときだった。

 女がトングでクリームパンを掴んだ瞬間、中のクリームが飛び出してきて男の服にべっとりとついてしまった。

「あっ、ごめん、今タオルか何かもらってく...」

「うわっ、てめえふざけんなよっっ。これ高かったんだぞ?もう最悪だわ。お前ゼッコーな。もうついてくんなよ」

「えっ...?」

 男は捨て台詞を残し、ハクェイトの真横を通って去って行ってしまった。

 一人残された女はクリームパンを見て立ち尽くしている。

(本当に爆発しちゃったよww)

 ハクェイトはニヤニヤ笑いながらその光景をしっかりと目に焼き付けて、そのまま店を後にした。

 しばらく歩いていくと、道は運河へと出てくる。

 そのあとはのどかな運河沿いに西の方に道が伸びている。

 ハクェイトは川沿いに出て一番最初のお気に入りの橋へ来て、その石でできた橋の真ん中で大きく息を吸った。

 ...と、ハクェイトの視界にまたも汚らわしい者達が映り込んでしまった。

 目の前の水面を漂っているボートに二人の男女が向かい合って座っていた。

 ゲラゲラと下品な笑い声を上げて話している。

 ハクェイトは当たり前のように例の言葉を囁いた。

「リア充爆発しろ」

 そのとき、ハクェイトのすぐ隣に他の女が走ってきて、ボートに向かって叫んだ。

「あんたっ、そいつは誰だい!」

 どうやら彼女は男の妻らしい。

「うちの亭主に手出してんじゃないよ!くそ女!」

 ボートに乗っていた女は事情を知らなかったらしく、ボートの上で男に詰め寄る。

「ちょっとどういうことよ、説明して!」

「あ、いやこれはその...」

「私とは遊びだったわけ!?あんたサイッテー」

 そう言うと、女は何のためらいもなく男を川に突き落とすと、そのままボートを漕いで行ってしまった。

 ハクェイトの隣にいた女も陸に上がった男の元に走っていって、その顔に強烈なビンタを浴びせた。

(また爆発した。不思議なこともあるもんだなあ)

 ハクェイトは笑いを必死でこらえながら対岸に渡り、そのまま城下町を進んだ。

ハンデルベン=デンスベルグ城城下は銀色の鎧を身に着けたハンデルベン軍の輩が溢れかえっている。

 城が軍の本拠地であるからだ。

 その軍の兵士で城下町はいつも賑わっている。

 みんなが陽気に話していて、みすぼらしい恰好をしたハクェイトにも大声で挨拶してくる。

 ハクェイトは人と関わるのは苦手な方だが、それでもここへ来るとなんだかほっこりするのだ。

 今日も挨拶を交わしながら城下町を城に向かって上がっていると、急にリーゼントみたいな頭をしたやつに肩をぶつけられた。

「おいてめえ、どこ見て歩いてんだあぁ?」

 鎧を着てないあたり、こいつは兵士じゃないんであろうが、状況が悪いのには違いない。

「あんた、その汚いなりしてダーリンにぶつかってくるとかいい度胸してんじゃん」

 リーゼントの隣にいるギャルが指を指して死ぬほど笑っている。

「てめえみてえなゴミは下水道でおとなしくしてな」

 リーゼントはハクェイトに向かって唾を吐くと大笑いしながら歩いていく。

(あんなクソヤロウにも彼女がいるとか差別かよっっ。くそっ、憎い、憎い、憎たらしいいいい)

 怒りが頂点に達したハクェイトは憎しみを込めて負のオーラを纏って呟いた。

「リア充爆発しろリア充爆発しろリア充爆発しろ...」

 すると、今度は急に周りにいた兵士たちがざわめき始めた。

 そして、そのうち五人くらいがさっきのリーゼントの前に立ちはだかると剣を抜いてリーゼントに刃先を向けた。

「貴様、麻薬売人として指名手配されているな」

「はっ、なんのことだか」

 兵士に凄まれるが、リーゼントはへらへらとしている。

「貴様を城に連行する、ついてこい」

 そう言って兵士が若干剣を引いた瞬間、リーゼントは懐に隠していたナイフを振りかざし、兵士の壁に突っ込んだ。

「こんなところで捕まるかよ、バーーー...」

 突っ込まれた兵士は冷静にナイフを剣で払う。

 実践慣れしていないリーゼントはすぐにナイフを話してしまい、ナイフは遥か彼方に吹っ飛んだ。

「今のは明らかなる反逆だ。よって反逆罪でこの場で処刑する」

 言い終わるか否か、兵士はリーゼントの首を素早く刎ねた。

 悲鳴を上げるまでもなく死んだリーゼントの胴体は鮮血をまき散らしながら石畳の上にぶっ倒れた。

 ギャルの方はショックからか道の脇で嘔吐していた。

 それを見てハクェイトは体を震わせた。

(俺....俺っ...)

 ハクェイトは自分の手を凝視した。

 そして、ハクェイトは落ち込.....みはせず、飛び上がって喜んだ。

(俺っ....リア充爆発させる魔法を使えるようになったのか!!)

 そして興奮冷めやらぬ間に全力ダッシュで家に帰った。


「お兄ちゃんただいま~」

 学校から帰ってきたリーナリーナが玄関のドアを開ける。

「...お兄ちゃん?」

 ハクェイトはいつもなら陽気に「おう」と返すところを、何も言わずどこか遠くを見つめて座っていた。

「リーナ、俺」

 ハクェイトは突然立ち上がったかと思うとリーナの肩を掴んだ。

「え、お兄ちゃんどうしたの?」

「リーナ、俺、魔法使えるようになったかもしれない」

 ハクェイトは興奮でにやけながら言った。

 リーナは突然の告白に言葉も出ないでいる。

「...お兄ちゃん」

「だからリーナにこの魔法がなんなのか解明してほし...」

「ついに中二病こじらせちゃったんだね。いつかはこうなると思ってたよ」

「うおーーーい」

 リーナはハクェイトの話を聞く前に涙ぐんでしまった。

「いや、本当なんだってば」

「うんうんわかるよ。現実逃避したいのはよくわかる」

「話を聞けーーーーっっ」

 兄妹があほな会話を交わしていると、誰かが玄関の戸をノックした。

「はーい」

 リーナが戸を開けると、軍の兵士が立っていた。

「ハクェイト=ベルシュタインはいるか?」

「はい、僕ですけど...」

 恐る恐る名乗り出る。

 兵士は鎧の中から髪を取り出すとテーブルの上に置いた。

「おまえは今度の遠征のメンバーに選ばれた。明朝五時、村の入り口に来い」

「は?」

 わけが分からず、ハクェイトは聞き返す。

「なんで俺が軍の遠征に付いていくんです?」

「お兄ちゃん、村のことどんだけ興味ないのよ...」

 リーナが呆れ返りながらも説明を始めた。

「ハンデルベン軍は力こそあるけど、人数自体は少ないの。だから足りないときは住人表から抽選で何人か選んで同行するの。この村に暮らしてたら嫌でも知ると思うんだけど」

「なんだよそれ、まるで俺がヒキニートみたいじゃんか」

「違ったの?」

「ヒキは余計だっ。俺はオープンニートだっ」

「...クズじゃない」

「そろそろ帰ってもいいだろうか」

 二人のあほな会話にたまりかねた兵士が割り込んでくる。

「あ、ごめんなさいお待たせしちゃって」

 リーナは笑って謝ると、丁寧に兵士を帰した。

「...ってことで明日は叩き起こすから」

 リーナはにっこりと怖いくらい清々しい笑顔を浮かべた。


 日が顔を出してからまだ10分。

 空はまだ半分くらい暗いが、村の入り口の門の前には既に大勢の兵士が集まり始めていた。

 そして、ハクェイトも眠気を我慢しながらその傍らに腰掛けた。

「ったくリーナのやつ...初っ端から耳元でドラ鳴らしやがって...まだ耳がいてえ」

 ハクェイトがぶつぶつと文句を言っていると、兵士のリーダーらしき人が門前広場を見渡せる小高い丘に立った。

「全員集まったか」

 細長い顔と切れ長の目、そしてその野太い声はまさしく軍を率いるのに相応しそうな男だ。

「今日の目的は敵の偵察隊の偵察だ」

「偵察隊の偵察?」

 あちこちでクエスチョンマークが飛び交う。

 その疑問に答えるようにリーダーらしき男は続けた。

「この近くにレーデルディア軍の偵察隊がキャンプを張っている。それを偵察してくるのが今回の任務だ」

「ラジャッッ」

 鎧を着た兵士たちは揃って敬礼する。

 一方、何人かはハクェイトのように私服で、勝手が分からずまごまごしている。

 見かねたのか、男が声を張り上げる。

「兵士でない者は一旦こっちに集まれ」

 眠気と戦っていたハクェイトも仕方なしに重い腰を上げ、男の元に歩み寄った。

 ハクェイト含め6人。

 付き合いのないハクェイトには誰一人も知り合いはいない。

「お前たちは後ろからついてこい。必要に応じて指示はするが余計なことはするな」

 そう言うと男は丘から降り、隊の先頭に立った。

「では偵察を開始する。全体前進!」

 男の合図で兵士たちはガチャガチャと歩き出す。

 言われた通り、ハクェイト達もとぼとぼとその後ろについていく。

 ハクェイトはさっきのリーダーと思しき男のことを知りたかったので、たまたま隣にいたもじゃもじゃ頭の青年に話しかけてみた。

「もし、お兄さん。あの一番前歩いてるおっさん誰か知ってる?」

 普段あまり人と話していないからついチャラくなってしまうが、まったく話せなくはないのでコミュ障ではない。

「は?誰って...ハンデルベン軍最高司令長官、ゴンドレッド・リヒトーニッヒ様に決まってるじゃないかっ」

 ハクェイトはもじゃもじゃ頭に「ありえない」という表情で見つめられるが、そんな顔をされたって知らないものは知らない。

「最高司令長官?なにそれおいしいの?...っていうのは流石に嘘だよ。そんな顔すんなよ。具体的に何やってる人なんだ?」

「具体的にはったって、軍の指揮だろう?作戦を立てたりとか、方針を決めたりとか、いろいろだよ」

「ふぅん」

(それがそんなに偉いもんかねえ)

 口には出さなかったが、ハクェイトは心の中で毒づいた。

 それからしばらくは特に話すこともなく、ただひたすらうっそうとした森の中を歩いていた。

 日頃、家から城までの行き来しか運動をしないハクェイトの足は出発直後から息が荒い。

 足取りもふらふらで、何度ももじゃもじゃ頭に励まされた。

 そして、一時間ちょっと歩いたところで、隊列がピタリと止まった。

 それに合わせて、ハクェイトは限界とばかりに座り込んだ。

「まもなく敵のキャンプに到着する。くれぐれも静かに来い」

 ゴンドレッドが声を潜めていることから、だいぶ近いことがうかがえる。

 ただし、ハクェイトに不安など感じる余裕はなく、その間も息を整えるのに必死になっていた。

 間をおいて、隊列はゆっくり、慎重に前へと動き出した。

 兵士の連中は鎧の音が響かないように押さえつけている。

 軽装のハクェイトたちはそんなことをする手間はないものの、抜き足差し足おっかなびっくり歩を進めた。

 すると、遠くから賑やかな声が聞こえてきた。

 隊列(ハクェイトを除く)が緊張感に包まれる。

 突然、目の前が開けたかと思うと、そこは切り立った崖になっており、眼下には敵軍の連中が酒盛りをしているところだった。

 隊列は崖に沿って二手に分かれ、茂みに隠れながら広がっていく。

 ハクェイト達もそれにならって茂みに隠れ、崖下を覗き込む。

 キャンプはかなり規模がでかく、目視できるだけで100人、それ以外を集めると120人はいるだろうか。

 武器はそれぞれがサーベルや剣を持ち、魔術師と見える者たちも十人程度うろうろしている。

 基本的には任務はこれで終了だ。

 あとは彼らの会話に耳を傾けて有益な情報を拾うだけ...。

「彼女がさあ...」

 ふとハクェイトの耳にその言葉が飛び込んできて、神経を集中させる。

「彼女がこの前、ケーキ作ってくれたんだけど」

「まじ!?最高じゃん」

「それがくっそまずくて、笑うしかなかったわ」

(彼女いるだけでありがたいと思えこのやろうがっっっ)

 ハクェイトは怒りで唇を噛む。

 すると、その話に隣の別のやつが割り込んできた。

「彼女と言えば、明日彼女の誕生日なんだよねえ、愛おしいわあ、早く帰りてえ」

(こいつ、絶対俺たちDTを馬鹿にしてんだろくそっっっっ)

 ハクェイトはこぶしを強く握る。

 怒りをこらえて、体はプルプルと震えている。

 その話にさらにほかのやつも加わってきた。

「俺の彼女さあ、寝るときめっちゃかわいいのよ」

「俺の彼女は...」

「俺のは...」

 そいつらの話し声がこだまのようにハクェイトの頭に響いた。

 そして、ハクェイトの中で何かがプツンと切れた。

 ハクェイトは何のためらいもなく、茂みから立ち上がった。

 外から丸見えの状態になる。

 横のもじゃもじゃ頭が慌てて戻れと説得するが、それには応じず、その場で思いっきり空気を吸った。

 そして眼前のキャンプにありったけの力を振り絞って叫んだ。

「リア充ッッッッ爆発しろおおおおおおおおッッッッ!!!」

 キャンプのやつらが一斉にハクェイトの方を向く。

 それだけでなく、仲間の兵士たちもハクェイトを睨んでいる。

 ____刹那、周囲を閃光が走った。

 目を開けられないほどの光。

 誰もが状況を理解するより早く、鼓膜の破けるような爆音が体を突き抜け、とんでもないほどの爆風がハクェイト含む兵士たちを数メートル吹っ飛ばした。

 次に灼熱の炎が上がり、キャンプを一瞬にして焼き尽くした。

 ハクェイトが気が付いた時には、その身は爆発でえぐられた崖のぎりぎりのところに倒れていて、目の前は真っ黒い煙で覆われていた。

 煙がだんだんとはれてきて、兵士たちも次々と起き上がり、様子を確認する。

 下にあったキャンプは跡形もなく消し飛び、代わりに直径数百メートルはあろうかと思われる巨大なくぼみができていた。

 敵の姿も一人も見えず、恐らく誰一人として生き延びてはいないだろう。

「...敵を殲滅したぞおおおおっ」

 誰からともなく歓声を上げ始め、やがて歌えや踊れやのどんちゃん騒ぎになっていた。

 ハクェイトがきょとんとしていると、ゴンドレッドが大声を上げた。

「引き上げる!!隊列を組みなおせ」

 ゴンドレッドの命令に馬鹿騒ぎしていた連中もあっという間に静まって、列を成し始める。

 ハクェイトたちもその後ろに並ぶ。

 ゴンドレッドが先頭に回ると、行きと同じようにゆっくりと歩を進め始めた。

 特に何も考えずに列についていくハクェイトだったが、途中でもじゃもじゃ頭に話しかけられた。

「おまえまずいぞっ」

「ん?まずいって何が?」

 もじゃもじゃ頭は必要以上に怯えている。

「どうやったのか知らないが、お前は命令を無視してやつらを殺した」

 確かに、今回の目的はあくまで偵察。

 殲滅するのはやりすぎだとの見方もあるだろう。

 だが、ハクェイトにしてみれば、今殺すか、後で殺すかなんてなんの違いもないように思える。

「別にいいだろ、敵なんだし」

「そういうことじゃない。お前は最高司令長官の命令なく行動したんだ。この意味が分かるか!?」

「どういうことだ?」

「死刑だよ。それも拷問で痛めつけられたあと、ギロチンで民衆の前で」

 これまたハクェイトにとっては初耳だ。

「あ、謝れば許してくれんだろ」

「お前は世間知らずらしいから知らないのかもしれないが、最高司令長官は血も涙もないお方だ。違反したものは例え女子供であっても躊躇なく...」

 平然を装っていたハクェイトの顔もだんだん青くなってくる。

(いよいよやべえかもしれねえ...)

 一抹の不安を抱えながら、隊列は今朝出発した門前広場へと戻ってきた。

「これで遠征を終了する。解散」

 ゴンドレッドの一言できっちりとした隊列はばらばらに散らばっていく。

 そのいざこざに紛れてハクェイトもこっそり帰ろうと思ったのだが、強く肩を掴まれて引き戻された。

「ハクェイト=ベルシュタイン、ちょっと来い」

 ゴンドレッドの眼は冷たい鋭利な刃物のようにハクェイトの目を突き刺した。

(あ、死んだ)

 ハクェイトは素直にそう思った。

「明日、国王の元に行け。お前の実力に免じて今回の失態は許してやる」

「...はぃ?」

 その場で叩き切られることも覚悟していたハクェイトは「許してやる」などという慈悲溢れる言葉を聞いて素っ頓狂な声を上げる。

「お前の力はこれから大きな戦力になるだろう。俺はお前の能力を買った。それだけだ」

 それだけ言い残すと、ゴンドレッドはそのままポケットに手を突っ込み、そのまま去っていった。

 一人取り残されたハクェイトは、そのまま数時間、その場に突っ立っていた。

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