フラグメント2
世界を壊すのは至って簡単だ。僕の目で世界の
全く罪悪感を感じないといえば嘘になる。僕のような低俗で矮小な人間が無数の命を殺すことを、どうやって正当化することができようか。
そんな風に考えていても、あの方は僕に世界壊しを命令する。僕はあの方には逆らえない。本当は壊したくないのに、壊さなければならない。相反する気持ちが僕の胸中を突き刺すように渦巻いている。
願わくば。
世界を救えるほどの英雄が、世界を壊す僕という悪を退治してくれないだろうか──────
地上百メートルの位置から、僕は街の景色を眺めていた。何の期待もしていなかった。だからこそ、それらが持つ独特の美を発見し驚愕した。
見渡す限りのビル群。その下で走る車。都会の喧騒というのはウザったいものだと思っていた。しかし、それは地上での話だった。空から見る街はとても美しかった。東西南北に整然とされた街並みは一種の様式美を放っていた。均等に揃った道や建造物は、集団行動の選手のように建ち並んでいる。ムラがなく、ムダがない。いつしか、僕の心には感動の念が湧き上がっていた。
僕の目の前に分かれ道がある
右の道は楽しいかな 左の道は怖いかな
やがて決心し 一歩踏み出すその意志
夜の徘徊
夜の街へと繰り出す。高層ビルの窓々から光が零れ、闇夜の街に彩りを加える。すれ違う人々はどこか疲れた様子で、ビルに魂を吸われたのではないかと錯覚してしまいそうだ。
そんな中、浮き足立ってしまうほどの高揚感が私の心中に染み渡っていた。メイクはバッチリ決めてきたし、気合いを入れるために勝負服を着てきた。先ほど化粧室で見た時なんて、その優美な姿に思わず見惚れてしまうほどだった。
まず、軽くウェーブしたブラウンの長髪が反射光で輝いて見えた。つぶらで黒い瞳は見る者を引き込むかのように深い色だった。薄桃の口紅が引かれた唇を見れば、その魅力のあまりにそのまま鏡にキスしたくなったほどだ。それらのパーツを際立たせるように、ファンデーションを施した白い肌が惜しげもなく主張していた。
それだけではない。この日のために購入しておいた赤のワンピースを着てきたのだ。新品であるがゆえに鮮やかな色彩を放つ赤い布地。見る者の目を惹きつけることは間違いないだろう。さらに、ピンヒールまでもが赤に染まっている。足元まで統一感を出す辺り、私の抜かりなさは底知れない。
こんなに綺麗な女は初めて見た。これが自分の姿とは未だに信じられない。だが、その疑念が今夜の獲物を得られる確信をも抱かせる。
さて、子供はもうおネムの時間。ここからは大人だけが楽しむ時間。行く当てのない徘徊がここに始まる。
柔
熊から繰り出される凶爪の一撃。すかさず飛んで躱す哲夫。それだけでは終わらない。彼が狙うはガラ空きになった熊の胴体。伸びた熊の右腕を両腕で掴むと同時に、空いた空間へ己の右足を踏み出す。
熊の連撃が来る前に、哲夫は一気に攻めることを選んだ。それは愚者の選択ではなく、勇気ある強者の選択────。
哲夫は出した足を軸にし、体を半回転させて両足を揃える。丁度、熊の胸元と己の背中が密着するように。
野生の体温が柔道着越しに伝わる。これが敵の鼓動なのか、と哲夫は思った。そして、敵もまた己と同じ生を全うするモノなのだと実感する。
そして、その状態から膝を曲げる。腰は支点に、熊の手を引く両腕は力点に、そして膝を曲げた両脚は作用点になる。ここにテコの原理の土台が整う。ここまでくれば、後は一気に畳み掛けるのみ。
“これでフィニッシュだ────”
先ほど掴んだ熊の手を前方へ引き、押し出すように膝のバネを伸ばす。熊は咄嗟の攻撃を防げず、自らの重心を崩されてしまう。
轟音が山中に響き渡る。
漢の勝負が決着を迎えた瞬間である。
熊にトドメを差したのは、基礎にして強力な投げの型によるもの。それこそ、哲夫が最も得意とする技、背負い投げの派生形。“一本背負い”である。
熊は気絶したようで、一向に動く気配が無い。それを確認した哲夫は、予想外にも満たされなかった充足感を心中に抱く。そして、さらなる武者修行のために新たな敵を探しに歩き出す。
彼の目は、まさに飢えた獣のようであった。
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