8 ナナリーとの再会(1)

 チューブから液体が抜かれ、ナナリーの身体が外気に出る。

 防護服を着た人たちに抱えられ、目を瞑りぐったりしている姿はまだ眠ってるようだ、とセルシオが監視室から見つめて思う。


 複数の研究所、研究室にまたがって行われた磁場形成の研究は、合成魔法石と魔道具、巨大な磁石に結晶化させた魔力を組み合わせた装置を街の最上階に設置することで、磁場を保たせることに成功した。

 他にも街の各階の支えを強化するため、柱の増設、天井と地面の補強の工事も進んでいる。


 これで計算上は街と上空に浮かぶ機械を支えられているのだが、今後は経過観察も含め、期間を空けて一人ずつ魔法使いをチューブから出していく。

 ナナリーは両親が健在のため、真っ先に出ることになった。

 魔力の生産異常の病気については、主にセルシオが記録した五年間のデータを参考に、医療研究機関で分析が進められている。




 ナナリーを引き取りにきた彼女の両親は、セルシオの親とそう歳は変わらないはずだが、髪はほぼ白髪でやつれた顔をしていて、向かい合っているだけで娘を喪った辛い想いを感じさせた。


 所長が説明をする隣で、同席したいと自ら申し出たセルシオはじっと黙り込んでいた。


 腕にも足にもがっちり筋肉があるのに頰のこけたナナリーの父は、


「チューブに入ることは娘が決めたことだ。あのときも同意はしたし、納得もしている。けれどやはり本心は……やめろと言いたかった」


 ナナリーの上司として、また同じ子を持つ親として同意の所長が深くうなずくと沈黙が下りて、セルシオが口を開く。


「私はーーー当時、ナナリーさんの恋人でした」


 両親が弾かれたように顔を上げた。

 所長も驚き、セルシオを見る。


「私も彼女を止めたかったし、止めようとしました」

「何で……もっと」


 父が悔しそうに呻く。

 セルシオは目線を落とし、


「だめだ、嫌だと何度も彼女に言いました。けれどいくら訴えても聞いてはくれなかった。卑怯な言い方かもしれませんが、たった一年半付き合っただけの私が彼女を止められるはずもないことは、ご両親が一番ご存知だと思います」


 ナナリーは明るく奔放だが、こうと決めたら絶対に揺るがない強い意志を持っている。

 それをよく知っている父が、そうだとうなずく。


「いくら言っても頑固で聞かなかったな……」


 きっと小さい頃からそうだったのだろう。

 思い出を噛みしめるナナリーの父にセルシオが続けて、


「本当はもっと長く一緒にいたかった……。彼女は亡くなる前、私に『忘れないで』と言っていました。それから六年、忘れたことなどなかった。ナナがここを離れても、決して忘れることはありません。これから先も、ずっと」


 強い眼差しで言うと、小柄なナナリーの母がそっとセルシオの手に手を重ねた。


「娘のことで、長い間大変辛い思いをさせました。本当に、ごめんなさいね」


 優しく詫びて、セルシオが首を振る。


「私は、ナナに出会えて幸せでした。彼女の明るさ、自由でのびのびした生き方に触れることができて」


 忘れようと望んでも忘れられなかったあの笑顔。

 一緒に笑ったり、ときに呆れたり。

 楽しい時間を共に過ごすことができて幸せだった。


 母が目を細めてにこっと笑う。


 ふと、セルシオの左手にある指輪を見止めて、


「ご結婚されてるのね」


 はい、と答えると、セルシオの表情が曇る。


「ナナが亡くなった後……私は抜け殻のようでした。頑なに未来を見ようとせず、ナナの隣で時間を止めたように立ち止まっていました。けれど妻はそんな私を受け入れ、前を向かせてくれました。彼女を大切にするためもうナナを忘れようとした私に、忘れなくていいと……泣いて叱ってくれました」


 母がそうですか、と微笑む。


 穏やかな目でまっすぐ両親を見て、


「彼女の他にも、エヴァンス所長や友人、家族など、たくさんの人たちに助けられました。ナナを喪い、日々どうしようもなく後ろばかり見ていた私を気遣い、辛抱強く見守ってくれた。ナナがいてくれたおかげで人の優しさと思いやりに気づき、そして毎日を大切に生きられるようになりました」


 力強い言葉に、所長が温かい目で微笑んだ。




 研究所を出て宿へ向かう道すがら、ナナリーの父は腕を組み、夜空にいくつも浮かぶ砂つぶのような機械を見上げながら歩いている。

 少し遅れて隣を歩く母にぽつりと、


「ナナは……男を見る目があるな」


 そう自慢げに鼻を鳴らすので、母がふふっと微笑んだ。


「そうですね」




 玄関の扉を開けると、お腹の大きなアルトがおかえり、と優しい笑顔で出迎える。足元でソラもニャーと鳴いた。

 セルシオがぼんやりした様子で、小さくただいまと答える。


「どうだった? ちゃんとお別れできた?」


 セルシオがうなずく。

 じっとアルトを見つめて動かないので、アルトが心配そうに覗き込む。


「大丈夫?」


 セルシオがはっと我に返る。

 すると面会での話やナナリーのことを一気に思い出し、アルトの背に腕を回してぎゅっと抱きすくめた。

 突然のことにアルトがふぇっ? と顔を赤らめる。

 ちらっと見ると、眉を寄せ辛そうな顔をしているので、ぽんぽんと優しく背中を叩いて微笑んだ。

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