5 あのとき(2)

 アルトがガラスケースの前にしゃがみこみ、目を輝かせている。


 超お嬢様が欲しがっているのはきらびやかな宝石、ではなく宝石のようなお菓子だ。

 カラフルな飴、キラキラしたグミ、果物の形を模したマジパンを、よだれの垂れそうな顔で見つめている。


 セルシオが呆れてアルトの頭に手を置く。


「菓子ばかり食べてたら太るぞ」


 アルトが子どものようにむくれる。


 レナードソンがお前なぁ、と声を上げる。

 シエラも笑みを湛えながら困った表情になって、


「女の子に何てこと言うんだよ」

「女の子にそんなこと言っちゃだめよ?」


 同時に責められ、セルシオがぐっと詰まる。

 当のアルトはあははっと笑った。


 シエラが透明の袋に菓子を入れる。

 綺麗な菓子が透けて見えて、アルトがまた目を輝かせた。


 袋を渡しながら、シエラがまじまじとセルシオの顔を眺め回す。


「太ったといえば、セルシオくん、少し太ったかしら?」


 改めてセルシオが自分の腕や腹を見る。

 普段あまり気にしてないし、体重も測ってない。

 毎日見ていると変化に気づきにくいとよくいうので、たまに会うシエラが言うならきっとそうなのだろう。


 それでもまだ細いけどね、と笑みを浮かべてつけ加えた。


「太ったんじゃなくて健康になったのね。顔色もずいぶん良くなったし」


 そうなの? とアルトがぴょこんと立ち上がって訊く。

 セルシオがもごもごと、


「前は食事も睡眠もまともに取ってなかったからな」


 深夜にかかる残業に加えて家でも研究で夜更かし。

 食事も一日一食すら食べないこともあった。


 アルトが来るまではそんな生活が当たり前だった。


 今はたまに昼食は忘れるものの、朝晩はアルトが栄養のあるものを作ってくれる。

 朝ご飯のために早く起きるので、夜更かしする時間もずいぶん短くなった。


 シエラが目を細めて微笑む。


「ふふっ、じゃあ幸せ太りね」


 アルトが赤くなってあわわわと手を振る。

 セルシオは表情こそ変わらないが、照れているのか無言でうつむいた。


「だーっ! お前ばっか幸せになってずるいぞっ!」


 やり取りを眺めていたレナードソンが突然喚き出し、三人がびくっと驚く。

 セルシオが何でだと呆れるが、無視してそっとシエラの手を取る。


「ということでシエラさん。一緒に幸せになりましょう」


 渾身のきらめく微笑みで告げる。


 シエラは目を丸くした後、首を傾げてにこっと笑った。

 レナードソンが跳び上がってドキッとする。


「私は一人でも十分幸せだから、大丈夫よ」


 いつも通りあっけなく玉砕して、レナードソンががっくり頭を垂れた。




 手を振って、シエラとまだ喋り足りないので残るというレナードソンと別れる。


「じゃあぼく、このまま晩ご飯の買い物行くね」


 何食べたい? と訊くので、少し考えて野菜と答える。

 アルトがくすくす笑って、


「太ったって言われたの、気になった?」

「いや、この菓子を食べた後のお前のためだ」


 またそんなこと言う、とむくれ、すぐに明るく笑った。


「買い物。荷物持ちならするぞ」


 アルトがえっ、と目を見開く。

 すでにセルシオの腕は図書館で借りた本が入ったバッグとシエラの店の袋で手一杯だったからだ。


「一人で大丈夫だよ」

「……一度家に帰ればいいだろう」


 アルトはセルシオの顔を見て、くすぐったそうに微笑んだ。


「うん。じゃあ一緒に行こっか」




 二人が並んで去っていくのを、シエラが微笑ましく見つめる。

 レナードソンもガラスケースに腕を乗せて同じ方向を眺めている。


 ふとシエラが良かった、とつぶやくので振り返る。


「本当……良かった。セルシオくん、一時は見ていられないほどだったもの」


 目を細めて切ない笑みを浮かべる。


 レナードソンは視線を落として暗い表情になった。

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