焔VS刻 turbidity
オボロの神焔を纏った一撃がツキノメを襲う。
大気を焼く一撃はツキノメの頬を僅かに掠める。
ジュッという香ばしい音と共に皮膚が溶かした金属のごとくドロっと溶けだす。
ツキノメはそれを意に介さずキツい目つきでオボロを捉える。
──私には相手を打ち負かすだけの格闘術はない……。けど、聖光の力があるっ!
「聖なる光を操る者が真意を持って願い奉る。清浄の光を撃ちて
大地を踏みしめる足に力を込めて強い咆哮に似た祝詞を唱えた。
ツキノメの体内からアーカイブの力が噴き出るように増幅する。
「ライト リヒト ルーチェ。三の術。イグニッション」
円柱状の聖光が大地を抉りオボロへと向かう。
閃光は内部で螺旋にうねりながら威力に上げていく。
しかしオボロは表情をピクリとも変えずに神焔を纏った拳を前方へ正拳突きの要領で放った。
オボロから放たれた拳から神焔が離れ、まるで行きた焔のように動きをとりながら円柱状の閃光を放つ聖光に襲いかかった。
両者は激しいぶつかりを果たした後、相打ち──霧散する。
霧散と言っても周りに甚大な被害を出してからの消滅だ。決してそんな生易しい消え去り方ではない。
ツキノメは形容し難い焦燥に襲われる。
私が……、私で勝てるのか?
陽光の強さからか焦りからなのか額には玉の汗が浮かんでいる。
そんなツキノメを嘲笑うかのごとくオボロは漆黒の焔を纏う手を大地につけた。
「
漆黒の焔が大地を這い一直線にツキノメを目指す。
ツキノメは後ろへ後退しながら焔の動きを観察する。幾回の蛇行を繰り返し焔は勢いを弱めることなく猛進する。
「嘘っ──」
ツキノメは無意識下でそう洩らす。
刹那、離れた所から声が轟いた。聞き慣れた声だ。
「森羅万象の誇りを思い、創造の天使が思い
クララの祝詞だ。疑う余地のないクララの──創造のアーカイブの
「クリエイト シェプ クレアシ クレアツ。4の術、
刹那の咆哮の後、クララの手のひらがツキノメに向く。そして鉛色の閃光が迸った。
蛇行してツキノメを襲おうとする神焔を遥かに凌ぐ速さで突き進み、遂には神焔を追い抜いた。
クララはそれを目ではなく感覚で捉え、手を上方へと突き上げた。
瞬間、大地が隆起した。地の塊が天を穿つごとくで突き上がり、硬く鈍く光る鉛色へと変えた。
名の如く鉄壁に姿を変えたのだ。
地を這う神焔は現れた鉄壁に激突した。
轟音を立てて鉄壁と相対する。鉛色が漆黒の焔に触れ、ジリジリと色を黒へと変えていく。
漆黒の焔が厚い装甲をもつ鉄壁を徐々にだが薄くしていく。神焔が勝っているのだ。
それを肌で感じとったオボロは不敵に嗤う。
ジリ貧になっていくクララは更に想いを込めた。壁が破られないように──。
願いは虚しく、程なくして鉄壁に穴が穿たれた。
最初はアリほどの穴だったが拮抗を続けるにつれて穴は大きくなり、遂には神焔が貫通するほどの穴になった。
穿たれし穴からその先が覗けた。そこにツキノメの姿はなかった。
「何ッ!?」
オボロは動揺を隠せずに言葉を漏らした。
刹那、激しい
圧倒的な破壊力で放たれ、地表より約15メートル下に埋められた排水管などが剥き出しになっている。
通常は20、30センチ程の深さで事足りるものを15メートルもの深さで埋蔵しているのは地球寒冷化が原因している。地表近くに埋めていると排水管が朝晩で凍るのだ。
そんな排水管が目の前に現れる。これは15メートルも大地を抉ったことを意味する。
オボロの背後から放たれたそれはオボロに反撃のスキすら与えずに死に追いやった。
そしてそれと時を同じくして刻三もシーシを撃退した。
その場に残るのは彼らの衣服と胸の中心部に埋め込まれた赤く輝く宝石のようなものだけだった。
「クソがァァァァ!!」
狂犬のごとく吼えたのはマゼンタだった。2人の下僕を狩り出したことによる安心と余裕は消え去っている。
マゼンタは血走った目で刻三を
刻三はマゼンタの尋常ならざる様子を肌で感じ、気合を入れ直した。
「灼熱を貫き
駆けながらも丁寧に祝詞を紡ぎ、マゼンタは胸を突き出すような姿勢をとった。
「ファイア フーコ フレイム。3の術。
刹那に熱風が吹き荒れる。その発生源となっているのはマゼンタの胸部だ。
その強烈な熱風は刻三の頬を撫でた。鮮血の血臭が微かに漂うそれは妙に嫌気をさす。
灼熱へと姿を変えた鮮血は徐々に一つの生物を象った姿になっていく。
けたたましい
陽炎の如くゆらゆらと搖れながら実態を保つ獅子は勢いよく咆哮を上げた。
辺り一面に地響きが轟くようなそんな声だった。
「行くぞっ!」
マゼンタは獅子と同様に吼えた。
猪突猛進のごとく瓦礫などを無視して突き進んでくるマゼンタと灼熱獅子。
前方に灼熱獅子が駆け、邪魔な瓦礫を全て燃えつくし、その後ろをマゼンタが付いて行く。
「くるぞ!」
刻三はツキノメと自分に吠えた。灼熱獅子が近づくに連れて強烈な熱波が押し寄せて来て立っているのも困難になるほどだ。
遂に灼熱獅子が刻三たちを攻撃できる範囲へと侵入した。
瞬間、灼熱獅子は前右脚を高く上げ、一振りした。
爆発の余波のような熱風が押し寄せる。
──強い。
灼熱獅子を語るにその言葉だけでは足りないほどの強さを誇っている。
「タイム ツァイト タン。三の
刻三は後ずさりながら反撃の一手を試みる。
無色無臭の気泡のような砲が2つ宙にぷかぷかと漂う。それらがゆっくりと自転車を漕ぐような速さでマゼンタと灼熱獅子の元へと飛んで行った。
「なんだこのノロマな攻撃はッ!」
血走った目を見開きイカレタように声を放った。
ノロマな攻撃。それは弱いものだと勘違いしやすい。そして自分の力が相手を圧倒していればしているほど己が力を過信し、攻撃を避けるのではなく粉砕してやろうと考えるものなのだ。
自分の力を相手に誇示し、恐怖・絶望を与えるために──。
それはマゼンタにも当てはまるものだった。
どれほど刻の力が強くても
「灼熱獅子、やれ!」
短い咆哮と共に前右脚が一蹴する。
そしてぷかぷかと浮かぶ気泡を霧散させた。
刹那、灼熱獅子が紅蓮の慟哭を上げた。
血塊の代わりに紅蓮があがり、灼熱獅子の存在自体が揺らぐ。
「な──に!?」
マゼンタは灼熱獅子の様子を見て喘いだ。予期せぬ灼熱獅子のダメージに動揺を隠せない。
「ライト。1の術。ホバリング」
その隙にツキノメが光線を放つ。何の変哲もない光線だ。
光の速度で進む線は銃をぶっぱなすより速く、確実に相手を射抜ける。
マゼンタがそれが目に入った。眩しいほどの煌めきを放ち一直線に自分に伸びてくる閃光を──。
顔を驚愕が縁どる。手の打ちようがない、此処で終わりなのか……。
マゼンタは一瞬にしてそう悟った。しかし、次の瞬間。瞬く閃光が閉じた瞼の間から漏れることも痛みも無かった。
変わりに身体の中に悲愴の悲鳴が木霊した。
そっと瞼を持ち上げる。粉塵が飛び交い、風景を茶色が濁す。
マゼンタは周りを見渡した。眼前に立ちはだかっているのは刻のアーカイブの使い手と聖光のアーカイブの使い手。
そしてマゼンタより後方に立って動かないマゼンタの手駒と創造のアーカイブの使い手だ。
そこでようやくマゼンタは気づく。居るべきはずものが姿形の欠片も残さず消え去っていることに。灼熱獅子が消滅したことに──。
「嘘……だろ」
言葉を紡ぐのですら難しい。
マゼンタはそんな気分に陥っていた。
「どうだ、もう降参しろっ!」
マゼンタの眼前では灼熱獅子を倒したことによる自信からなのか刻三が誇らしげに告げる。
──
「ファイア フーコ フレイム フランメ カローネ。5の術。来いっ!
マゼンタの脚から鮮血が迸る。迸った鮮血が火を噴き、1箇所に集約されていく。そしてそれは
ゆらゆらと揺れ、完全に実態を保つことはなく、この世に姿をとどめる。
マゼンタがここに来た時に乗っていた炎鳥と同じ怪物だ。
「行くぞ」
マゼンタは短く叫ぶ。その声が嫌ほど大きく聞こえる。
炎鳥の奇妙な鳴き声が合図となり、マゼンタはその炎鳥の背に飛び乗った。炎鳥は嫌がる様子も見せずマゼンタを背に乗せると粉塵舞う宙へと飛んだ。
時折、旋回を交えながら刻三の能力で回復したはずだが再度崩壊した街の上を飛ぶ。
「ファイア。1の術、
炎鳥の背に乗ったままマゼンタは唱えた。刹那、虚空から艶かしい黒光りは無く、
深淵の銃口が刻三の額に向かう。
刻三は咄嗟にかがむ。ちょうど数秒前まで刻三の額があったところを紅の炎が通過し、地に着く前に霧散した。
——これは……。俺が襲撃された時と同じ……?
不意に刻三の頭の中にツキノメ宅を訪れたとき、その帰りに起こった事件が流れ込む。
「まさかッ!」
「そうだよッ」
天上から高笑いをぶら下げてマゼンタが見下ろす。
「まぁ、実際は1回目が俺で2回目がオボロだったんだよ」
再度、銃口が火を噴く。弾丸が自分の身体に宿る炎より薬莢などが散乱することは無い。派手な轟音と共に放たれた火弾はツキノメへと向かった。
「くっ──」
ツキノメは食いしばった歯の隙間から音を洩らしながら左側へと飛ぶ。
露出した腕や脚が散らばるガラスの破片で切れ、その傷口から滲むようにして鮮血が漏れ出す。
白い肌の上を生えるかのように鮮血が一筋流れていく。
発砲と同時に体を少し後ろへ仰け反らす。肩に重くのしかかる発砲の反動に耐えきれなかったのだろう。
炎鳥はバランスを崩し多少左右に揺れる。
そんな時だった。刻三の視界に突如として現れた茶髪の薄汚れた格好をした少女──クララが虚空で弓を引くような構えをとった。
「クリエイト シェプ クレアシ。三の術。
咆哮を散らせるやクララの手の内が閃光に包まれた。
目が
どこか禍々しさすらも感じる赤錆のついた歪んだ弓が姿を露わにした。
クララはその弓を思い切り絞った。刹那、そこから黄色の閃光を迸る矢が出現する。
目標をマゼンタとマゼンタが使役する炎鳥にし、矢を放す。空気を断絶する音が無慈悲に響き、空中で矢が幾多に分離する。
何千という数の矢に分解したものそれぞれが空気を裂く音を作り出す。
それぞれの音が重なり不協和音となる。
耳に触れるだけで不気味な
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